常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

蜜柑

2013年12月20日 | 日記


蜜柑は冬の風物詩である。ストーブで暖をとりながら蜜柑の皮を剥いて、白い筋からひと房をとって味わう味は忘れることができない。この冬も親戚から蜜柑が箱で送られてきた。食べ物が余っている今日ではあるが、この蜜柑の香りは昔の格別な味である。

芥川龍之介の短編に『蜜柑』がある。この話を語る私は、横須賀で上り列車の2等客車の隅に腰を下していた。すると13、4歳の小娘が私の前に座る。列車が発車してまもなく、娘はしきりに窓を開けようとする。なかなか開かなかったが、トンネルの中で窓が開く。開けた窓から入ってきた煙が顔に当たり、私は息をつけないほどに咳き込んでしまう。やがて列車は町外れの踏み切りにさしかかった。

「その瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送る子供たちのうえにぱらぱらと空から降ってきた。私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切まで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。」

蜜柑の消費が減っているという。スイーツなど、間食に向く食べ物の種類が多くなったせいかも知れない。蜜柑をめぐる光景は、やはり昭和の時代の匂いがしみついているような気がする。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

先憂後楽

2013年12月20日 | 日記


「国債発行過去最大、180兆円」の見出しが新聞に躍る。「原子力発電を継続しなければ日本経済は破綻する」という発言が、福島の事故処理の先も見えないうちに飛び出している。もはや、先憂後楽という名言が死語になった感がある。

北宋の名臣范沖淹は士大夫の心得として「士は当に天下の憂えに先んじて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ」ことを説き、先憂後楽が為政者の心得になった。国債発行の行きつく先を憂え、原子力発電の使用済み燃料の処理を憂える為政者の姿勢は全く見えない。

士大夫とは唐の時代の門閥貴族にかわって台頭してきた地主層から生まれた指導層である。
范沖淹は幼くして父を失い、母が他家に再婚するという辛酸をなめたが、猛烈な勉学によって科挙に及第して進士となり、以後地位を高めて参知政事(副宰相)にまで登りつめた。

この名言によって、新文明の担い手となった士大夫は世のリーダーしての自覚に責任感に目覚め新しい時代が到来した。日本でも「後楽園」名づけられた庭園がいまも残っているように、この名言を座右の銘とした名君がいた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする