二草庵摘録

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山本七平「聖書の常識」(文春学藝ライブラリー)レビュー

2018年12月16日 | 哲学・思想・宗教
  (山本七平は批評家というより、思想家といっていいかもしれない)


旧約聖書と新約聖書。
この二つのBOOKを、日本人の読者を想定して本格的に論じた、わかりやすい本を探していた。そうして、本書にぶつかったのだ。
初心者をターゲットにした“啓蒙書”に、毛が一本、二本生えたような書物かと想像していた。いやはや、どうして、どうして、そんじょそこいらにころがっている通俗解説書とはまるで違って、山本七平さん、本気モードで書いておられる。

《「旧約聖書」の世界を背景に、「新約聖書」がどのようにして生まれてきたのか。これこそ、「聖書の世界」を理解するうえで最大の鍵となる。聖書学の最新の成果を踏まえつつ、「聖書とはどんな本であるか」を日本人向けにやさしく解説する》(「内容紹介」より)
ひと口でいえば、これが本書の要諦である。

旧約から新約へ、それはなぜ、そういう流れが歴史的に形成されることになったのか!?
そのすべてが「聖書の常識」で氷解したとはいわないが、わたし自身の知見が、一歩前進できたのはたしかだ。

《キリスト教とユダヤ教の分裂は、実にパウロにはじまるといってよい。今でも、ユダヤ教はイエスまでをヘブル思想家に入れるがパウロは入れない。またイスラム教徒はイエス(イサ)をマホメットにつぐ最大の預言者とみるが、パウロはまったく評価していない。》(本書300ページ)
つまりキリスト教は発生したのはパレスチナだが、それが使徒=宣教者たちによって、古代ローマ帝国へと拡散=拡大し、徐々にヨーロッパ世界をつつみ込んでいった。最大の功績は、パウロ3回の大伝道旅行に帰せられる。鉄道、バスもない、・・・どころか馬車もろくすっぽない、盗賊どもが横行する時代の旅行がどんなものであったか、われわれは想像力を働かせるべきである。

キリスト教の基礎を据えたのは、キリスト本人でも、福音書に出てくる人物でもなく、パウロなのである。本書においても言及されているように《パウロなくしてキリスト教なし》とは、現代人の多くが認めるところである。
ユダヤ民族の民族宗教であったユダヤ教から、普遍宗教たるキリスト教、イスラム教が誕生したのである。したがって、後者二つの宗教を、その起源にさかのぼって理解するためには、旧約聖書=ユダヤ教の基礎知識が必須となる。

「聖書の常識」は、平均的な日本人のまったくの初心者には、読みこなすのがむずかしいだろう。しかし、予備的な知識がいくらかあれば、この本を読み解くのは、そうむずかしくない。思弁的・・・というか、難解な専門用語は、あるいは観念的な哲学論議は、ほんとうにわずか、必要最小限といっていい。
山本さんが、こういう本を、現代のわれわれ読者のために書き残してくれたことに感謝したくなる。
「新約聖書のなかのイエス」
「キリストとは何か」
「使徒の世界――パウロとヨハネ」
最後に置かれたこの三章は手に汗にぎるおもしろさだった、すくなくともわたしには。
いや、このあたりを、もっと詳細に、徹底して追究してほしかったと思っている。山本さん、ほかの場所(ほかの本)で書いているかもしれないが・・・。

ただ、キリスト教といっても、カトリックとプロテスタントでは、その宗旨や考え方、生活習慣に違いがあるのは、仏教の場合と同じ。
プロテスタントがまたいくつかの派に分かれているから、こまかく追及すればまことにややこしくなっていく。
巻末の佐藤優さんの解説によれば、山本七平さんは、メソジスト派のプロテスタントで、青山学院教会に通い、そこで洗礼を受けているそうである。
そういう出自の批評家、思想家が書いた本、ということを心得ておかねばならないだろう。

《大東亜戦争中のフィリピン・ルソン島で、山本七平は、復活したイエスに会ったのだ。真に信仰を持つ者は、神やイエス・キリストについて過剰に語ることを避ける。「空気」「日本教」「現人神」などのキーワードを駆使しながら、山本は常にイエス・キリストについて何かを語ろうとしていたのである。神学書を縦横無尽に編集しながら、「聖書の常識について書く」という仮面をつけて、山本は本書で自らの信仰を告白したと私は理解している》



本文庫の解説は佐藤優さんが担当している。その最後の最後を、佐藤さんはこうしめくくった。
心に沁みることばとして、読者の記憶に長くとどまる、すぐれた批評だろう。



評価:☆☆☆☆☆

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