昨日(11月21日)、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を三女と新宿ピカデリーで観てきました。
今、話題沸騰中のこの映画は、1970年代後半から世界的な人気を博し、1991年リード・ボーカルのフレディ・マーキュリーの死を経てもなおその音楽が人を惹きつけて止まない“伝説のバンド「クイーン」”の“生き様が世界を変えた感動の物語”です。(“”内公式ページより)
映画では主に、出自や私生活から時に奇異の目で見られたり、差別されながらも圧倒的な才能で誰もが認めるトップエンターテイナーにまで駆け上がったフレディ・マーキュリーの人生を、数々の名曲と共に紹介。
現在でもいろいろな場面で使われ続け、愛され続けるそれらの曲が作られた背景を知ることで、込められた深い意味を知ると共に、改めてフレディの才能を見直す良い機会となりました。
私自身のニューヨーク滞在時期とクイーンの活躍期が重なっているのですが、当時は“プリンス”や“ヴィレッジ・ピープル”などセクシーさやゲイっぽさを強調するミュージッシャンもいて、彼らはそれぞれの音楽的分野で大きな影響力を発揮してはいたのですが、ゲイに対する偏見は未だ根強く、またMTV全盛であったため視覚的に受ける印象が強くて、人々の反応には複雑なものがある時代でした。
今の時代のように人種的、性的マイノリティに対する共感と理解が深まっていれば、フレディはもっと生きやすかったことでしょう。そして、この映画自体、表現も含めて今の時代でなければ作ることができなかったのではないかと思ったりします。
同時期に私の知人も2人エイズで亡くなっています。
制作にはブライアン・メイとロジャー・テイラーも関わっているとのことですが、その原動力となった彼らの大きな愛と悲しみの底には、癒しがたい複雑な思いがあるのではないでしょうか。
この映画が、若い人々を含め空前のヒットとなっていることに、すべてを超越する音楽の偉大さに今更ながらに気づかされます。
映画そのものはフレディの生き様が中心になるために曲が途中で終わってしまったりして、私的にはもっと音楽をたっぷり聞かせて欲しいという物足りなさがちょっと残ってしまいました。
そして本音を言うと、“私のクイーン”をブームにして欲しく無かった!!(笑) 今、クイーンを聞きながら。(四女)