二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

End of the summer(ポエムNO.2-81)

2016年08月21日 | 俳句・短歌・詩集
(2016年8月21日、自宅付近から眺めた赤城山)



あんなに暑かった夏の終わりが
そちら こちらに見えてきたね。
暗くなると 草むらからコオロギやスズムシの合唱が聞こえてくる。
さりげない自然の子守歌。

ケアレスミスがつづくと
仕事をやめてしまおうと真剣に考える。
激しい自己嫌悪にかられてたりしてね。
「やってしまったのだから仕方ない 仕方ない」と自分を宥める。

64回目の夏だからって ぼくにとっては
なにか特別なイベントがあるわけじゃない。
頬杖を突きながら 
ぼんやりしている時間が長くなっただけ。

昨日 アルコールがきれて夜中に目を覚まし
ヘミングウェイのことを脳裏に浮かべていた。
いま読むとしたら
・・・いまヘミングウェイならなにが読みたい?

うーん あれかこれか
考えているうち「キリマンジャロの雪」に突き当たる。
そうか うん
しばらくはかつて読んだその作品の記憶の周囲を歩きまわる。
ベッドの中でね むろん。

ヘミングウェイは臆病な男だった。
若いころから死の想念に憑かれていた。
病苦と死。
それを避けるために猟銃で自分の頭を吹き飛ばしたんだ。

いろいろ取沙汰されたけど
ほんとうのところはだれにもわからない。
「キリマンジャロの雪」は予行演習みたいなもんだな
近いうち 彼の隣りに坐ってみよう。

はじめがあれば終わりがある。
よく晴れた夜
オリオンを眺めながらため息をつく。
何千回目か何万回目か のため息を。

気がついたらこの世に存在していた。
そのようにして引き受けざるをえなかった自分
・・・がここにいる。
一頭のうらぶれたジャッカルのように。


Ⅱ (友人Aに)
きみは残りの人生 愉しんでいるね
娘ほど歳のはなれた若い女房もらって。
「ヘミングウェイではなにが最高傑作か」
と議論したことがあったな 高校時代。

きみはもう覚えていないだろう。
「へえ そうかい」
「そんなことあったかなあ」
口をとがらせるクセ いまも同じだぜ。

若い女房って
どんな味がするんだろう。
再婚だって?
本気ですすめてるのかい 本気で。


Ⅲ (友人Bに)
こんな詩 きみは読まないだろう
・・・絶対に。
それがわかっているから なんだって書ける。
そら ワイシャツの背中がズボンから出てるぜ。

日常生活という名のばかでかい缶詰があってね。
いつだってぼくは食べ残してしまうけど
ぼくより7歳若いきみはどうなんだろう。
若い女の子がすべて美人にみえたり

食事しながら愚痴がふえたり
それはきみが否応なしに老齢に近づいた証拠。
「健康がいちばん!」なんていってね。
ほんとうに若くて

元気いっぱいだったら そんなことはいわない。
いう必要なんてないから。
ほらほら 大好きだったサザンの歌が
カーラジオから流れてる 大音量で♪


Ⅳ (友人Cに)
元気でやってる? もう3年あまり遇ってないけど。
ぼくに二眼レフのおもしろさを教えてくれた
あのヤシカマット124Gはいまも現役かしら 
気になるからそのうち遇ってビールでも飲もう。

やめたほうがいい 強い父なんて
いまの時代ははやらない。
向こうはやさしさだけをもとめてるから。
だけどその「やさしさ」ってなんだろう。

「ぼく」じゃなく 「わたし」でもなく
「おいら」という一人称を使うと少し気がラクになる。
記録づくめとなった今年の夏が終わって
資本主義の終わりもみえてきて

・・・おいら 居場所をなくしてしまいそうなおいら
「元気さ」といえばそうだし
「元気ない」といえば やっぱりそうだ。
新しいことばを見つけたら電話をするよ。




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