二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

写真家たちの“現在”

2013年10月17日 | 写真集、画集など
この十年ばかりのあいだに、写真展会場にはぱったり足を運ばなくなってしまったけれど、
写真集を見たり、買って愉しむという習慣は、現在でもやっている。
アサヒカメラ
日本カメラ
この二誌は買わなくても、刊行されるのを待って、店頭で必ずチェックをいれる。
このほか、最近ではエイ出版の「カメラマガジン」がくわわった。

写真集は、いいな・・・と思うと高額なものが多くて、ついつい「立ち読み」だけですましてしまう。高額なとはどのくらいの額をいうかというと、5000円、あるいはそれ以上の写真集。こういう写真集は、図書館で借りてきてもいいのだが、返却にいくのが億劫なので、図書館通いからも、足が遠ざかってしまった。

なぜこんなことを書いているのかというと、mixiのつぶやきでつぶやいたように、昨日、百々俊二さんの「大阪」(青幻舎 2010年刊)を手に入れたからである^^;
三脚に据えて、カットフィルムを一枚ずつ差し込んで使う、8×10(エイトバイテン)という大型のカメラで撮られた、圧倒的な緻密感をもった写真集。
この写真集を買ってあとがきや経歴を読むまでは、百々俊二さんが、ビジュアルアーツ大阪の学校長だということを知らなかった。
大阪における写真界の大立て者・・・ということになるのだろう。その百々さん渾身の写真集なので、この造本を勘案すれば、5000円は決して高くはない。

三脚に据えて使用するカメラなので、スタティックな写真ばかりがずらりとならんでいるのかと予想してページをめくっていったが、この人は、ときどき35mmカメラでスナップするように撮影している。
そこがとてもフレッシュ! 百々さんの一見しただけではわからない力業といっていいのではないだろうか?

森山さんの「大阪」が、擦過していく傍観者のまなざしとすれば、こちらは根を据え、佇んでいる者のまなざしである。
オビに、

<わたし>の記憶を他者に手渡す

ということば(哲学者鷲田清一)があって、これがわたしの眼を射たのである。
ん? そうか、そうなのか!
わたしの心に、扉が開かれた。それが理解のきっかけ。するとそれまで半信半疑に眺めていた百々さんの「大阪」が、どっと流れこんできた。

「大阪の半世紀を見つめる 百々写真術の到達点」というキャッチコピーが置いてあるが、半世紀に渡って撮られたという意味ではない。百々さんは還暦をすぎてから、大型カメラによる大阪の撮影を開始したのである。

わたしの独断と偏見によれば、ここには銀塩フィルム写真の最後の光芒がある。
未来からそのような評価をうける・・・そういう写真集だとおもわれる。
デジタルの席巻によって滅亡しかけている銀塩フィルム写真との真っ向勝負。それが長い経歴をもつベテラン写真家を奮い立たせたのではないだろうか? 
えらそうにいわせていただくなら、そういう意味で久々に味わうフィルムによる「超弩級」の逸品だと評価したい。

そうそう・・・。この写真集を手に入れるまで知らなかったが、木村伊兵衛賞を受賞した百々新さんは百々俊二さんのご長男。また、武さんというご次男も、写真家として活躍しておられるので、関心のある方はググッてみるといいだろう。


ついでながら、もう一つおもしろいサイトをご紹介しておこう。
尾仲浩二さんらがやっていらっしゃる「街道」というグループの総合サイト。

「街道」
http://www.kaido-onaka.com/

尾仲さんはもちろん、メンバーの何人かは、充実したホームページをもっていて、そちらへ飛ぶことができる。
とても興味深い現在進行形の写真家たちのいま(^_^)/~



※本日はMikenekoのフォトはありません。
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