マツリの前にはゴクツキをするという小林町の住民。
かつてはトーヤ(当屋)の家で行われていたゴクツキは平成17年に公民館(土地改良区事務所)が完成してからはそこになった。
竹を立てて注連縄を張った公民館の屋内には神さんを祀っている。
屋形を設えた仮宮には砂を盛って幣を付けたサカキが2本。
左座と右座、それぞれのトーヤを示す分霊神さんはこの日の朝に両一老が挿したそうだ。
かつては左座、右座それぞれのトーヤ家で祀っていたが公民館に移ったことで一つにした。
マツタケ、クリ、ナシなどをお供えする。
この日に集まってきた村の男性たち。
ゴクツキ前に寄り合いがあった。
来年は杵築神社の造営の年。
議論が長引いている。
それを終えて玄関先に集まった。
大きな石臼を設営して始まったマツリのゴクツキ。
千本杵で餅を搗く。
石臼は公民館ができてからそれで搗いている。
それ以前にトーヤを勤めたHさんの話しによればもっと小さかったようだ。
両座で搗いていたからそれでよかった。
今では一度に搗くから大きな臼。
知り合いから貰ってきた臼だという。
羽根釜で蒸した餅米は三升。
実際は三升半ぐらいの量だという。
左座、右座の餅を一挙に搗くからひと臼だ。
以前は座それぞれに一臼ずつ搗いて分けていた。
千本杵はヒノキの木。
10本あるから搗く人は10人。
かつては伊勢音頭を唄いながら搗いていたそうだ。
唄がなければ意気が合わない。
なんとかしてほしいと尼講の婦人たちが願って持ち込まれたカセットテープ。
当時に唄われていた伊勢音頭を収録したという。
「~はぁ なんじゃいな おもしろや」が聞こえてきた唄はどうやらイシツキ唄のようである。
「・・・はぁ 終わりじゃ 終わりじゃ」も聞こえてきた唄は99歳のときのN氏の唄声だ。

サカキの葉を銜えて千本杵のゴクツキは呼吸もあってきて後半は「ほれ よいしょ よいしょ」の掛け声も揃って4分間半で搗き終えた。
かつては龍田川に出かけて川の小石を拾ってきた。
それをお風呂に入れて浸かったモチツキ人。
禊をしてからゴクツキをしていたという。
出来あがったモチは手でこねる。
出来立てほやほやのモチは熱い。
こねるのもたいへんやと話しながら作っていくのは長老らとトーヤ。

大きなカガミモチと10個のコモチにした。
モチはそれだけではなかった。
細長い杉のヘギ板は短冊のような形。
それに小さなモチをくっつける。
一枚に6個だ。
12枚作られたモチは「ジュウニカグラ」と呼ぶ。

12枚あるから「ジュウニ」は判るが「カグラ」と呼ぶ意味は判らない。
この「ジュウニカグラ」は翌日の宵宮で座の作法に使われる。
右座から左座へ一枚。
次に左座から右座へと移される「ジュウニカグラ」のモチ。
それぞれ6枚を交換する座の作法であるという。
カガミモチやコモチは宵宮の本殿に供える。
なお、コモチは祭典を終えたあとに宮司、巫女、両座の一老、二老、三老と新福寺に渡される。
(H24.10. 6 EOS40D撮影)
かつてはトーヤ(当屋)の家で行われていたゴクツキは平成17年に公民館(土地改良区事務所)が完成してからはそこになった。
竹を立てて注連縄を張った公民館の屋内には神さんを祀っている。
屋形を設えた仮宮には砂を盛って幣を付けたサカキが2本。
左座と右座、それぞれのトーヤを示す分霊神さんはこの日の朝に両一老が挿したそうだ。
かつては左座、右座それぞれのトーヤ家で祀っていたが公民館に移ったことで一つにした。
マツタケ、クリ、ナシなどをお供えする。
この日に集まってきた村の男性たち。
ゴクツキ前に寄り合いがあった。
来年は杵築神社の造営の年。
議論が長引いている。
それを終えて玄関先に集まった。
大きな石臼を設営して始まったマツリのゴクツキ。
千本杵で餅を搗く。
石臼は公民館ができてからそれで搗いている。
それ以前にトーヤを勤めたHさんの話しによればもっと小さかったようだ。
両座で搗いていたからそれでよかった。
今では一度に搗くから大きな臼。
知り合いから貰ってきた臼だという。
羽根釜で蒸した餅米は三升。
実際は三升半ぐらいの量だという。
左座、右座の餅を一挙に搗くからひと臼だ。
以前は座それぞれに一臼ずつ搗いて分けていた。
千本杵はヒノキの木。
10本あるから搗く人は10人。
かつては伊勢音頭を唄いながら搗いていたそうだ。
唄がなければ意気が合わない。
なんとかしてほしいと尼講の婦人たちが願って持ち込まれたカセットテープ。
当時に唄われていた伊勢音頭を収録したという。
「~はぁ なんじゃいな おもしろや」が聞こえてきた唄はどうやらイシツキ唄のようである。
「・・・はぁ 終わりじゃ 終わりじゃ」も聞こえてきた唄は99歳のときのN氏の唄声だ。

サカキの葉を銜えて千本杵のゴクツキは呼吸もあってきて後半は「ほれ よいしょ よいしょ」の掛け声も揃って4分間半で搗き終えた。
かつては龍田川に出かけて川の小石を拾ってきた。
それをお風呂に入れて浸かったモチツキ人。
禊をしてからゴクツキをしていたという。
出来あがったモチは手でこねる。
出来立てほやほやのモチは熱い。
こねるのもたいへんやと話しながら作っていくのは長老らとトーヤ。

大きなカガミモチと10個のコモチにした。
モチはそれだけではなかった。
細長い杉のヘギ板は短冊のような形。
それに小さなモチをくっつける。
一枚に6個だ。
12枚作られたモチは「ジュウニカグラ」と呼ぶ。

12枚あるから「ジュウニ」は判るが「カグラ」と呼ぶ意味は判らない。
この「ジュウニカグラ」は翌日の宵宮で座の作法に使われる。
右座から左座へ一枚。
次に左座から右座へと移される「ジュウニカグラ」のモチ。
それぞれ6枚を交換する座の作法であるという。
カガミモチやコモチは宵宮の本殿に供える。
なお、コモチは祭典を終えたあとに宮司、巫女、両座の一老、二老、三老と新福寺に渡される。
(H24.10. 6 EOS40D撮影)