マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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四天王寺・聖徳太子の命日は縁日

2019年09月01日 07時18分28秒 | もっと遠くへ(大阪編)
大阪・四天王寺で午後一番に行われる聖霊会舞楽大法要がある。

天王寺駅から北へ歩いて10数分。

そこまで車で行くべきか、それとも電車利用の駅から徒歩にするのか。

直前までその判断に悩まされていた。

車で行けば高速道路利用。

お安く行くなら西名阪国道利用。

阪神高速道路を利用すれば往復料金は嵩張る。

地道を走れば多々ある信号待ちでどれほど時間が喰われてしまうか。

しかも、天王寺辺りの駐車場料金は高い。

滞在時間が長いから一日駐車最大料金になる。

これらに比して電車であれば天王寺駅までの往復料金。

停める駐車場は大和小泉駅にある格安の駐車場。

丸一日停めても数百円。

であれば、こちらを選択するに限る。

電車の到着・発車時間を見越して自宅を出る。

JR大和小泉駅周辺2カ所の駐車場料金は700円。

たしか、もっと格安の駐車場があるはずだ。

場所は認識しているが、利用できるかどうかは、空き状態次第。

ぐるっと廻って停めた駐車場はタイムパーキングであるが、一般的にあるフラップ式ロック装置のない駐車場。

さて、どうお支払いをすればいいのやら。

駐車場には支払い機械があるが、操作方法がわからない。

どう読んでも払い方が前払いなのか、後払いなのかわからない。

フラップ式ロック装置のような発券機能のない装置に注意事項はあるが、老眼鏡で判読できない。

読もうとしていたが、電車の時間に遅れてしまう。

仕方なく、と云えば、叱られるかもしれないが、その機械の説明パネルを携帯電話で写真を撮って場を離れた。

駅に着いたらトイレに行きたくなる。

焦っているから余計にもよおす利尿促進服用薬の効果がここで現れた。

とにかくトイレで用を足す。

もう一つの焦りは電子マネーのチャージである。

このまま乗れば降車駅で改札口は開かない。

そうなると判断して持参したお札を入れてチャージ。

それを終えた直後に電車が到着した。

なんとか間に合った乗車中に撮った携帯電話画像を見た。

大きくなるから老眼鏡をかけなくとも読める注意書き文字に「当駐車場は駐車料金前払い制となっています。ご利用者は駐車券売機の精算手順に従い駐車券をご購入してください」とあった。

ありゃりゃ、である。

しかも「利用駐車券提示が当方にて確認できない車両および駐車枠外での駐車車両については不正駐車とみなします」に「不正駐車を発見次第、タイヤロック或いはレッカー移動の処置をとります」とある。

こりゃ、いかんであるが、電車に乗ってしまってからはどうしようもない。

その説明板には緊急連絡先の電話番号があった。

こうなりゃ焦ってもしかたがない。

降車駅の天王寺駅に着いて直ちに電話をしてこれこれかくかくしかじかを伝える。

直ちにはできないが、戻る予定時間を伝え、そして直ちに駐車料金を支払います、と伝えたら、事情がわかった担当者は、戻ったときにその処理をしてください、と返事をもらった。

併せて、今後の利用の際には、前払い発券を車内に貼って提示してください、と云われた。

ごもっともであります、と頭を下げた。

こうしたやり取りがあってようやく着いた天王寺駅。

人、人、人でごったがえしていた。

駅前の信号を渡れば右手に天王寺駅前商店街。

その店前にずらりと並ぶ露店売り。

「写真禁ず」の掲示をしている露天商もある。

いやなことがあったのだ、と推察する

行けども、行けども露店売りの行列はなくならない。

今日は特別な日なのだろうか。

人だかりがある賑わいの通路はどこまで続いているのだろうか。

『JR天王寺駅北地区の活性化まちづくり調査検討』によれば、地区を取り巻く状況に「四天王寺への参道としての賑わいが見られる。天王寺駅前商店街は、四天王寺への参道として、四天王寺における行事にあわせ、沿道の商店や露店が賑わっている。 また、周辺には、料亭や旅館などの趣のある建物が立地している。・・中略・・・道路幅員が狭いところが多い。地区内の道路については、私道であり、幅員が狭小なため、接する建物の建替え等が進んでいない・・・云々」とあった。

平成26年3月に報告された概要版のPDF報告書である。

駅近くから北へ300mほども続く歩道幅1/3程度を占領する。

通行する人の邪魔にならない程度の露店売り。

好きな人なら1軒ずつ顔を見せるだろうと思えるほどの多種多様の露天商売りである。

そこからさらに300mを北上する。

露天商はぐっと減った上に私道も広いからゆったり歩ける。

信号向こうに2台の消防車が停まっていた。

車庫入れの様相であるが、その右向こうに見える伽藍屋根は金堂。

現在工事中の範囲はここよりは伺えないが、右手巨木の影になって僅かに五重塔が見える。



さて、四天王寺の正門である。

参拝者はとても多い。

この日は一体なにがあるのだろうか。

午後一に始まる聖霊会舞楽大法要の参列者でもなさそうだ。

鎌倉時代の永仁二年(1294)に建之の石鳥居を潜ったところに「4月22日は聖霊会の開催のために六時堂での回向・納骨などの受付は阿弥陀堂」を案内していた。



また、右の立て看板には「十三詣り」の案内もある。

先だって、大阪・住之江安立でも「十三まいり」の石標を見た。

安立はここ四天王寺より遠く離れた地。

関係性はないと思われるが・・・。

探してみれば「十三まいりのお寺」として、大阪十三仏霊場第十三番の大阪天王寺区・夕陽丘町にある曹洞宗寺院の大平寺がある。

ネットをぐぐってみれば、「おおさか十三仏霊場一覧」があった。

それによれば、ここ四天王寺も大平寺も霊場になっていた。

なるほど、である。

ちなみに四天王寺の立て看板にあった解説は「数え年で十三歳という年齢の善男善女は、生まれた年の干支が初めて廻ってくるということでもあります」とある。

「・・ことでもある」ということは、他にも例えがあるということだろうか。

続けて「命を授け、育ててくれた親に感謝し、これから先の人生において、福徳と智慧と健康を授かるようにと、親子一緒に仏さまに厄除けと開運の祈願をするものです」とあった。

その関係とおおさか十三仏霊場一覧が示す1番から13番は、初七日忌を1番に二七日忌、三七日忌、四七日忌、五七日忌、六七日忌、七七日忌(四十九日)、百ケ日忌、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、三十三回忌。

これで結願というわけだが、親子一緒に13仏を安置する寺院に参るのと数え年十三歳とどういう関係性があるのだろうか。

ふと、疑問に思った。



極楽門の呼び名もある西大門辺りから大賑わい。

数々の露天商だけでなく、骨董の商いもある。

毎月の22日は聖徳太子の命日にあたる縁日。



アンティークなものもあれば日常雑貨に衣服類も。

大門辺りにはたこ焼きもある屋台店もある。

ちなみに22日はで「太子会」で、前日の21日が「大師会」。

弘法大師の命日にあたる縁日。

両日とも開催されている四天王寺骨董市のにぎわい日だった。

さて、聖霊会舞楽大法要が営まれる主な場はどこになるのだろうか。

聖霊会を特別拝見できる人は関係者のみ。

一般の人は亀の池を囲むように見ることになるだろう。

大きな飾り物を立てている場は重要文化財に指定されている石舞台。

橋のような場で披露されるようだ。



ひと際大きい球体はとても鮮やかな紅い色。

どうしても惹く深紅の色。

巨大な球体飾り物は天上に咲く仏花の曼珠沙華を表現しているそうだ。

その曼珠沙華の周りをぶらぶらと跳ぶ何かがある。

よく見れば燕の形。

では、球体の中心に赤く染めた太い棒や四方に拡がり竿は何を示しているのだろうか。

六時堂の反対側に移動したら茅の輪のような構造物がある。

この日の会式に登場したか、存知しない。

聖霊会舞楽はすべてを拝見しなかった。

気温が30度にもなるカンカン照りの状況に身体がもたない。

本来なら午後5時まで延々と演じられる舞楽に、私は全うできなかった。

六時堂裏側の影に身を休めて帰路につく。



縁日に訪れる商主とやり取りしていたお客さんもいた。

旧西吉野村からは採れたてもぎたてのミカン類を売っていた。

試食をいただいて身体は少しマシになる。



そこよりすぐ近くに無料休憩所があった。

ドアを開けたら高齢の人たちの休ん場。

ありがたいことに空調が入っていた。

そこでも一休み。

ようやく戻ってきた体力。

いつもと違う体験に疲れたのかもしれない。

(H30. 4.22 SB932SH撮影)


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