
オクサンもこちらに帰っているお休みの日はどこにも出かけないで片づけしたりして、あとははおすすめがあったDVDなど探しにいったのだけれどそれがない。しかたがないのでいくつかオクサンもみるようなものを選んで借りてきました。
オクサンも見るだろうと選んだのが「今度は愛妻家」。
豊川悦司のカメラマンは1年前に事故死したオクサンの薬師丸ひろ子の死を受け入れられない。オクサンの存在を妄想することで日々を送っています。
わが身に起こってはいないけれど、この映画では愛しているのに悔いのある対応をした人の取り返せない喪失感がテーマです。
人が亡くなるのは現実だからしょうがないけれど、その現実を受け止めることは大変なこと。この先別れを控えているので悔いを残さないようになんて思っています。
そのあと夜にYouTubeにいってEsbjon Svenssonの2004年のlive映像をみました。目的はハクエイ・キムの使っている赤い弁当箱をスヴェイソンも使っていたのを確認しようとしたのですが、それはこのように確認できました。


でもそれよりも、見たことのなかったスヴェイソンの動く映像をみると、彼がまだ弾いているな妄想にかられ、映画の豊川と同じような感じになって困りました。「亡くなった彼女の存在感は消えないのよね」という薬師丸の父親役(オカマ)の言葉のように今もいるような気持になってしまいます。
これからある別れの納得をどのようにつけるのか、別れの前に納得の状態にすることが大切なのでしょうね。