日々発見

日々新しい事に挑戦して・・・

四十数年ぶりの野沢スキー場 3

2014-12-30 15:23:53 | 2014年 スキー


12月26日

朝はすごい吹雪だった。

残念ながら、ゲレンデの中にある「シュネー」には温泉がなかった。
せっかく野沢に来て、温泉に入らずに帰るのは悲しいので、
ペンションの横にある無料のリフトで街中に降りて、大湯まで出かけた。
野沢にはたくさんの無料の湯がある。
それぞれ、近所の人達が交代でお掃除をしているそうだ。

 

この立派な建物が「大湯」。 

女湯は先の人がぬるくしてくれていたのか、
私はのんびりゆっくり楽しめたが、
男湯は相当熱かったらしく「「熱い、熱い・・・」と
大騒ぎをする声が聞こえていた。
特に「大湯」は熱いことで有名らしい。

街の中にもたくさんの外国人観光客がおり、
あちこちにある足湯で楽しむ様子も見られた。

お昼前にはすっかり雪も止んで、青空が広がってきた。

  

二人のベテランスキーヤーは朝から吹雪の中を出かけて行き、
深い新雪の中で、スキーが外れて
取り出すのに大そう苦労をされたようだったが、
それでも、大満足の様子で帰宿。

2泊3日の野沢スキー旅行、幸い怪我もなく大事故もなく、
楽しい毎日だった。
皆様 大そうお世話になりありがとうございました。 

 

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四十数年ぶりの野沢スキー場 2

2014-12-29 08:48:01 | 2014年 スキー

 12月25日

昨日の晴天が嘘のよう・・・・

霧が立ち込め、視界が悪そうだが、
朝は吹雪というほどではなかった。

宿のすぐ傍にある日陰ゲレンデのリフト券売り場で
「シニア1日券」を、と言ったら「証明書がありますか。」と聞かれた。

「顔で・・・・。」と答えると、困ったような顔をされたので、
「70歳にはまだですが・・・」と付け加えた。

横にいた御婦人が、「えっ、70?あなたはまだ60代の初めでしょう。
私は75歳で、私の夫は84歳ですけれど、普段はヨレヨレしているのに、
彼はスキーに乗るとシャキッとするんですよ・・・・。」と言って、
少し離れた所に立っている男性を指差した。

結局、売り場の女性は何も言わず
60歳からのシニア3,800円の券を渡してくれた。
若い人から見れば、60歳も80歳も皆同じ・・・。
顔で十分証明できたらしい。

そして、私達はもうそろそろスキーは卒業かと思っていたのに、
その84歳の彼に大いに勇気付けられたのだった。

カメラを忘れて出かけたので、いろいろな出来事があったのだが、
絵で楽しんでいただけないのが残念・・・

お昼に入ったレストランでは外国人の多さに驚いた。
オーストラリア、ニュージーランド、香港在住のイギリス人
その他諸々・・・、
丁度、クリスマス休暇を使って、北海道、青森、長野、東京、
2週間かけて、あちこち回ると言う若い人達もいた。

日本人スキーヤーは少なくなっているが、
海外から来て下さる方が増えているのはとてもうれしい。

お昼過ぎには激しい吹雪に変わって、
時々、真っ白になり、数メートル先も見えなくなってきた。

天気予報では今夜から吹雪ということだったが、
半日早く来たようだった。

私はホワイトアウトの中、恐怖で腰が引けてコースアウトしたり、
仲間の方達に多大な御迷惑をかけながら、早々にペンションに戻った。

このペンションSchneeはドイツ語で、英語ではSnowの意。
確かにシュネー、スノー、似ている。

1975年創業でもう40年になるという。

オーナーの若夫婦は、お二人ともワインソムリエの資格を持ち、
昨夜のお料理も今夜のお料理も、とてもおいしかった。





 



最初の深紅のお皿にはクリスマスプレゼントが・・・

そして、窓の外は正にホワイトクリスマス・・・

 ベランダに降り積もる雪を見ながら、
ベテランスキーヤーの楽しいお話を伺いながらのディナー・・・

スキーは晴天に限るが、今宵の雪景色、これはこれですばらしかった・・・

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四十数年ぶりの野沢スキー場 1

2014-12-27 09:31:43 | 2014年 スキー

 12月24日

スキー仲間の正さんからのお誘いで野沢に行くことになった。

年末の忙しい時に、とんでもない!と、
ずっと拒み続けていたが・・・。

朝の7時半に八王子駅前で拾っていただき、
野沢に着いたのがお昼過ぎ。

大昔は一面畑だったのに、たくさんの家やホテルなどが立ち並び、
丸で私は浦島太郎状態だった。

今日の宿、ペンション SCHNEE(シュネー)はとてもモダンで、
出迎えてくれたオーナー夫人はとても感じの良い方だった。

午後券を買って1時から滑り始めたが、
晴天で風もなく、今シーズン初滑りにしてはコンディションも上々!

正さん、イトさんは1級を持つ上級スキーヤー。
もうすでにピラトゥスで初滑りを楽しんで、
今季2回目のスキーとのこと。

王子様、お姫様の寝室のような可愛いかわいいお部屋に
おじさんが二人でお泊り・・・

お食事前のひと時、一日の疲れをアルコールで癒す。

 

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志賀高原スキー旅行 3

2014-03-06 12:36:44 | 2014年 スキー


2月28日(金)

朝、目覚めると真っ白な霧が立ち込め、とても視界が悪そうだった。

昨夜は雪の予報だったが、小雨が降っており、
きっと雪面はグチャグチャしていて良くないだろうと思った。

しかし、いざ滑り始めると気温が低いせいかどこもここも凍りついており、
私のもっとも苦手なアイスバーン状態だった。

風も強いので寺子屋はスキップして、
一の瀬のファミリーゲレンデの横にあるS字のゲレンデに向かった。

昨日は難なく滑れたものの、嫌な予感がして
初・中級者コースに迂回をしようと思ったが、
夫はもう先に入ってしまった。

仕方なくついて行ったが、恐怖のため、
急斜面で腰が引けて転んでしまった。
仰向けで、すごいスピードで落ちていくのが分った。
怖くて目も開けられない。

昨夜、圧雪した上に雨が降って、
そのままコース全体が凍ってしまったらしい。

突然、誰かが引き止めてくれた。
正之さんだった。

しかし、一瞬止まったものの、彼のスキーの上を越えて
彼を引き倒し、すぐにまた滑り落ちて行った。

そして、しばらくすると、いとさんが私を止めようとして下さったが、
これもまた、彼を倒してそのまま滑り落ちて行った。

今度はしっかり目を開けて周りを見ていた。
このまま行けば、間違いなく谷に落ちてしまう。

スキー板で何とか止めようとしたが、間違うと骨折をしてしまう。
足を上に上げて、板のテイルを雪に立てるようにし、
頭をゲレンデの中心の方に向けるようにしながら落ちて行った。

かなり落ちてから、大さんと黒さんが二人がかりで受け止めて下さった。

100m近く落ちたらしい。

一番初めに下りて、この様子を下から見ていた夫は、
このまま行けば私は谷に落ちてしまうだろうと心配したらしいが、
途中から、カーブをしながらゲレンデの中の方へ戻ってきたので、
少し安心し、
かえって、私に飛ばされた正之さんのことが心配だったらしい。

3人の上級者は皆ヘルメットを被っていらした。
一番心配だったのは、
私がヘルメットを被っていないことだったという。

そして、いとさんは「片山右京さんが山で遭難をして、
滑落をした友人を見捨てなければ、
自分も死んでいたに違いない、
という経験をされたというが、滑落というのは
こういうことなのかと思いました。」と言われた。

幸い、誰も怪我はなかった。

その後、焼額山を経由して、
奥志賀までツアーをしながら滑ったが、
この辺りは濃い霧のため雪面が見にくく、視界は7~8m、
コースをよく知っている夫が先頭に立ち、誰もはぐれないように
スピードを落としながら前の人を追った。
本当に辛いスキー行だった。

ホテル・グランフェニックスのレストラン、
 ラ・ステラ・アルビーナで昼食を取った。

4人の命の恩人たちは心なしか疲れて見えた。

休憩の後、ホテル・ベルグのあるジャイアントまで滑って帰ってきたが、
私のショックを考えて、5人の騎士たちは私に寄り添い、
最後までしっかりサポートをして下さった。

奥志賀には皇族がお使いになる通称「愛子さまゲレンデ」がある。
「5人のSPに守られて、愛子さま気分だったでしょう。」と
口々に冗談を言い、笑いに変えて下さった。

その夜、いつもお米を送っていただいている三ツ和農産の清水さん、
ベルグでおいしいお料理を作って下さるシェフの相川さんもいらして、
楽しい酒盛りが続いた。



皆様、本当にお世話になりました。
私達は明日午前中に帰途に着き、
4人はお昼まで滑って帰宅されるという。

来年こそ、ヘルメットを用意しなければ・・・・・

 

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志賀高原スキー旅行 2

2014-03-05 12:26:20 | 2014年 スキー


2月27日(木)

10時半頃、お仲間の四人の男性が到着。

今朝、4時に起きて、6時に八王子駅近くで待ち合わせ、
中央道でいらしたらしい。
中山テニスクラブの大さん、黒さん、
正之さんとそのスキー友達のいとさん。

皆さんの支度が整うまで、夫と二人 ジャイアントゲレンデで滑って待ち、
連れ立って、東館山、寺子屋、一の瀬、ダイアモンド、山ノ神へとツアー。

正之さん、いとさん、大さんは皆スキー検定1級の持ち主。
もう10年近くスキーをしたことがない、とおっしゃっていた
黒さんのスキーもびっくりするほどお上手で、
私は何とか皆さんに遅れないようにと必死だった。

テニスコートではほとんど御一緒にプレーをしたことがない。
黒さんに至っては、お名前とお顔が一致せず、お会いして初めて
「ああ、お見かけしたことがある。」というぐらいだったが、
一日一緒に滑っただけで、皆とても親しく感じた。

 

温泉で疲れを取り、有り余るほどの夕飯をいただき、
(鍋料理はいつもお腹がいっぱいで食べられない)

さらに、正之さんのお手製のお料理を囲んで談笑。 

そして、9時半には寝不足解消のため解散、就寝。  
とても楽しい一日だった。

 

 

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志賀高原スキー旅行 1

2014-03-04 23:43:39 | 2014年 スキー


2月26日(水)

前回1月31日から2月7日まで過ごした志賀高原、
大雪でさらに長野、甲府で二日間も帰ることが出来なかった顛末は
すでに書いたが、また、急遽出かけることになった。

今回は中山テニスクラブの方達とその友人、総勢6名。
前回の経験があまりにも強烈だったので、二の足を踏んだが、
誘惑には勝てなかった。

長野オリンピックで長野道が開通して以来、
ずっと中央高速道路を走っていたが、
今回は、最近開通した高尾のインターから入り、
関越、上信越道を使ってみようということになった。

峠の釜飯で有名な横川のサービスエリア。

子供達が小さかった頃、毎年菅平に通っており、
碓氷峠、小諸・・・・懐かしい地名に数十年前を思い出し、
途中、細々と途切れながらではあるが、
50年近くスキーを続けて来られたことに、
改めて感慨深いものがあった。


毎年信州中野で降りた時に寄る蕎麦処「善八」で昼食を取り、

2時近くで ホテル・ベルグに到着。



その後、ブナ、西舘、ジャイアントコースを滑り、足慣らしをした。

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暴風雪で足止め2泊

2014-02-12 00:00:52 | 2014年 スキー

 

志賀高原から 

朝目覚めるとまずテレビの交通情報をつけた。
上野原から八王子までまだ通行止め。
 

勝沼インターから入ったとしても上野原で下りなければならない。
上野原出口で4kmの渋滞となっていた。
 

結局、20号で八王子まで行った方が高速道路の上で渋滞を待つより
気が楽かもしれないと夫は言い、昨夜と同じ道を選んだ。

どこにも混雑はなく、あの時並んでいた人達は、
昨夜の内に皆抜けることが出来たのだろうとホッと安心し、
夜通しの復旧作業で大変な思いをされた作業員の方々に
頭を下げながら通り過ぎた。
 

スイスイと問題なく車は進んでいたのだが、案の定、
上野原のインター近くから混み出して、しばらくは又動けなくなった。

道路の側の石垣にこんなに美しいコケが付いているなんて
普通に走っていたら気が付かなかっただろう、おもしろい発見もした。

混雑もやがて消え、自宅に着いたのは2時半。
甲府を発ってから、5時間半。
事故もなく、無事に帰れてよかった。

全行程運転をしてくれた夫に感謝!
長野も、甲府も、ルートインホテルの従業員の方達は、
とても愛嬌があって親切だった。感謝!

そして、最大の感謝はお隣の○○さん。
我が家の玄関前をきれいに雪かきして下さっていた。

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ああ・・・悲惨なスキー旅行

2014-02-10 00:28:49 | 2014年 スキー

志賀高原から

1月31日から恒例の志賀高原へスキーに出かけた。

総勢15名、2月7日までは本当に楽しい毎日だった。
いずれまたこの話は機会を作って書こうと思っているが、
昨日の2月8日、帰途の旅の悲惨さを、まず報告したい。

朝、テレビで暴風雪のニュースが流れていた。
次々にホテルベルグに到着するお客達が口々に
「高速道路が次々に閉鎖して、間一髪で何とかここに着いた。」とか
「もうここから動かない方がいいと思うよ。」とか、
「スキー場のゴンドラもほとんど止まっている。」と言われる。

しかし、ホテルベルグは今夜も満室。
ここにもう一泊したくても出来ない。

とにかく行ける所まで行こう、と宿を出たが「長野道上下線通行止め」、
「諏訪・高井戸間全面通行止め」と聞き、
結局、
長野まで出て、ルート・イン長野というホテルに泊まることになった。



そして、今日、ホテルを10時に出て、一刻も早く帰りたいと、
お昼もコンビニでパンと飲物だけを買い、車の中で食べながら頑張った。


東京では45年ぶりの雪だったとか。
さすが雪国長野県はすごい!
今朝はもうすっかり雪が片付けられ、諏訪インターまでは開通していたが、

諏訪から高井戸まではまだ開通せず、国道20号をひたすらノロノロ・・・・・

日頃、あっという間に通り過ぎる富士山も、
のんびりと眺めることが出来たが、
勝沼のインター入口近くから何十台という車、
主にトラックが道の左側に並んでいたので、
その中の一台の運転者に「もうすぐ開通するのですか。」と聞いてみると、
「いや、全く分らないが、仲間の一人に笹子トンネルに
入ってもらったけれど、
出口でもう3時間も止まったままだと言うから、
仕方なく開通を待っているんだ。」とのこと。

私達もどうして良いか分らず、とにかくトンネルに入って行った。

出口まで後2kmという所で全く動かなくなり、
その後、時々少し動くものの、結局抜けるまでに1時間10分。
この間、事情が全く分らず、閉所のせいか、
恐怖感との戦いに疲れた。

そして、ようやく抜けてからもほとんど動かず、
このままでは大月に着くのも何時のことやら・・・
夫は引き返し、甲府でもう一泊した方が得策だと決心し、
空き地を見つけた途端、ユーターンした。

先程より車が増え、何とトンネルの中程どころか、
入口のはるか10kmも手前から渋滞は続いていた。

甲府まで戻り、また沿道に見つけたホテル 
ルートインコート甲府石和に落ち着いた。
7時半、何と9時間半走り続けて
長野から甲府へ移動しただけ。

明日は帰宅できるだろうか・・・・

コメント (5)
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