近くのホールで五木寛之さんの講演会があった。演題は、”果報は寝て待て、は本当か”という、ちょっと、とぼけものである(笑)。でも、ぼくはすぐ分かった。これは、五木さんがよく言っている”他力本願”のことだな、って。彼の本はそんなには読んでいないけれど、僕の本棚にも、”風に吹かれて”とか、塩野七生との対談集とかがある。それらの本の中でも、”他力本願”の思想は随所に顔を出してくる。
他力本願という言葉は、自分では努力しない、人任せという意味でよく使われるが、本来は仏教の用語で、五木さんの”他力”も”大いなるもの”に身を任せようという意味である。
さて、講演会では、いきなり他力本願の話しが出てくるわけではなく、命についての、いくつもの感動的な話が重ねられる。
たとえば、朝顔の研究者の話。朝顔は、夜明けの光や、暖かさで開くのではなく、その前の、一定時間の冷たい、闇の時間が必要で、それを経過してはじめて開くのだそうだ。
また、オハイオ州立大学の学者の話も感動的だ。木箱の土砂にライムギの一粒の種子を蒔き、水だけを与える。何か月かして、ようやく、弱々しい苗が生育してくる。その時点で、木箱を壊し、土砂の中のライムギの根を、細かな毛根まで含めて計測したところ、なんとその全長が驚くべき数値を示したという。一本のライ麦の、その貧弱な生命を支えるために、目に見えない土中で、膨大な根が縦横に張り巡らされていたのだ。
人の世界でも同じではないかと五木さんは言う。一人の人間が生きていくために、冷たい、闇の時間も必要であるし、また社会の中に無数の根を張りめぐらさねばならない。こう考えると、(英雄とか偉人とかにならなくても)、生きているだけでも、すごいことではないだろうかと。
シェークスピアのリア王の言葉、”人は泣きながら生まれてくる”。どの時代に、どの国に、どんな境遇の家庭に生まれてくるか、わからない。見えざる力で、この世に押し出されてくる赤ん坊は、恐くて泣いているのだ。
こうして、生まれてくるのも自分の意志ではない、そして成長して、学校に通い、仕事につく、そこで成果を挙げる人もいれば、そうでない人もいる。生まれた後だって、自分の意志、努力で進んでいるようにみえるが、実は”大いなるもの”に導かれているだけだという。
やるだけのことはやって(あるいは、何もやらないで)、あとは天に任せて、”果報は寝て待て”でいいのである。
。。。。。
さて、82歳の五木さんはこれまでお医者さんにかかったことがないという。風邪や下痢は、心と身体の大掃除だと思い、そのままして、きれいにしてもらってから、動き出すという。おおいなるものに任せておられるのかな。
昭和7年生まれで、”花の七年組”といわれるほど、逸材がそろったそうだ。大島渚、小田実、石原慎太郎 岩城宏之、神津善行、冨田勲、小林亜星、船村徹、遠藤実など。とくに慎太郎さんとは、9月何日の、誕生日まで同じだそうだ。太陽の季節で華々しくデビューした慎太郎さんは、当時、早稲田大学で苦学していた五木さんには眩しい存在だったらしい。
後日、慎太郎さんと対談があり、そのとき、”あんたは他力、他力とい言うけど、宮本武蔵だって吉岡一門と対決する前、神社に必勝祈願しようとして、やっぱり神に頼むようじゃだめだと、止めて、決戦に臨んで勝ったじゃないか”と云われた。五木さんは、武蔵にそう思わせ、力を出させたのが、”他力”だと返したそうだ。慎太郎さんの苦笑いが目に浮かぶようだ(笑)。
歩き方も、お顔も、82歳にはとてもみえない五木さん。お手本にして、余命(五木さんの新刊予定の書名を拝借)を生きたいものだ。