二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

愛のよろこびと苦悩 ~ブラームスの葛藤

2020年02月03日 | 音楽(クラシック関連)
■吉田秀和「ブラームス」(河出文庫 2019年刊)レビュー



音楽之友社から刊行された吉田秀和著作集から、ブラームスについて書かれた論考を抜き出し、文庫本にまとめたもの。したがって、オリジナルの単行本は存在しない。
いろいろな演奏会批評やLP・CDの論評、短いエッセイ、合わせて22編が収めてある。
中でも「ブラームス」が出色の出来映え(^^♪
率直にいって、感動のあまり、何度となく涙を拭うハメになった。

「そうであったか、こういう人が書いた音楽であったのか」
「ブラームス」が本書328ページの約半分近くをしめる。ブラームスに関連した本は、わたしはこれまでも読んでいるが、吉田さんは抑制の効いた表現で、ことばすくなに、しかもとても見事に語っている。ごくあっさりと、練達の一筆書きで書かれたブラームスの評伝なのだ。

これは名著というか、名編である。吉田秀和さんの著作の中で、一、二を争うような仕上がりとわたしは評価したい。
楽譜は読めないのでアナリーゼ(楽理的分析)のところは飛ばし読みさせていただいたが、それでも内容的に十分な説得力があり、わたしは小林秀雄の「モーツァルト」を連想しないわけにはいかなかった。文学的にもすぐれている。

シューマンの妻、クララ・シューマンが、ブラームスの「運命の女(ひと)」であったことはよく知られている。吉田さんも、そこに焦点を絞って、ブラームス63年の生涯を見渡しているのだ。




  (ネット上にある画像をお借りしました、ありがとうございます)

クララがどれほどの魅力を備えた女性であったかは、この肖像画から十分窺い知ることができる。年上で子どもが二人もいたこの女性ピアニストに誠心誠意つくすことが、壮年期のブラームス最大のよろこびであり、生き甲斐でさえあった。
クララこそ、音楽の霊感の源。肉体関係こそなかったが、いっしょにピアノを連弾したりしているから、彼女の肉体が放つ香りや手指の感触は十分知っていた。

二人のつきあいは、その死にいたるまでつづく。深い関係にならなかった・・・その危ういバランスと距離感が、ブラームスの曲に印象的な翳りとなって反映している。クララは生涯にわたってブラームス本人とその才能に敬愛を捧げ、ブラームスはクララを愛し抜いた。
昨今の人たちから見たら、わかりにくい“男女関係”といえるかも知れないが、時は19世紀。
北ドイツに生まれたブラームスにとっては“敬虔なるもの”は必要不可欠な存在でもあった。

二人のあいだに交わされた手紙を読んでいると(きわどい内容のものは息子が処分したらしいが)、クララの存在がブラームスにとってどんなものであったか手に取るように見えてくる。
クララに見せたくて、ピアニスト・クララ・シューマンのために作曲し、ピアノを連弾する。
晩年のあのもじゃもじゃのひげを生やした彼のこころに、こんなにもナイーヴな感受性が潜んでいたとは! と、わたしはあらためて感銘を受けないわけにはいかなかった。

彼はほかにも若い女性歌手と浮き名を流したというが、吉田さんにいわせれば、ほかの女性はすべてクララの影なのである。
彼はすぐれたピアノストで教養と知性にめぐまれた淑女・クララに永遠の愛を誓った。クララもそれに応えた。しかし、その愛のかたわらにはつねに苦悩が寄り添っていた。

それがどんな苦悩、どんな悲哀だったのか、音楽を聴けばわかる。「クラリネット五重奏曲」をあれほどの名作たらしめた背後にあったもの!
吉田さんはシャイな人柄だったのだろう、ご自身の個人的な経験には一言半句もふれてはいないが、本書を読んでいると、おのずとあぶり出されてくるものはある。

「ブラームス」以外、「バックハウスのブラームス」「今夜はブラームスの室内楽でも聴こう」がおもしろかった。
アナリーゼなどが理解できる人にはもっとおもしろく読めること疑いない。それがわからないわたしのような一音楽愛好者すら、ここからさまざまな示唆をもらったのだから♪

気むずかしく峻厳で近づきにくいところのあるブラームス。彼にこれほどの歌曲があり、その多くが卓越した音楽的表現を備えていることを、わたしは本書によってはじめて教えられた。
渋くて口当たりのよくない、初心者には難物の室内楽は、これまでほとんど聴いてこなかった。4曲のシンフォニー、ヴァイオリン協奏曲などごくポピュラーな“名曲”だけを皮相的に聴いてきただけ(=_=)

「わたしがこれまで知らなかったブラームス♪」
そうか、こういう世界と音楽の住人であったか!
わが国音楽批評界先駆者でモーツァルト研究の大家・吉田秀和さんに、遅ればせながら心からのお礼を申し述べたい気分である。



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