年がおしつまって、とうとう雪が積もってきた。光禅寺の桜並木は、まるで花が咲いたように枝に雪がついた。お寺に雪が積もると、なぜかほっと安堵するような気になる。墓に眠る霊にとっては厚い雪のため、冷たい風や冷気が遮られるように思えるからだ。
現身のわが血脈のやや細り墓地にしんしんと雪つもる見ゆ 斉藤 茂吉
茂吉は東京の青山脳病院に養子として迎えられていたから、すぐ目と鼻先に墓地があった。墓地に雪の降るのを見ながら、病後の己の腕の血管が痩せ細ったような不安な感じを歌にした。それにしても茂吉は「しんしん」という句を好んで使う。茂吉自身、あまり度々使うので、歌壇から冷やかされた、と述懐している。
しんしんと雪降りし夜に汝が指のあな冷たよと言いひて寄りしか 茂吉
恋愛歌で官能的と、茂吉自ら語っているが、そのモデルについては韜晦している。茂吉は性格的といえばよいのか、少年のころの田舎育ちのせいなのか、恋愛については非常に注意深く韜晦している。
しんしんと雪降る最上の上山に弟は無情を感じたるなり 茂吉
上山温泉の山城屋は茂吉の弟直吉が養子になった旅館だ。直吉はわずか27歳で妻を亡くし、二女一男を抱える身となった。その弟を哀れんで詠んだ歌である。茂吉の兄弟愛は大変に強いものがある。長男をのみを残して3人の兄弟は家を出て、養子になり、また医師の資格を得て、辺境に北海道で医者になった兄もいる。茂吉は青山病院のわずかな暇を見つけて兄弟たちに合う時間を作った。