二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

人間とは何か

2007年12月05日 | ドストエフスキー
■ドストエフスキー「死の家の記録」

これは小説だろうか。
もしかしたら、ドキュメンタリー、ルポルタージュ、あるいはノンフィクションという分類の方が、
正確なのではないか。
しかし、そんなことはどっちみち、二義的な問題にすぎまい。
巻擱くあたわず、といえばやや誇張した表現になるが、とにかくおもしろかった。
景気よく5つ星を進呈することとしよう。

記憶に間違いがなければ、二十代に一度、そのあとも、二度ばかり、
読もうとして手にとったはずである。しかし、完読したのは、これがはじめて。
むろん、自慢にはなりませんね(^^;)

亀井郁夫さんの「カラマーゾフの兄弟」(光文社文庫版)がブレイクし、
書店で特設コーナーが設けられている。
「死の家の記録」はカラマーゾフに比べたら、ずっと地味な作品。
しかし、シベリア流刑なくして、その後のドストエフスキーは出現しなかったろう。
スタンダール、バルザック、ドストエフスキー、トルストイ、ディケンズ。
こういった作家は、19世紀の「大作家」として、
いまでも、一部の文学愛好家の尊敬をあつめているようである。

「罪と罰」「白痴」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」がこの作家の4大傑作とされ、
新潮文庫や岩波文庫で、ごくふつうに読むことができる。
わたしも二十代のころ、一通り読んでいるが、
「罪と罰」を除くと、どれも非常に手こずったのを覚えている。
ストーリー展開は入り組んでいるし、タガがはずれたような人間がつぎつぎ登場しては、途方もない演説をはじめるからだ。
それに比べたら、この作品は、一般的な19世紀的リアリズムで一貫していて、
ずっと読みやすい。

山本周五郎に「青べか物語」「季節のない街」があるが、
祖先をたどれば、「死の家の記録」あたりにいきつくのではないか。
チェーホフにも、避けられぬ死を目前にしての「サハリンの旅」があり、
未読なので、読んでみたくなった。
でもなあ、こんなにおもしろい小説をなぜ、若いころには読み切れなかったのだろう。

人間に対する旺盛で強烈な好奇心。
読んでまず、そのことに圧倒される。
ここに現れる人間像は、のちにの大作にさまざまなヴァリエーションを奏でつつ、
くりかえし登場することとなる。
ドストエフスキーの処女作は「貧しき人びと」であるが、
彼が真にドストエフスキーらしさを発揮するのはこの作品からであると思う。

よく知られているように、ここにあるのは、彼自身の4年間のシベリア流刑の生活である。
彼は「死刑宣告をうけた人間」なのである。
この作品はロマン(小説)というよりは、観察者の眼を通して語られるドキュメンタリーに近い。

<彼は「わたしたちの監獄の全貌と、この数年間にわたしが経験したことのすべてを、
一枚の明瞭な絵にあらわす」ことを自分の課題として、風俗描写、肖像画、告白という
三つの土台の上に「死の家の記録」を構成した。>(訳者解説)

人間味あふれるアキム・アキームイチやアレクサンドル・ペトローヴッチ、
あるいはまた、いまでいうテロリストの群れを連想させるチェルケス人たち、
数人のポーランドの革命家、ユダヤ人イサイ・フォミーチ、
卑劣な密告者A、ペトロフ、スシーロフ、クリコフ・・・。
そして囚人に対し絶対権力者として君臨する少佐。
観察は人間どもだけでなく、家畜やペットにもおよんでいる。
山羊のワシカ、犬のベールカ、クリチャプカが、
人間とのかかわりのなかで、いかに印象深く読者の脳裏に刻み込まれることか。
そう、タタール鷲もいた・・・。

この監獄はふつうでない人間どもの博覧会場の観を呈する。
動物たちもふくめて、それらがすべて作者の「隣人」なのである。
あるところまでは理解できるものの、
そこからさきは到底理解できそうにない「他者」の群れ。
ドストエフスキーはそれを描ききったといっていいだろう。

訳者のあとがきには、ツルゲーネフとトルストイのこの作品に対する讃辞が引用されている。
その通りであろうと、わたしは思う。
いま読んでも、むろん十分おもしろい。
「人間とは何か?」
その問いは、21世紀の現代になっても、少しも色あせることがないからだ。

ドストエフスキー「死の家の記録」(工藤精一郎訳)新潮文庫>☆☆☆☆☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 活字中毒者度チェック | トップ | 赤い自転車 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ドストエフスキー」カテゴリの最新記事