二草庵摘録

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漂流記のおもしろさを堪能する ~吉村昭「漂流」について

2021年10月13日 | 吉村昭
   (まったく同じにしか見えないが、左は改版で文字の大きさが違う。)



はじめに結論を述べておくと、この「漂流」はノンフィクション・ノベルの秀作。夢中になって読ませていただいた。
吉村昭さんの作品は、新潮文庫、文春文庫、講談社文庫等に収録され、現在も多くのファンを擁している。よくいわれるように“記録文学”を確立し、集大成した小説家である。

■吉村昭:1927年(昭和2年)~2006年(平成18年)

当時親しかった友人に「戦艦武蔵」をすすめられ、これは三十代の半ばころに読んで感心した覚えがある。
東日本大震災が起こったあと、本屋に「三陸沿岸大津波」が平積みされているのを見て、うーんそうか・・・と思って買って読んだのが、二度目の出会いであった。

吉村昭さんは、ノンフィクション・ノベルばかりでなく、歴史小説もたくさん書いている。
『吉村昭自選作品集』 全15巻別巻1 (新潮社、1990年-1992年)
『吉村昭 歴史小説集成』 全8巻(岩波書店、2009年)
『吉村昭 昭和の戦争』 全6巻(新潮社、2015年)

これらの作品集を眺めていると、吉村文学が、松本清張や司馬遼太郎さんと比肩しうる巨大な山塊であることがよくわかる。2~3冊読んだだけで「よし、わかった!」といえるような作家ではない(;^ω^)
映画化、TVドラマ化された作品も数多くある。
「高熱隧道」
「ポーツマスの旗」
「破獄」
「大黒屋光太夫」
「海も暮れきる」
・・・これらが手許にあるが、読みたい吉村さんの本はほかにもたくさんある。

さて「漂流」である。
直前に井上靖の「おろしや国酔夢譚」を読んで、漂流記のおもしろさにあらためて眼を瞠った。わたしは「ロビンソン・クルーソー」の大ファンで、かつて定番だった岩波文庫をはじめ、新潮文庫、河出文庫でもそろえ、いつでも読めるところに据えている。
ここで、いつものようにBOOKデータベースから引用させていただく。

《江戸・天明年間、シケに遭って黒潮に乗ってしまった男たちは、不気味な沈黙をたもつ絶海の火山島に漂着した。水も湧かず、生活の手段とてない無人の島で、仲間の男たちは次次と倒れて行ったが、土佐の船乗り長平はただひとり生き残って、12年に及ぶ苦闘の末、ついに生還する。その生存の秘密と、壮絶な生きざまを巨細に描いて圧倒的感動を呼ぶ、長編ドキュメンタリー小説。》

「ロビンソン・クルーソー」はそのまま実話ではなく、当時イギリスでよく読まれていた漂流譚をもとにしたフィクションである、と知ったのは後年になって。しかし、味わいはまさにドキュメンタリー=ノンフィクション、しかも世界文学屈指の名作である。
こういう味の文学が日本にもあるとは、はやくから気がついていた。そこに遅ればせながら「おろしや国酔夢譚」がやってきた。

「漂流」は水も湧かず、生活の手段とてない無人の島(鳥島)で12年にわたって苦闘し、生還を果たした、奇跡の男長平を描いたノンフィクション・ノベルである。
その孤島で住まい、水、食べ物をどうやって確保し、生き延びていったらいいのか?
「おろしや国酔夢譚」はロシアに上陸をしたあと、ロシア人との交渉・交流が主軸となって話が展開されるが、「漂流」は違う。
サバイバルのプロセスそのものが、一つひとつびっしりと書き込まれ、読む者を圧倒する。

Amazonを参照すると、488個の評価が付されている。しかも平均し星4.5と、極めて高い評価をうけてもいる。
ある読者は「あたかも直接長平に聞き取り調査を行ったかのような錯覚を起こしてしまいます」と感想を述べておられる。生きるため、生き抜くための知恵が、生々しさが、この漂流記にはたっぷりとつまっている。停電でパニくったり、蛇口をひねればいつでもおいしい水が飲めたり、道具の使い方を知らなかったりする文明人とは、なんという鮮やかな対比だろう。
どこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなのかを問うても仕方ない。吉村昭さんは、主人公長平にのり移っている。

ひ弱な現代人、その中でもとくに、コンビニや食品スーパーがないと生活できない都会人にこそ、読んでもらいたい入魂の一冊。
こういう作品があったのだ、眠りを忘れて読みふけってしまったぞ!
うーん、吉村昭さんに、あらためて大きな拍手をおくりたい、いやはや堪能させていただきました。



評価:☆☆☆☆☆

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