みなとみらいの横浜美術館で始まった、”4人が創るわたしの美術館展”を観てきました。茂木健一郎、はな、角田光代、荒木経惟の4氏がゲスト・キューレーターとなり、同美術館所蔵品の中から自分好みの作品を探しだし、それぞれ”わたしの美術館”として作品を展示するのです。なかなか面白い企画ですので、土曜日に早速、覗いてきました。
角田さん(小説家、横浜市出身)のテーマは、”光”。はなさん(マルチタレント、横浜市出身)は、”ほほえみ浮かぶ、絵の中で”。荒木さん(写真家)は、”模写・複写・盗作”。そして、茂木さん(脳科学者)は、”絵の力;延長された顔”というテーマで選んだ作品を展示していました。
BGMにボクの好きな、ちあきなおみさんの”喝采”が流れていたこともあり、ボクはいい気分で、角田ルームから見学をはじめました。片岡球子さんの色彩あふれる絵など、”光り”を感じさせる、いい絵ばかりでした。次の、はなルームも、テーマ通りの、ついにっこりしてしまう作品ばかりで、ほんわかムードに浸れます。それに、さすが、はなさんは仏像に詳しいだけあって、仏像写真のいいのがいくつもありました。桂離宮等の版画作品もとても良かったです。
アラーキールームも楽しめました。下村観山画伯の西洋画(ミレー)模写なんか初めてみました。芸術はすべて模倣である、との荒木さんの主張になるほどと思いました。ふと、小林秀雄さんの”模倣は独創の母である、ただひとりの本当の母親である、模倣してみないで、どうして模倣出来ぬものに出会えようか”の、”モーツアルト”の一節を思い出しました。展示作品(絵)を”模倣”した、ご自身の”緊縛”というエロティズムをたたえた写真も良かったです(笑)。
茂木ルームは、ちょっと恐いような、不気味な(笑)顔の絵がずらりと並んでいました。絵は鏡だ、作品に表現された”顔”をじっと見つめることにより、人間の(自分の)本質がみえてくる、と茂木さんはいうのです。ボクは今までこうゆう絵の見方をしていなかったので、勉強になりました。今後、こうゆう絵も見慣れたいと思いました。でも、静かな美術館なら、2,30分間、みつめることができますが、混んでるときは、立ち止まらないでください、と怒鳴られそうですね(笑)。
・・・
ギフトショップでは、ゲスト・キューレーターの方々の著作本が並んでいました。はなさん著の文庫本”ちいさいぶつぞう/おおきいぶつぞう”をめくると、ボクが昨秋訪れて、ひとめぼれした秋篠寺の伎芸天さまの紹介が、初めのページに載っていました。で、つい買ってしまいました。20体ぐらいの仏像さんの話が載っていましたが、”はなさん、案内による仏像巡りツアー”どこかの旅行会社で企画してくれないかな(笑)。
・・・
美術館内は撮影禁止でしたので、館外撮影をいくつか。
角田さん(小説家、横浜市出身)のテーマは、”光”。はなさん(マルチタレント、横浜市出身)は、”ほほえみ浮かぶ、絵の中で”。荒木さん(写真家)は、”模写・複写・盗作”。そして、茂木さん(脳科学者)は、”絵の力;延長された顔”というテーマで選んだ作品を展示していました。
BGMにボクの好きな、ちあきなおみさんの”喝采”が流れていたこともあり、ボクはいい気分で、角田ルームから見学をはじめました。片岡球子さんの色彩あふれる絵など、”光り”を感じさせる、いい絵ばかりでした。次の、はなルームも、テーマ通りの、ついにっこりしてしまう作品ばかりで、ほんわかムードに浸れます。それに、さすが、はなさんは仏像に詳しいだけあって、仏像写真のいいのがいくつもありました。桂離宮等の版画作品もとても良かったです。
アラーキールームも楽しめました。下村観山画伯の西洋画(ミレー)模写なんか初めてみました。芸術はすべて模倣である、との荒木さんの主張になるほどと思いました。ふと、小林秀雄さんの”模倣は独創の母である、ただひとりの本当の母親である、模倣してみないで、どうして模倣出来ぬものに出会えようか”の、”モーツアルト”の一節を思い出しました。展示作品(絵)を”模倣”した、ご自身の”緊縛”というエロティズムをたたえた写真も良かったです(笑)。
茂木ルームは、ちょっと恐いような、不気味な(笑)顔の絵がずらりと並んでいました。絵は鏡だ、作品に表現された”顔”をじっと見つめることにより、人間の(自分の)本質がみえてくる、と茂木さんはいうのです。ボクは今までこうゆう絵の見方をしていなかったので、勉強になりました。今後、こうゆう絵も見慣れたいと思いました。でも、静かな美術館なら、2,30分間、みつめることができますが、混んでるときは、立ち止まらないでください、と怒鳴られそうですね(笑)。
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ギフトショップでは、ゲスト・キューレーターの方々の著作本が並んでいました。はなさん著の文庫本”ちいさいぶつぞう/おおきいぶつぞう”をめくると、ボクが昨秋訪れて、ひとめぼれした秋篠寺の伎芸天さまの紹介が、初めのページに載っていました。で、つい買ってしまいました。20体ぐらいの仏像さんの話が載っていましたが、”はなさん、案内による仏像巡りツアー”どこかの旅行会社で企画してくれないかな(笑)。
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美術館内は撮影禁止でしたので、館外撮影をいくつか。
1854年、日米和親条約が、現横浜開港資料館の場所で締結され、幕府は、鎖国政策を改め、下田と函館を開港し、外国船の出入りを許しました。下田開国の歴史を辿る散歩は楽しいものでした。
紫陽花が咲き乱れる下田公園内の開国記念碑。 ペリーとハリスの言葉が刻まれている。カーター大統領も現職中、訪れた。別のところにカーターの胸像も。そこまでしなくても(笑)。
海岸にはペリー上陸の碑。
ペリーロードにはなまこ壁と伊豆石の古い民家がいくつも。
日米和親条約付録下田条約が締結された了仙寺。本堂内にペリー提督の軍事修練の図が飾ってある。柱に”和親友好”の文字も。
途中でこんな碑が。吉田松陰投宿の跡。松蔭は国禁を犯して、黒船に乗り込もうと下田に来た。結局、願い果たせず、自首して死罪となる。帰ってから司馬遼太郎の”世に棲む日々”の”下田”を読み返してみる。黒船を追って、保土ヶ谷を出て、鎌倉に一泊(たぶん伯父が住職の瑞泉寺泊だろう)、藤沢、小田原を経て、下田へ。弁天島に身を潜め、小舟を盗んで、黒船へ。しかし、条約を結んだばかりで、法を犯すことはできないと追い返される。
宝福寺に龍馬の碑もあった。”龍馬飛翔の地”という。説明を読むと、たしたことではなかった。勝海舟が土佐藩主山内容堂に龍馬の脱藩の許しを請い、認められたというものだった。この日から龍馬が”罪人”でなくなったということだった。
宝福寺境内の、ハリスにつかえた唐人お吉のお墓にお参りした。となりに質素なお墓もあるが、それが元々のお墓らしい。記念館も見学。十代のお吉さんの写真、とてもきれいだった。
開港後、初代アメリカ総領事館となった玉泉寺。
この部屋がハリスの執務室になった。
牛乳の碑。日本最初の牛乳はここでつくられた。境内の外人墓地も日本初。横浜が何でも一番かと思っていましたが、そうではなかった。
黒船に乗って、下田港巡りをした。船の名前は本物の黒船と同じ”サスケハナ”。
紫陽花が咲き乱れる下田公園内の開国記念碑。 ペリーとハリスの言葉が刻まれている。カーター大統領も現職中、訪れた。別のところにカーターの胸像も。そこまでしなくても(笑)。
海岸にはペリー上陸の碑。
ペリーロードにはなまこ壁と伊豆石の古い民家がいくつも。
日米和親条約付録下田条約が締結された了仙寺。本堂内にペリー提督の軍事修練の図が飾ってある。柱に”和親友好”の文字も。
途中でこんな碑が。吉田松陰投宿の跡。松蔭は国禁を犯して、黒船に乗り込もうと下田に来た。結局、願い果たせず、自首して死罪となる。帰ってから司馬遼太郎の”世に棲む日々”の”下田”を読み返してみる。黒船を追って、保土ヶ谷を出て、鎌倉に一泊(たぶん伯父が住職の瑞泉寺泊だろう)、藤沢、小田原を経て、下田へ。弁天島に身を潜め、小舟を盗んで、黒船へ。しかし、条約を結んだばかりで、法を犯すことはできないと追い返される。
宝福寺に龍馬の碑もあった。”龍馬飛翔の地”という。説明を読むと、たしたことではなかった。勝海舟が土佐藩主山内容堂に龍馬の脱藩の許しを請い、認められたというものだった。この日から龍馬が”罪人”でなくなったということだった。
宝福寺境内の、ハリスにつかえた唐人お吉のお墓にお参りした。となりに質素なお墓もあるが、それが元々のお墓らしい。記念館も見学。十代のお吉さんの写真、とてもきれいだった。
開港後、初代アメリカ総領事館となった玉泉寺。
この部屋がハリスの執務室になった。
牛乳の碑。日本最初の牛乳はここでつくられた。境内の外人墓地も日本初。横浜が何でも一番かと思っていましたが、そうではなかった。
黒船に乗って、下田港巡りをした。船の名前は本物の黒船と同じ”サスケハナ”。
ちょっと間が空いてしまいましたが、”石ころのアンパンマンワールド”シリーズ第2弾です(笑)。ドキンちゃん編です。ドキンちゃんは、悪の味方バイキンマン側ですから、友達もワルが多いです。ここに紹介する、ドキンちゃんの仲間たちのキャラクターはボクが勝手に創作したものも多いので、あらかじめご了承ください、やなせたかしさま(笑)。
ドキンちゃん(左)と身代わりドキンちゃん(通称ヤキンちゃん;右)です。どちらもまん丸の可愛い顔をしてますね。帽子を被っている方が、本物のドキンちゃんです。石のドキンちゃんも、わがままで、すぐに気が変わりやすいけど、やさしいところもあるんですよ。
ただ、出番の少ない(一月に一日ぐらい夜勤がある程度)ヤキンちゃんは、くっちゃねばかりしてるので、少し、メタボ体型になっていますね。
・・・
ドキンちゃんの仲間たちも紹介しますね。
ポキンちゃん(右)フキンと(左)ちゃんです。ドキンちゃんの妹分ですが、名前のとおり、ポキンちゃんは、プッツンしやすく、なかなか扱いにくい子です。オザワマンというあだ名もあるんですよ。フキンちゃんはやさしい子で、いつもポキンちゃんがプッツンした後始末をしてるんですよ、ふきんで汚れをとるようにね。ハトヤンマンというあだ名もあります。ドキンちゃんの、いいとこ、わるいとこの、それぞれの分身ですね。どちらも戦いには弱く、すぐ骨をポキンと折ってしまい、すぐ休場してしまいます。
背中に入れ墨した恐そうな子、名前を緋牡丹お竜といいます。でも通称名はヘボタンマンです。この子も戦いに弱く、敵に会うとすぐに、この背中の入れ墨がみえねーかと、後ろを向くので、いつも背中をポンと押され、簡単に土俵の外に押し出されてしまいます。それで、ヘボタンマンというあだ名がついたのです。
・・・
ドキンちゃんの仲間にも、戦いに結構強いものはいますよ。可愛い顔をしていて、おいしそうなのでつい口に入れると、しびれてしまいます。毒入りぼた餅3人娘です。左から、あんぼたちゃん、ごまぼたちゃん、きなぼたちゃんです。いつもアンパンマン軍との戦争で活躍し、殊勲賞、敢闘賞、技能賞の3賞を独占しています。
ぼた餅の嫌いな敵の子には、毒きのこちゃん、毒入り餃子ちゃん、つかいまわしプリンちゃんも用意しています。
・・・
ドキンちゃんにはさらに、横綱級の強力な助っ人がいるんですよ。
”おしりかじり蒸しパンマン”です。いざとなると、いたち級の臭い、毒ガスをおしりから発射し、敵を蹴ちらかします。もう一方は、”角砂糖ルンルン”です。敵の陣地の飲み物に忍び込み、敵側にたくさん糖分をとらせ、メタボにさせる特殊任務を帯びています。だんだん敵を弱らせるという、大将のバイキンマンが考えた長期的戦略です。
次回はショクパンマンとその仲間たちについて紹介しますね。
ドキンちゃん(左)と身代わりドキンちゃん(通称ヤキンちゃん;右)です。どちらもまん丸の可愛い顔をしてますね。帽子を被っている方が、本物のドキンちゃんです。石のドキンちゃんも、わがままで、すぐに気が変わりやすいけど、やさしいところもあるんですよ。
ただ、出番の少ない(一月に一日ぐらい夜勤がある程度)ヤキンちゃんは、くっちゃねばかりしてるので、少し、メタボ体型になっていますね。
・・・
ドキンちゃんの仲間たちも紹介しますね。
ポキンちゃん(右)フキンと(左)ちゃんです。ドキンちゃんの妹分ですが、名前のとおり、ポキンちゃんは、プッツンしやすく、なかなか扱いにくい子です。オザワマンというあだ名もあるんですよ。フキンちゃんはやさしい子で、いつもポキンちゃんがプッツンした後始末をしてるんですよ、ふきんで汚れをとるようにね。ハトヤンマンというあだ名もあります。ドキンちゃんの、いいとこ、わるいとこの、それぞれの分身ですね。どちらも戦いには弱く、すぐ骨をポキンと折ってしまい、すぐ休場してしまいます。
背中に入れ墨した恐そうな子、名前を緋牡丹お竜といいます。でも通称名はヘボタンマンです。この子も戦いに弱く、敵に会うとすぐに、この背中の入れ墨がみえねーかと、後ろを向くので、いつも背中をポンと押され、簡単に土俵の外に押し出されてしまいます。それで、ヘボタンマンというあだ名がついたのです。
・・・
ドキンちゃんの仲間にも、戦いに結構強いものはいますよ。可愛い顔をしていて、おいしそうなのでつい口に入れると、しびれてしまいます。毒入りぼた餅3人娘です。左から、あんぼたちゃん、ごまぼたちゃん、きなぼたちゃんです。いつもアンパンマン軍との戦争で活躍し、殊勲賞、敢闘賞、技能賞の3賞を独占しています。
ぼた餅の嫌いな敵の子には、毒きのこちゃん、毒入り餃子ちゃん、つかいまわしプリンちゃんも用意しています。
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ドキンちゃんにはさらに、横綱級の強力な助っ人がいるんですよ。
”おしりかじり蒸しパンマン”です。いざとなると、いたち級の臭い、毒ガスをおしりから発射し、敵を蹴ちらかします。もう一方は、”角砂糖ルンルン”です。敵の陣地の飲み物に忍び込み、敵側にたくさん糖分をとらせ、メタボにさせる特殊任務を帯びています。だんだん敵を弱らせるという、大将のバイキンマンが考えた長期的戦略です。
次回はショクパンマンとその仲間たちについて紹介しますね。
”百万本の薔薇”という加藤登紀子さんのヒット曲がありましたが、こちらは、その3倍、3百万輪の紫陽花が咲き乱れています。
南伊豆の下田公園、約10万坪の小高い丘に、和洋合わせて50品種、15万本、300万輪の紫陽花が今、ちょうど見頃になっています。こんなすごい、紫陽花の群れはみたことがありません。関東東海随一どころか、おそらく日本一ではないでしょうか。たくさん写真を撮ってきましたが、その一部をアップしたいと思います。実物にはかないませんが、雰囲気だけでもどうぞ感じ取ってください。
。。。
大船を出て2時間余りで下田駅に到着。そこからバスで下田公園入口に。バス停前の自動販売機の紫陽花も満開で出迎えてくれました。
坂道を登って行くと、”見頃”の看板。みな歓声。
山道に入ると、いきなりすごい光景。
どちらを向いても、紫陽花、アジサイ、あじさい。
どれも満開。しぼんでいるのがひとつもない。まさに見頃。
下田冨士を遠景に。
下田港を遠景に。
水族館に向かう道も。
どこまでもどこまでも。
百万本の紫陽花をあなたに
・・・
翌日、もう一度観たくて、こんどは定期観光バスで来る。ガイドさんが教えてくれた一番のビューポイント。やはり、今が最高の見頃らしい。ラッキーでした。
南伊豆の下田公園、約10万坪の小高い丘に、和洋合わせて50品種、15万本、300万輪の紫陽花が今、ちょうど見頃になっています。こんなすごい、紫陽花の群れはみたことがありません。関東東海随一どころか、おそらく日本一ではないでしょうか。たくさん写真を撮ってきましたが、その一部をアップしたいと思います。実物にはかないませんが、雰囲気だけでもどうぞ感じ取ってください。
。。。
大船を出て2時間余りで下田駅に到着。そこからバスで下田公園入口に。バス停前の自動販売機の紫陽花も満開で出迎えてくれました。
坂道を登って行くと、”見頃”の看板。みな歓声。
山道に入ると、いきなりすごい光景。
どちらを向いても、紫陽花、アジサイ、あじさい。
どれも満開。しぼんでいるのがひとつもない。まさに見頃。
下田冨士を遠景に。
下田港を遠景に。
水族館に向かう道も。
どこまでもどこまでも。
百万本の紫陽花をあなたに
・・・
翌日、もう一度観たくて、こんどは定期観光バスで来る。ガイドさんが教えてくれた一番のビューポイント。やはり、今が最高の見頃らしい。ラッキーでした。
伊豆で一泊してきました。下田の紫陽花を観に行ったのです。今、帰ってきたばかりで写真の整理をしていますので、詳細は明日、報告したいと思います。
昨晩、旅館の部屋食を終え、10時頃、庭風のベランダに出て、見上げた空に、思いがけず満月のお月様が輝いていました。曇り空でしたから、期待はしていませんでしたので驚きました。雲の切れ目から覗いていたのでした。それも満月です。考えてみれば、伊豆でみる満月は初めてではないかと、嬉しくなりました。それにすぐ横には木星ちゃんもみえるという豪華さです。しばらくベランダの椅子に座って、ながめていました。雲は早く流れていて、木星はすぐに見えなくなりましたが、お月さまは、見え隠れしながらも、結構長く、つきあってくれました。
お腹も満月でした。夕食の、おいしいお刺身や金目鯛の煮付けなど伊豆の魚料理で満腹となりました。お酒もついつい進み、頭はおぼろ月夜になりました。
満月が出てた。
この空に(翌朝)
この椅子に座ってみてた。
早朝散歩。サーファーが、もう、ひと遊びして帰るとこだった。犬の散歩の足跡もあった。
早朝散歩。あげはちょうが、もう、ひと仕事。朝食。
早朝散歩を終えて。ぼくらも、ひと仕事。朝食。
主婦の方がよくブログで紹介している、お料理の写真、一度やってみたかった。ワイフに笑われる。これが、最初で最後だと思う。
明日は紫陽花山の紹介をしますね。
昨晩、旅館の部屋食を終え、10時頃、庭風のベランダに出て、見上げた空に、思いがけず満月のお月様が輝いていました。曇り空でしたから、期待はしていませんでしたので驚きました。雲の切れ目から覗いていたのでした。それも満月です。考えてみれば、伊豆でみる満月は初めてではないかと、嬉しくなりました。それにすぐ横には木星ちゃんもみえるという豪華さです。しばらくベランダの椅子に座って、ながめていました。雲は早く流れていて、木星はすぐに見えなくなりましたが、お月さまは、見え隠れしながらも、結構長く、つきあってくれました。
お腹も満月でした。夕食の、おいしいお刺身や金目鯛の煮付けなど伊豆の魚料理で満腹となりました。お酒もついつい進み、頭はおぼろ月夜になりました。
満月が出てた。
この空に(翌朝)
この椅子に座ってみてた。
早朝散歩。サーファーが、もう、ひと遊びして帰るとこだった。犬の散歩の足跡もあった。
早朝散歩。あげはちょうが、もう、ひと仕事。朝食。
早朝散歩を終えて。ぼくらも、ひと仕事。朝食。
主婦の方がよくブログで紹介している、お料理の写真、一度やってみたかった。ワイフに笑われる。これが、最初で最後だと思う。
明日は紫陽花山の紹介をしますね。
”生誕百年、山川惣治展”を観てきました。ボクが少年だった頃、ボクにとっては、山川惣治は大大大作家でした。大人になってからの、司馬遼太郎よりも誰よりも、存在感の大きな作家でした。
当時、ボクのうちは産経新聞をとっていて(たしかこの頃、司馬遼太郎も産経新聞社に勤めていたはず)、その連載小説”少年ケニア”を読むのが、なによりの楽しみでした。そして、そのあと、厚い表紙の単行本がなん巻も発刊されましたが、ボクはそれを全部買って(正確には親父に買ってもらって)、何度も繰り返し読み返していたのです。そして、その本を友達に貸してやるのがまた嬉しくて、次の次の予約までして得意になっていました。
今でも憶えてますよ、主人公のワタル少年と美しい少女、ケート。大蛇と巨像はたしかワタルの仲間だった、何とかザウルスという恐竜もでてきました、ストリーはすっかり忘れてしまったですが、少年の心をときめかす、夢とロマンの冒険物語でした。山川惣治作・画で、絵がまたとても印象に残るものでした。絵物語だったのです。
その”少年ケニア展”を昨日、観てきました。明治神宮御苑の花菖蒲をみたあと、地下鉄千代田線に乗って、根津で降りて、東大弥生門の前にある、弥生美術館の前に立ちました。初めて入る美術館です。雰囲気のある古い建物でした。もうお昼前でしたので、美術館付属の軽食喫茶店に入り、メニューをみて、迷うことなく(笑)”少年ケニアライス”を頼みました。ケニアチックの(笑)、なつかしい味のする丼でした。なんだか、もう、ケニアのワタル少年と会ったような気がしました。
少年ケニアライスをかきこんで、ランチについていたアイスコーヒーを飲んで、食休みもそこそこに、美術館に入りました。1、2階が、特別展の展示室になっていて、1階は”少年王者”の展示が主でした。これはボクらよりもう少し”お兄さん”の時代のもので、ボクはそこはチラッと観て、いよいよお待ちかねの”少年ケニア”展のある二階に上がったのでした。
ボクの目の前には、”少年ケニア”の、あの、忘れもしない厚紙の表紙の、懐かしい装幀の本が、第1巻からずらりと並んでいました。まちがいなく、あの時の本だ、ボクの胸の中になにか熱いものがふつふつとわき上がってくるのを感じていました。ボクの心のずっと奥底にしまわれていた、すっかり忘却のかなたにあった、あの頃のときめきに似たカンドウが、まるで伏流水が突然、地上への出口をみつけたように、じわじわと溢れ出てきたのです。
こんな気持ちになれる本は、きっと”少年ケニア”だけだろう、と思いました。ボクは子供のころから結構、本好きで(漫画も含め;そのころ、月刊おもしろブックをとっていました)、学校の図書館や、貸本屋さん(むかしありましたね)で、世界児童文学みたいな本もずいぶん読んでいましたが、ピーターパンやトムソーヤの冒険でも、こうゆう気持ちになることはないと思います。
戦後の貧乏時代の少年たちに夢と希望を与えてくれた、山川惣治さんに改めて感謝したいと思います。ボクら世代ばかりでなく、若いお嬢さん方もずいぶん見学していましいた。併設の竹久夢二館にも二階から移動できることを知り、合点しました。”竹久夢二の七つの顔展”もなかなか面白かったです。画家だけではなく、あるときは、詩人であったり、またあるときは、書家、批評家、デザイナーと、マルチ人間だったそうです。ボクは、”七つの顔”でぼくら少年時代の大スター、片岡知恵蔵を思い出してしまいました(苦笑)。
山川惣治ワールドを十分堪能して、美術館を出て、しのばずの池まで歩きました。池の畔には、思いのほか、たくさんの紫陽花が咲き乱れていました。池はすっかり蓮に覆われていましたが、そろそろ花も咲き始めることでしょう。
当時、ボクのうちは産経新聞をとっていて(たしかこの頃、司馬遼太郎も産経新聞社に勤めていたはず)、その連載小説”少年ケニア”を読むのが、なによりの楽しみでした。そして、そのあと、厚い表紙の単行本がなん巻も発刊されましたが、ボクはそれを全部買って(正確には親父に買ってもらって)、何度も繰り返し読み返していたのです。そして、その本を友達に貸してやるのがまた嬉しくて、次の次の予約までして得意になっていました。
今でも憶えてますよ、主人公のワタル少年と美しい少女、ケート。大蛇と巨像はたしかワタルの仲間だった、何とかザウルスという恐竜もでてきました、ストリーはすっかり忘れてしまったですが、少年の心をときめかす、夢とロマンの冒険物語でした。山川惣治作・画で、絵がまたとても印象に残るものでした。絵物語だったのです。
その”少年ケニア展”を昨日、観てきました。明治神宮御苑の花菖蒲をみたあと、地下鉄千代田線に乗って、根津で降りて、東大弥生門の前にある、弥生美術館の前に立ちました。初めて入る美術館です。雰囲気のある古い建物でした。もうお昼前でしたので、美術館付属の軽食喫茶店に入り、メニューをみて、迷うことなく(笑)”少年ケニアライス”を頼みました。ケニアチックの(笑)、なつかしい味のする丼でした。なんだか、もう、ケニアのワタル少年と会ったような気がしました。
少年ケニアライスをかきこんで、ランチについていたアイスコーヒーを飲んで、食休みもそこそこに、美術館に入りました。1、2階が、特別展の展示室になっていて、1階は”少年王者”の展示が主でした。これはボクらよりもう少し”お兄さん”の時代のもので、ボクはそこはチラッと観て、いよいよお待ちかねの”少年ケニア”展のある二階に上がったのでした。
ボクの目の前には、”少年ケニア”の、あの、忘れもしない厚紙の表紙の、懐かしい装幀の本が、第1巻からずらりと並んでいました。まちがいなく、あの時の本だ、ボクの胸の中になにか熱いものがふつふつとわき上がってくるのを感じていました。ボクの心のずっと奥底にしまわれていた、すっかり忘却のかなたにあった、あの頃のときめきに似たカンドウが、まるで伏流水が突然、地上への出口をみつけたように、じわじわと溢れ出てきたのです。
こんな気持ちになれる本は、きっと”少年ケニア”だけだろう、と思いました。ボクは子供のころから結構、本好きで(漫画も含め;そのころ、月刊おもしろブックをとっていました)、学校の図書館や、貸本屋さん(むかしありましたね)で、世界児童文学みたいな本もずいぶん読んでいましたが、ピーターパンやトムソーヤの冒険でも、こうゆう気持ちになることはないと思います。
戦後の貧乏時代の少年たちに夢と希望を与えてくれた、山川惣治さんに改めて感謝したいと思います。ボクら世代ばかりでなく、若いお嬢さん方もずいぶん見学していましいた。併設の竹久夢二館にも二階から移動できることを知り、合点しました。”竹久夢二の七つの顔展”もなかなか面白かったです。画家だけではなく、あるときは、詩人であったり、またあるときは、書家、批評家、デザイナーと、マルチ人間だったそうです。ボクは、”七つの顔”でぼくら少年時代の大スター、片岡知恵蔵を思い出してしまいました(苦笑)。
山川惣治ワールドを十分堪能して、美術館を出て、しのばずの池まで歩きました。池の畔には、思いのほか、たくさんの紫陽花が咲き乱れていました。池はすっかり蓮に覆われていましたが、そろそろ花も咲き始めることでしょう。
今頃になると、やっぱり明治神宮御苑に足が向いてしまいます。去年の花菖蒲のうつくしさが目にちらつき、用事をすましたあと、原宿駅に降り立ちました。大鳥居が現在、修理中で、参道は通れず、脇道に誘導されました。その入り口に大看板が。
そして、東門から、南池へ。例年、ここで睡蓮の花が楽しめるのですが、どうもダウンしてしまったようで、養生中だそうです。昨夏の暑さにやられてしまたのでしょうか。でも、こいさんやらかめさんが元気に泳ぎ回っていました。
菖蒲田で勝負だ、とボクは足を速めます。そして、あの菖蒲田が目の前に。どどどどーんと。
人もいっぱい。こぼれそうに。
いろんな角度から楽しみました。なにせ150品種、1500株もあります。花菖蒲には、江戸系、伊勢系、肥後系がありますが、ここは江戸娘だけです。おてもやんも入れて欲しかったです(汗)。
手入れをしてくださる方がおられるから、ボクらが楽しめるのです。”前期高齢者”に近いお花(汗)は、早々と摘みとられていました。
菖蒲田を支えておられるのは、人だけではありませんでした。コンコンと今も大量の水を湧きだしている清正井です。ここは加藤清正の下屋敷があったところで、清正が掘った井戸なのです。加藤清正といえば、ワイフの実家のそばの、熊本城の城主だった殿様です。なぜ、肥後系花菖蒲をここに植えなかったのか、文句を言いたいです。
背中のみえるお嬢さんが手を入れているところが、清正井です。
ここから流れる水が、菖蒲田をうるおし、南池にもそそいでいるのです。水源は命の源です。感謝です。
こうして、木々の間から、チラリと覗くのもいいなと、帰り道、思いました。
そして、東門から、南池へ。例年、ここで睡蓮の花が楽しめるのですが、どうもダウンしてしまったようで、養生中だそうです。昨夏の暑さにやられてしまたのでしょうか。でも、こいさんやらかめさんが元気に泳ぎ回っていました。
菖蒲田で勝負だ、とボクは足を速めます。そして、あの菖蒲田が目の前に。どどどどーんと。
人もいっぱい。こぼれそうに。
いろんな角度から楽しみました。なにせ150品種、1500株もあります。花菖蒲には、江戸系、伊勢系、肥後系がありますが、ここは江戸娘だけです。おてもやんも入れて欲しかったです(汗)。
手入れをしてくださる方がおられるから、ボクらが楽しめるのです。”前期高齢者”に近いお花(汗)は、早々と摘みとられていました。
菖蒲田を支えておられるのは、人だけではありませんでした。コンコンと今も大量の水を湧きだしている清正井です。ここは加藤清正の下屋敷があったところで、清正が掘った井戸なのです。加藤清正といえば、ワイフの実家のそばの、熊本城の城主だった殿様です。なぜ、肥後系花菖蒲をここに植えなかったのか、文句を言いたいです。
背中のみえるお嬢さんが手を入れているところが、清正井です。
ここから流れる水が、菖蒲田をうるおし、南池にもそそいでいるのです。水源は命の源です。感謝です。
こうして、木々の間から、チラリと覗くのもいいなと、帰り道、思いました。
昨日は父の日で、今日、6月16日は”無色の日”です。616、ムイロ(無色)です(笑)。で、”無色”の話題を。
水谷豊さんは無色の人だ、だいぶむかし彼の出演するテレビドラマをみてそう思ったことがあります。前のドラマでは、なよなよした女っぽい役柄を演じていたかと思うと、次ぎのドラマでは強面の人になっている、それも中途半端ではなく、水谷さん自身が、真からそういう人物であるように思わせていたのです。こんなことは強い個性をもつ人にはできない、”無個性”な、どんな色にも染まる無色な人しかできないのではないか、そうだきっと、彼は無色の人だ、と思ったのでした。その後の彼の俳優としての活躍はいうまでもありません。現在も、水谷豊さん主演のドラマや映画が大変な人気です。劇場版”相棒”もボクもそのうち観にいきたいと思っています。”無色”は、一流の俳優さんの条件なのかもしれませんね。
無色でいたいけど、回りがそうさせてくれない俳優さんも多いと思います。寅さんシリーズで大当たりをしてしまった渥美清さんなんかはその典型だと思います。喜劇だけではなく、もっと色々な役をやってみせてもらいたかったですね。
俳優さんに限らず、ボクら一般人でも、一度、こういう人だとレッテルを貼られると(あるいは自分でこうだと決めてかかると)、なかなかそこから抜け出せず、大きな飛躍ができないことがよくあります。きっと、ボクらの心の中も、地球上の生き物と同じで、”多様性”が自然であり、それを認めないと(それを基にしないと)、本当の力を発揮できないのでしょう。
。。。。。
”無色の植物”はいるだろうか、今朝の散歩で考えてみました。白色の花とか葉っぱならいくらでもいるけど、白色は無色ではない、れっきとした色です。透明でなくてはならない、そう考えるとなかなか浮かんできません。そうだ、あの植物はと思いついたのは、先々週、目黒の自然教育園でみた、あの植物です。100%透明ではないけれど、かなりの部分、透明な(?)この蕗(ふき)でした。
だいぶ、すかすかでしょ(笑)。たぶん虫に食われたのでしょう。でも、へこたれていません、とても元気です。ボクはこれをみて、あのアンパンマンのことを思い出しました。お腹をすかした子をみつけると、アンパンマンは自分のおいしい頭を食べさせてあげます。頭を喰われたアンパンマンは元気に飛び立ち、パン工場で頭をつくり直してもらい、また腹ぺこな子を助けにいきます。
このふきも、きっと植物界のアンパンマンに違いないと思いました。はらぺこ青虫をみつけると、ボクの葉っぱを食べなさいと身を差し出すのだと思います。それでなくては、こんなに穴ぼこがいっぱいあくほどにはなりません。たいていの植物は虫のいやがる味になったり、いやな臭いを出したりして、虫に食べられないようにしています。その点、この蕗はそんなことはせず、自分を犠牲にして虫の子供を育てている、とてもえらいと思います。ボクも四国88カ所お遍路巡りなどの修行をして、いつの日かこういう人になりたいです(汗)。
でもこの話は、”無色の日”の話題としては少し、無理がありますね。むしろ、自然教育園を訪れた日、6月4日の”ムシの日”の話題にすれば良かったかもしれません。そちらに回しても、ムシ(無視)されるかもしれませんが。
水谷豊さんは無色の人だ、だいぶむかし彼の出演するテレビドラマをみてそう思ったことがあります。前のドラマでは、なよなよした女っぽい役柄を演じていたかと思うと、次ぎのドラマでは強面の人になっている、それも中途半端ではなく、水谷さん自身が、真からそういう人物であるように思わせていたのです。こんなことは強い個性をもつ人にはできない、”無個性”な、どんな色にも染まる無色な人しかできないのではないか、そうだきっと、彼は無色の人だ、と思ったのでした。その後の彼の俳優としての活躍はいうまでもありません。現在も、水谷豊さん主演のドラマや映画が大変な人気です。劇場版”相棒”もボクもそのうち観にいきたいと思っています。”無色”は、一流の俳優さんの条件なのかもしれませんね。
無色でいたいけど、回りがそうさせてくれない俳優さんも多いと思います。寅さんシリーズで大当たりをしてしまった渥美清さんなんかはその典型だと思います。喜劇だけではなく、もっと色々な役をやってみせてもらいたかったですね。
俳優さんに限らず、ボクら一般人でも、一度、こういう人だとレッテルを貼られると(あるいは自分でこうだと決めてかかると)、なかなかそこから抜け出せず、大きな飛躍ができないことがよくあります。きっと、ボクらの心の中も、地球上の生き物と同じで、”多様性”が自然であり、それを認めないと(それを基にしないと)、本当の力を発揮できないのでしょう。
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”無色の植物”はいるだろうか、今朝の散歩で考えてみました。白色の花とか葉っぱならいくらでもいるけど、白色は無色ではない、れっきとした色です。透明でなくてはならない、そう考えるとなかなか浮かんできません。そうだ、あの植物はと思いついたのは、先々週、目黒の自然教育園でみた、あの植物です。100%透明ではないけれど、かなりの部分、透明な(?)この蕗(ふき)でした。
だいぶ、すかすかでしょ(笑)。たぶん虫に食われたのでしょう。でも、へこたれていません、とても元気です。ボクはこれをみて、あのアンパンマンのことを思い出しました。お腹をすかした子をみつけると、アンパンマンは自分のおいしい頭を食べさせてあげます。頭を喰われたアンパンマンは元気に飛び立ち、パン工場で頭をつくり直してもらい、また腹ぺこな子を助けにいきます。
このふきも、きっと植物界のアンパンマンに違いないと思いました。はらぺこ青虫をみつけると、ボクの葉っぱを食べなさいと身を差し出すのだと思います。それでなくては、こんなに穴ぼこがいっぱいあくほどにはなりません。たいていの植物は虫のいやがる味になったり、いやな臭いを出したりして、虫に食べられないようにしています。その点、この蕗はそんなことはせず、自分を犠牲にして虫の子供を育てている、とてもえらいと思います。ボクも四国88カ所お遍路巡りなどの修行をして、いつの日かこういう人になりたいです(汗)。
でもこの話は、”無色の日”の話題としては少し、無理がありますね。むしろ、自然教育園を訪れた日、6月4日の”ムシの日”の話題にすれば良かったかもしれません。そちらに回しても、ムシ(無視)されるかもしれませんが。
うつくしい六月の花嫁さん、ジューンブライドを鎌倉八幡宮の舞殿でよくおみかけします。幸せになってくださいねと、声をかけたくなります。大船フラワーセンターの”舞殿”でも、六月の花嫁さんでいっぱいでした。
。。。
まず、花菖蒲さんの花嫁姿。大船系、伊勢系、江戸系、肥後系とそろって舞台にあがっていました。どの花嫁さんが良かった? もちろん、肥後系です(汗)。
紫陽花さんも、ご出身地がいろいろですが、ここで紹介するのは、山あじさい系、”紅でまり”さん。色白の肌にほんのり赤みがさしています。♪浴衣の君は ススキのかんざし 熱燗とっくりの首つまんで もう一杯いかがなんて 妙に色っぽいね♪ なんて歌をくちずさんでしまいました(汗)。
透かし百合さん。花言葉は、純潔だそうです。さすが、小百合さま。
この方も和風な美人です、なでしこちゃん。やまとなでしことは言うけど、ショッキングピンクの衣装を着たり、結構、はでな花嫁さんですね。でも今はこれがふつうでしょうか。
洋風な美人のバラさん。春もよかったですが、夏バラも結構いけますね。再婚でしょうか。一年に何度も(秋バラもありますからね)、気が多いんですね。
半夏生さん。”半化粧”のおしろいを塗り始めてました。これは花ではありません。白い葉っぱをめくると、ちゃんと花が咲き始めていました。ドクダミの花とよく似てましたが、ドクダミ科だそうです。花の時期にお化粧して虫を呼ぶのでしょうね。ムシもつかないなんて、言われてる娘さんは、頭を白く染めるといいかもしれませんね。でも、自前の白髪の方はヘナ染めしてくださいね。
巨大ネギ坊主、アリウム・ギガンチユームさん。 中央アジア産ユリ科だそうです。花嫁さんというより、披露宴会場のミラーボールですね。し、し失礼しました。
デイゴさん。南国の花嫁さんといった感じ。情熱的ですね。
フェイジョアさん。この方も、南国の花嫁さん。秋にはパイナップルのような香りの果実をつけます。できちゃた結婚ですね。ふともも科で、結構グラマーです。
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まず、花菖蒲さんの花嫁姿。大船系、伊勢系、江戸系、肥後系とそろって舞台にあがっていました。どの花嫁さんが良かった? もちろん、肥後系です(汗)。
紫陽花さんも、ご出身地がいろいろですが、ここで紹介するのは、山あじさい系、”紅でまり”さん。色白の肌にほんのり赤みがさしています。♪浴衣の君は ススキのかんざし 熱燗とっくりの首つまんで もう一杯いかがなんて 妙に色っぽいね♪ なんて歌をくちずさんでしまいました(汗)。
透かし百合さん。花言葉は、純潔だそうです。さすが、小百合さま。
この方も和風な美人です、なでしこちゃん。やまとなでしことは言うけど、ショッキングピンクの衣装を着たり、結構、はでな花嫁さんですね。でも今はこれがふつうでしょうか。
洋風な美人のバラさん。春もよかったですが、夏バラも結構いけますね。再婚でしょうか。一年に何度も(秋バラもありますからね)、気が多いんですね。
半夏生さん。”半化粧”のおしろいを塗り始めてました。これは花ではありません。白い葉っぱをめくると、ちゃんと花が咲き始めていました。ドクダミの花とよく似てましたが、ドクダミ科だそうです。花の時期にお化粧して虫を呼ぶのでしょうね。ムシもつかないなんて、言われてる娘さんは、頭を白く染めるといいかもしれませんね。でも、自前の白髪の方はヘナ染めしてくださいね。
巨大ネギ坊主、アリウム・ギガンチユームさん。 中央アジア産ユリ科だそうです。花嫁さんというより、披露宴会場のミラーボールですね。し、し失礼しました。
デイゴさん。南国の花嫁さんといった感じ。情熱的ですね。
フェイジョアさん。この方も、南国の花嫁さん。秋にはパイナップルのような香りの果実をつけます。できちゃた結婚ですね。ふともも科で、結構グラマーです。