「草木図譜」がアルバムとして独立したのは、2011年2月14日。
しかし、それ以前から、木や花や草の写真は、折にふれて撮影してきた。
われわれ動物とは生存の戦略がまったくことなるこれらの生命は、被写体として捉えようとすると、なかなかに手強い。
いわゆるジャンル写真にするのではなく、野心としては「純文学」志向とでもいったらいいのか、キレイなだけの花写真から脱出したいという、ひそかなもくろみがあって「草木図譜」という、素っ気ないタイトルを選んである(^^;)
(1)切り株の歳月
この一枚には「イイネ!」マークが一個もついていないけれど、わたしにとっては、大切な作品。前橋市の古刹といえる寺院の墓地で撮影した。
この大木が伐り倒されたのは、いつごろなんだろう?
その後、数十年のあいだ放置され、いわば骨だけが残ったのである。風化はさらにすすみ、やがて大地へ還っていく。母なる地球という、巨きな循環装置のもとへと。
生きいきと葉を繁らせ、100年、200年の歳月をへてきた、一本の木。手でふれると、ざらざらした「自然の」テクスチャーがこころをゆさぶる。少し力をくわえると、もろくなった組織は、ぽろぽろと崩れてしまう。
ある日、小さな苗木が、この場所に根をおろしたのだ。そして、植物だから当然だけれど、その場で、一生を終える。頭(こうべ)をたれるようにして、敬虔な気分の中で、シャッターを押した。
(2)花びらの春
これを「草木図譜」にくわえるのは、どうかという迷いがないではない。
だから、「草木図譜」ではなく、「M公園のお花見」というアルバムに入れてある。サクラには、散り際の美というか、散ったあとの風情があって、そんな被写体をさがして歩いた。だから、わたしにとって、主役は缶ビールやジュースではなく、散り敷いたサクラの花びらなのである。
子どもたちの歓声、酒が入って、陽気にうかれ騒ぐ大人たちのざわめき。「お花見」は、かの太閤秀吉以来、日本人にとっては、初詣、迎え盆などとならぶ、非常に重要な年中行事である。春を言祝ぐこと。そこには「また今年も、こうしてサクラを見ることができた」という、人びとの純朴な悦びがある。いや、慶びという文字をあてたほうがいいかな?
(3)バラのしずく
この作品には、三毛ネコさんとしてはめずらしく、8件の「イイネ!」マークをいただいている。ほかに9件のイイネ! マークをいただいた写真があるが、こっちを選んでおこう。
「草木図譜」ではなく「薔薇のしずく」というアルバムに収めてあるが、このアルバムは、「草木図譜」の番外編なのであ~る(^^;)
同じ植物とはいえ、(1)の切り株とは、なんとまあ、対照的なたたずまいだろう。昔風にいえば、花もはじらう17、8歳の乙女である(いまどき、そんな乙女など、日本にはいないよ・・・という声が聞こえてきそうだが・・・)。
仕事さきから、会社へ帰る途中、「ばら園」の横の道を通過。昨夜来降り続いた雨があがり、雲間から太陽が顔を出した。タイミングがよく、さっそく駐車場へクルマを乗り入れ、サクサクと撮影した中の一枚。
わたしにはめずらしい耽美的な写真になった。
(4)葉っぱのハートマーク
ある小さな植物園を散歩していたら、この葉っぱのハートマークに気がついた。
順光線で撮ったら、おもしろくもなんともない。というわけで、愛用のタムロン90mmマクロで、透過光に挑戦。葉っぱの「赤」を表現することができた。
この植物の名は、わからない。それでいいのである。画家やイラストレーターはアトリエで空想しながら描けるが、写真はその場の勝負である。被写体の発見のないところに、写真はない。
『自然の鉛筆』(しぜんのえんぴつ、The Pencil of Nature)ということばを思い出した。写真の黎明期(むろん19世紀)、カロタイプという画像システムの発明者、ヘンリー・フォックス・タルボットの写真集のタイトルである。またかの巨匠、東松照明さんには、沖縄を撮影した「太陽の鉛筆」という、傑作写真集がある。
(5)お似合いのふたり
「草木図譜」は植物が相手だから、こちらの都合でいくらでも撮影できる。というわけで、撮影枚数がやたら多く、お気に入りをつけたい写真がずいぶんとある。
あれこれと迷ったすえ、ベスト5の最後には、この「枯れ姿」を据えておく。
「お似合いのふたり」としたのは、日記にも書いたように、わたしにはこれが、怒っている夫と、笑っている妻・・・つまりお似合いの夫婦の顔に見えるからであ~る(笑)。
撮影中にそれを意識したわけではない。しかし、撮影後クルマにもどって液晶画面で撮影済みカットを眺めていて、気がついた。
乙女のころは、だれもが「わー、キレイね」と褒めてくれる。人間も花も、同じこと。しかし、老いて、枯れ姿となったところに「わび・さび」の美学がうまれてくる。これは室町時代に形成された日本人の美意識の根底に横たわっているまなざしといっていいだろう。
義満の絢爛豪華な北山文化に対する、義政の東山文化として。
さかのぼるとすれば、西行が生きた時代の「新古今」までさかのぼれる。
近ごろ、寄る年波で、このわび・さびが気になってきた三毛ネコさんであ~る(笑)。
※タルボットについてお知りになりたい方は、こちらをどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%88