二草庵摘録

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「人間昆虫記」手塚治虫(秋田文庫/秋田書店)レビュー

2015年09月02日 | 座談会・対談集・マンガその他
手塚治虫の「人間昆虫記」を読みおえた。
昆虫記というとファーブルだけれど、ファーブルとは無関係。幻想小説というよりは、ピカレスクロマン(悪漢小説)の路線で描かれた一冊読み切りの中編マンガ。
「奇子」に較べると一回り規模が小さいが、現代の「おとぎ話」としてはよくまとまった佳品である。

主人公十村十枝子は自分がのしあがるためには手段を選ばぬ恐ろしい悪女・・・とう設定。彼女は女優、デザイナー、小説家と、身をまかせた男を模倣しながらつぎつぎ脱皮を重ねていく悪女であり、ここでも「変身」がかくれたテーマになっているのは興味深い。文藝春秋社や芥川賞が実名で登場する。
華麗な世界へのあこがれの底に、どす黒い人間不信が渦巻いている。「奇子」とならび、手塚マンガのダークな一面を代表する力作といえそうである。

登場人物のキャラクターがていねいに仕上げてあり、読み応えがある。とくに大企業の取締役として描かれる「大日本鋼機の釜石桐郎」なる人物は悪魔的存在としてなかなか見事な造形ぶり。しかし十村十枝子は結婚したこの男をも殺害し、野望を遂げる。
本書はバージュ美波(父がフランス人、母が日本人のハーフ)という女優さんにより、2011年TVドラマ化されているがわたしはみたことがない。
奇子が童女なのと比較し、十枝子(としこ)のほうは、おとなの女としてあらわれる。彼女は男から男へとわたり歩く。その男たちは、もっている才能を彼女に吸い取られ、つぎつぎ破滅の淵へと沈んでいく。ワンパターンだが、説得力はまずまず。善人ばかり描いていると、こういう悪人も描いてみたくなるのであろう。

悪女はつねに性的魅力と裏表の関係にある。かなり通俗的だが、それが手塚さんの女性観なのであろう。「悪女もの」は、エンターテインメント映画、小説の定番。
本書は「奇子」に先行する作品で、このころの手塚さんの心境をうかがい知ることができると思う。
主人公の悪の根にトラウマがひそんでいる。そのあたりの味付けがうまいが、ネタばれとなるので、ここではふれないでおこう。
成人向け短編マンガの中でも、手塚さんは、この設定のバリエーションをたくさん書いている。
手塚さんの場合は、わたしが読んだかぎり起承転結というストーリーテリングの王道を、かっちりとまもっているので、どの作品も読みやすい。
本書も中編としてじつによくまとまっていて、非常に技巧的だが、タイトルは中身に対し、多少の違和感があるように思われた。



※評価:☆☆☆☆

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