二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

現代において俳人とは? ~城山三郎「部長の大晩年」レビュー

2022年01月29日 | 俳句・短歌・詩集
永田耕衣は1900年(明治33)~ 1997年(平成9)まで生きながらえ、老人ホームで生涯をとじた。金子兜太とならび、長命をまっとうした俳人の代表格。
城山三郎さんは、この永田耕衣が大好きで、最晩年、老人ホームに入所している彼に会いにいっている。三菱製紙高砂工場に定年まで勤務したが、抄紙機に右手を巻きこまれ、三指の自由を半ば失う。
しかし、職歴の最後は工場製造部長の要職についた。
それが「部長の大晩年」というタイトルの由来。

そして定年退職後、90歳をすぎてなお旺盛な作句活動を展開し、句集は16冊にもおよぶ。
俳句は大部分、自分が主宰する「琴座(リラザ)」に発表。城山さんによると、この俳誌はほとんど永田耕衣の個人誌の趣を呈していたという。

念のため、例のごとくBOOKデータベースを引用しておこう。
《彼の人生は、定年からが本番だった。三菱製紙高砂工場では、ナンバー3の部長にまでなり、会社員としても一応の出世をした永田耕衣。しかし、俳人である永田にとって会社勤めは「つまらん仕事」でしかない。55歳で定年を迎えた永田は、人生の熱意を俳句や書にたっぷり注いで行く。
異端の俳人の人生を97歳の大往生まで辿りながら、晩年をいかにして生きるかを描いた人物評伝の傑作。》

最晩年には阪神淡路大震災に遭遇し、九死に一生を得ている。
平々凡々たる生涯のように見えて、本人にしたら「毎日がドラマ」の長い航海であったことだろう。永田耕衣が右手が不自由だったことは、本編を読むまで知らなかった。
「部長の大晩年」を読んで、たいへん興味深い俳人であることがよくわかる。

<作品>
夢の世に葱を作りて寂しさよ
恋猫の恋する猫で押し通す
かたつむりつるめば肉の食い入るや
朝顔や百たび訪はば母死なむ
流星のそこからそこへ楽しきかな
うつうつと最高を行く揚羽蝶
桐の花何か回復しつつありや
店の柿減らず老母へ買ひたるに
いづかたも水行く途中春の暮
墓を去る時に笑ふや墓参り
死螢に照らしをかける螢かな
無職ゆえ白い元気な蝶ばかり
泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む
秋雨や空杯の空(くう)溢れ溢れ
野を穴と思い跳ぶ春純老人
白桃を今虚無が泣き滴れり
夢みて老いて色塗れば野菊である


おもしろいといえばおもしろいが、駄句もたくさんありそうである。わたしが耕衣のフアンになるには、あらためて五百句(その半分でもいいが)ほど、ちゃんとアンソロジーを眺めることが必要だろう。
耕衣は非常な読書人であり、禅の影響が強かったということも、本編を読んで腑に落ちた。棟方志功の隣を歩いていたようなところもあるが、何といっても、社員1800人もいるという三菱製紙高砂工場の部長にまで出世している。
そこをやめるとき「ああ、つまらん仕事してきた」とため息をつくようにいう。

そして長い余生、97歳までの「大晩年」。
人物伝としては本編「部長の大晩年」はまちがいなく秀作の部類に属する。これこそ、城山さんの世界。
わたしが現代俳句のファンだったら、もっとおもしろく読めたのにね(^ε^)
藤沢周平が一茶、吉村昭が放哉、そして城山三郎が耕衣。
現代の小説家が、それぞれ俳人の“人物伝”を書く。本編は252ページの薄さだが、読み応えは十分あった。
永田耕衣句集を古書店あたりで見かけたら買って読んでみよう・・・という気持ちにさせてくれた、という意味で。

本編のラストを引用してみよう。
《影となって寄り添うユキヱ(妻の名)の横で、もし耕衣が墓の中から自作の句を詠み上げるとすれば、さて、どの句であろうか。
「茄子や皆事の終わるは寂しけれ」
か、それとも、
「放せ俺(わい)は昔の夕日だというて沈む」
なのか。》

長寿社会、高齢化社会になったとはいえ、現代というこのせわしない国際社会にあって、短詩形文学とは何だろうと考えさせられた。
読者=作者。
現代詩、短歌、俳句。そのいずれにもこの等式はあてはまりそうである。
狭い世界といえば、俳句は五七五だから最も狭い。そこで個性を発揮するのは至難の業である。
本編において城山さんは、多少書きにくくもあったはずだが、「耕衣」という個性をなかなか見事に彫り上げてみせた。
最晩年の耕衣に会いに、老人ホームまで出かけた城山さんは、定年以後の耕衣に一通りではない共感を寄せている。自分自身の晩年も、こうありたい・・・あって欲しいという祈りの姿勢が、読者たるわたしには感じられた(。-ω-)









評価:☆☆☆☆☆


※ 参考:「ひろかずのブログ」
https://blog.goo.ne.jp/hirokazu0630/e/5300452cf13031635ca86dc844460ea5
写真の下3枚はネット検索からお借りしています。ありがとうございました。

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