気ままに

大船での気ままな生活日誌

葉山 ”ふたつの時間”と”ビーズでめぐるアフリカ”

2012-09-07 18:31:36 | Weblog
今日の葉山はふたつ面白かった。

ひとつは、神奈川県立近代美術館/葉山が、新たに所蔵したいう、アントニー・ゴームリーの彫像”TWO TIMES/ふたつの時間”。

一色海岸に臨む庭から遠く太平洋を静かに遠望し、
美術館の屋上からは三つ岡の稜線と空を遙かに眺めやる、二つの彫像。
そこに辿る時間を通じて、わたしたちの感覚と思いを自然のなかへと開放する試みです。
(パンフより)

”TWO TIMES/ふたつの時間” 私たち人間存在が事物の枠組みの中の”どこ”に存在しているのかを問うものだそうだ。 存在と無かな ぼくは遊ぶのに忙しいのでFIVE TIMESくらい欲しい。展覧会は次々と来るし、秋の草花も見逃せないし、映画もみたいし、歌舞伎だって、落語だって、文楽も応援しなくてはならないし、野球だって、そうそう、お相撲もそろそろ始まるし。

写真を撮ってきました。まず、海岸を望む彫像と、山と空を望む屋上の彫像(矢印)です。海をみている男は鉄でできている。山をみている男はガラス繊維でできている。何か意味があるのだろう。そして、おもしろいのは、彫像は、作者の身体とすべて同サイズだそうです。



もう一度、一色海岸をみている男。


よくみると、海をみているというよりか、水着の女性をみているのではないか。


三つ岡の稜線と空をみている男


三つ岡の稜線と空


冗談めかして書いてしまったが、この説明文を読んでくださいね。




。。。。。

そして、もうひとつは。
”Beads in Africa"展。国立民族学博物館のコレクション展です。ビーズの首飾りだけではありませんよ。ビーズの仮面、腰かけ、ベルト、帽子、花嫁装身具などなど。等身大のビーズ製人像なんかすばらしかった。素材もガラスビーズ、タカラ貝、ダチョウの卵殻、植物の種子とかいろいろ。



いくつか拡大してみますね。







そうそう、三つ目の面白かったこともあった。森戸神社で例大祭をやっていたこと。これは、気が向いたら、夕食後でも、紹介します。飲みすぎたら、明日に回します。

・・・

眼を覚ましましたので、森戸神社のお祭り風景を追加します。






森戸海岸 裕次郎灯台方面


森戸海岸 裕次郎の碑

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レーピン展 BUNKAMURA

2012-09-07 10:01:12 | Weblog
BUNKAMURAミュージアムで開催中のレーピン展。よく知らない画家だったけれど、展覧会ちらしの、気持ちよさそうに寝ている美女に魅かれて出掛けてきた。この女性が、レーピンの奥さんなんだって。そして説明によると、画面を科学分析すると、初めに描いた絵は、奥さんの目がぱっちりしていたそうだ。寝顔の方がいいと描き直したらしい。このように、彼は完全主義で、どの絵も何度も何度も書き直していたらしい。そして、顔や手の写実的表現ばかりでなく、彼女の衣装の細密描写にも、どぎもを抜かれてしまう。

こういう肖像画が、とくに第三章、第四章に並ぶ。ぼくは肖像画が最近、好きになっていて、その前でゆっくり立ち止まることが多くなった。(第二章だったが)大エルミタージュ美術館展にもきていた、レンブラントの”老女の肖像”の模写があったが、彼に私淑していたようだ。そういえば、レンブラント風だなと思う作品も。ぼくが気に入った作品、アル中の作曲家ムソルグスキーの肖像画なんかそうだろう。目はうつろ、覇気もない顔。それもそのはず、これは病院で亡くなる10日前のモデルだから。7月にムソルグスキーの組曲”展覧会の絵”のピアノ曲を聞いたばかりだったので、よけい心にひびいた。

トルストイと同時代で、彼の肖像画もある。鉛筆、水彩、油彩と3枚もある。戦争と平和、アンナ・カレーニナ、人生論など若い時、読んだっけ。たしかにこういう顔をしていた。そして、激高する(こういうのも珍しい)皇女ソフィアや、サラベルナールの当たり役をイタリア語で演じた女優さんや、聡明そうな物理学者の奥さんとか、いかにも評論家らしい政治評論家、そして、見返すような目でこちらをみているピアニストの肖像画などが豪華に並んでいる。でも、必ずしも、モデルを写実的に描くというだけではなく、”修道女”では弟の妻をモデルにしているが、普通の女性の人生の喜びを捨てた若い修道女の精神性を描くことを主眼にしているものもある。

近代ロシア絵画の巨匠、日本初の本格的回顧展”ということで、年代を追っての展示構成になっている。

第1章 美術アカデミーとボルガの船曳き イリヤ・レービン(1844~1930)、19歳のとき、故郷ウクライナからサンクトペテルブルグに上京、美術アカデミーで学んだ頃の作品が並ぶ。とくに”船曳き”の習作。これらが、名作といわれる”ボルガの船曳き”の基礎となったとのこと。

第2章 巴里留学/西欧美術との出会い 1873年、マネなど印象派の影響を受ける。(第3章だったが)、モネが描いたような”あぜ道にて”をみつけた。この章の”祈るユダヤ人”は、レンブラントの影響があるようだ。ベラクレス、ハルスにも私淑していたようだ。

第3章 故郷チュグエーフとモスクワ 給費留学を終え、故郷ウクライナに戻り、風景画なども描く。モスクワ時代(1877~1882)に全盛期に入り、前述の肖像画が多数。

第4章 移動派の旗手としてサンクトペテルブルグ ここでも旺盛な制作活動。前述の肖像画や、一瞬の人々の動き、表情をたくみにとらえた”思いがけなく”や、レンブラントの”夜警”を思わせるような光りの当て方の”集会”もここにある。おいしそうな”キャベツ”も異彩を放っていた。

第5章 次世代の導き手として/美術アカデミーのレービン 80~90年の傑作といわれる、”日向で/娘ナジュージダ・レービナの肖像”がここに。そして、最後を飾るのが”トレチャコフの肖像”。レーピンの恩人である。彼のコレクションで、トレチャコフ美術館がつくられた。



ムソルグスキーの肖像画


思いがけなく


日向で/娘ナジュージダ・レービナの肖像


トルコのスルタンに手紙を書くザボロージャのコザック


皇女ソフィア


ピアニスト ソフィー・メンターの肖像


文豪レフ・トルストイの肖像


その足で、松濤美術館へ向かった。藤田嗣治が待っていてくれた。
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