たまたま通りかかった庭さきで
嗚咽する老女の肩をしばらく見つめ
それから歩きはじめる。
いくあてなんてありはしない。
ウォーキングしている だけの人びと。
その一人にすぎないぼくにも
アルビノーニのアダージョでつつんであげたい人がいたのだ。
だが その人もいまはない。
記憶の底 夕陽が照らす段々畑。
どこまでもつづく桜並木と
チョウがたわむれる菜の花の土手。
その曲りくねった道の途中に
ずいぶんたくさんのものを置き去りにしてきた。
置き去りにしてきたものは
とり返しがつかない。
歳をとった男の悪いクセで
“いまはないもの”ばかりを数えながら
いつとも知れぬ過去から
ぽとりぽとりとしたたる水滴に耳をすます。
アルビノーニのアダージョを聴いているときのように。
・・・おや
またなにやらぼくの肘にふれたものがある。