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まさに革命前夜、崩壊寸前の中国がすがる反日戦略
対する日本は、孫子の「謀を伐つ」兵法で自壊・自滅を促せ 2014.03.11(火) 森 清勇
国家には品格が必要であり、根拠薄弱な言いがかりに無分別に対応する必要はない。しかし、我慢にも限度があり、あまりに執拗な言いがかりには敢然と対処しなければならない。
2月25日付「読売新聞」(2014年)は驚愕の数字を報道した。中国の「南方都市報」の転載記事であるが、西南財経大学(四川省成都)の研究チームが貧富の格差を示す2013年のジニ係数は0.717であったとの調査報告書を公表したというのである。
明朝や清朝末期のジニ係数をはるかに上回る数値で、端的に言っていつ革命が起きてもおかしくない状況を示している。中国があの手この手で日本追い込みを強めている要因の1つは、
内政の混乱から人民の目を逸らす必要が一段と高まってきたためであろう。
日本はこの数字が示す状況を知得して、
孫子の「上兵は謀を伐つ」手法に活用するべきである。
「偽り」の数字
ジニ係数は1に近づくほど貧富の格差が大きいことを表わし、先進国は基本的に0.2~0.3台(2010年:日0.329、独0.295、米0.378)で、0.4が警戒ライン、0.6は社会不安につながる危険ラインとされている。
中国では年々暴動が増加し、昨年は20万件近いとの報道もある。国家の象徴的場所である天安門広場前での車両炎上や毛沢東の写真への汚損事案は衝撃的でさえある。
北京大学の歴史学教授がかつて行った概算では、
明末に李自成が農民反乱を起こした際のジニ係数は0.62、
清末の太平天国の乱の際は0.58であり、現実に易姓革命につながった。
20世紀初めの国民党政府統治期は0.53で、最終的には現在の共産党による統治に移行した。
中国の国家統計局は2000年のジニ係数0.412を最後に発表しなくなった。そして2013年1月、12年ぶりに公表した2012年のジニ係数が0.474であり、今年1月公表の2013年ジニ係数は0.473ということである。
昨年のジニ係数発表時、国家統計局長は2003年が0.479、2008年は0.491で最悪のジニ係数となり格差が最大となったとし、その後のジニ係数の低下から「所得配分の改革が進み、格差は縮小した」と強調した。
この時、中欧国際工商学院(在上海)の許小年教授は実際の格差はさらに大きいという見方を示して、発表されたジニ係数は「
偽りの数字だ」とコメントしている。
西南財経大学の調査報告書は事実関係として「
全世帯の10%を占める富裕層が中国総資産の63.9%を所有」(ちなみに米国の上位10%の富裕層は総資産の50.4%を占有)しているとし、
米国の格差をも上回る規模になっている実態を明らかにした。
しかし、報告書関連の報道はインターネット上で次々に削除されているそうで、読売新聞は当局が問題視している可能性を指摘している。
暴動が頻発し、かつ天安門前で起きるなど大胆になっているにもかかわらず、前政権の後半から格差が縮小しているとする当局の説明はにわかに信じられないが、習近平政権の民生安定化の努力を人民に印象づけしようとする操作ではないだろうか。
現実の事象を見るにつけ統計局の発表よりも民間の数値に信憑性があるように思える。
中国の国内状況
共産中国の現況を石平氏は「
毛沢東が死ぬまでの27年間、共産党政権はまさに、その独裁政権の持つあらゆる力を総動員して、中国という国の伝統と文化の一切に対する、根こそぎの殲滅作戦を組織的に展開した。(中略)あの『唐詩宋詞』の中国でもなければ、儒教的『礼儀之邦』や仏教的信仰世界としての中国ではなくなった。
この国には、もはや信仰心もなければ、神仏に対する敬虔な念もない。洗礼された美意識もなければ、優雅なる文化的香りもない。あるのはただ、13億の民の心に広がる精神的沙漠である」(『私はなぜ「中国」を捨てたのか』、以下同)と述べている。
石氏の嘆きはここで終わらない。
「この未曾有の精神的沙漠の上に、今度は小平流の実利主義的『市場経済』というものが導入されてしまうと、いわば『
13億総拝金主義』とも言うべき、史上最悪の資本主義社会が、たちまち、この地球上に誕生した。今や中国の大地は、腐敗と堕落、悪徳と無恥が大手を振ってまかり通るような、混濁の世と化している」
今日の中国では高級幹部やその子弟、実業家など富裕層が心の故郷を国内に見い出せず、
荒廃し混乱した国家に嫌悪感を抱き、汚職や賄賂などで稼いだ資金で中国から脱出することが頻発している。
当人は脱出しないまでも、家族に大金を持たせて海外に移住させ、1人だけ(すなわち裸官として)中国に残り、異変が起これば直ちに脱出できる状況にしている高官も少なくないと報じられている。
指導的立場にあって国家を運営しながら、国家に信頼を置けないのである。砂上の楼閣とは現在の中国のことではないだろうか。
報道などを見る限りでは、2008年には国外を訪問した政府高官のうち3000人以上が逃亡したとされる。こうして、2008~09年の富商富官の国外脱出は23万5000人に達したとも言われる。
また、2012年の調査では1千万元(約1.6億円)以上の資産を持つ人民の60%が既に移民したか、移民を検討中であり、1億元(約16億円)以上の富豪・企業家では74%(27%が移民済み、47%が検討中)が国外脱出組だという。
どこまでこうした数字に信憑性があるか定かでないが、そもそも中国では総人口でさえいくつかの国家機関で異なっており定かでない。
止まらない環境破壊
富商富官が海外へ脱出するのは富裕が要因ばかりではなく、自由の抑圧に加え、国家を蝕んでいる環境破壊も大きいようである。2月11日付読売新聞は「中国南部 砂漠化」「気候変動で開発も一因」の見出しで、干しあがった鄱陽湖と周辺にできた砂山を写真付きで報道した。
また、2月26日は日本列島の広い範囲で、微小粒子状物質「PM2.5」の大気濃度が国の暫定指針値(1日平均が1立方メートル当たり70マイクログラム)を超える可能性があるとして、北陸3県や福島、新潟、大阪、香川などの府県自治体がマスク着用や屋外での激しい運動を控えるように注意を呼びかけた。
鄱陽湖や洞庭湖のある湖北省はもともと「千湖の省」と呼ばれ、中共建国時(1949年)は文字どおり1066湖(黄文雄著『醜い中国人』、以下同)があった。石氏が指摘した「根こそぎの殲滅作戦」は不毛な闘いによる人民の損耗だけでなく、自然の破壊作戦をも含んでいるのであった。
1981年には309湖まで激減し、気候変動や開発によって鄱陽湖や洞庭湖の湖底は年々2~3メートルほど上昇し、両湖は半分以上が干拓状態となり、やがて消失さえ懸念される状況である。
他方、四川省は「天府の国」と呼ばれ、森林に恵まれていた。従って共産政権が樹立された直後の1950年代の旱魃は3年に1度くらいでしかなかった。しかし60年代に入ると2年に1度となり、70年代になると10年間に8度も発生している。
文明の発展が自然環境の悪化を招来することは古代文明の共通の現象である。そうした中でも中国の砂漠化や乾燥化は進行が速く、今や森林面積が12.5%、人工衛星での実測では8.2%とも言われる(ちなみに2005年国連統計では中国は21.2%で、日本は68.2%となっている)。
山河の加速度的な崩壊、森林の喪失、河川湖沼の枯渇、大地の砂漠化に加え、環境汚染拡大は他の大陸では見られない中国独特の現象でもある。今日では旱魃や水害を含む天災が平均4か月に1回の頻度で発生していると言われている。
計画経済の国でありながら、都市建設や工業化プランが無計画のまま進み、河川汚染につながっている。こうして全耕作面積の17%が汚染されているとも言われ、今後は公害病と闘って行かなければならないと見られている。富裕層はこうした苦しみから逃れるために脱出しているのだ。
私は20年ほど前に、ハルピンから北京まで興安嶺山脈上空を南下したが、大地がむき出しであるのに驚いた記憶がある。洛陽で黄河を訪ねた際の風は大きな砂塵を含み、目も開けられない状況で、こうした風が毎日のように吹き荒れるという話であった。対照的に日本は上空から俯瞰すると山林の連続で、すがすがしい限りである。
古来、中国人には植林という発想がないようである。仄聞するところでは、
日本のボランティア団体が中国の砂漠地帯で植林に励んでいるという。
軍事や公安に莫大な予算を投入しているが、基盤の国土が砂漠化し汚染しては人民の生活が成り立つはずもない。
革命前夜?の中国 「『大革命の前夜』なのか」と「産経新聞」(25.2.14付「オピニオン」)に書いたのは先の石氏である。また、期せずしてド・トクビルの『旧体制と大革命』が中国で広く読まれており、この本を紹介したのがほかでもない共産党政治局常務委員の王岐山だという、嗤うに笑えない現実である。
石氏は「
世界にも稀に見る最悪の拝金主義にひたすら走りながら、古の伝統とは断絶した精神的貧困の中で、薄っぺらな『愛国主義』に踊らされている現在のわが中国国民の姿は、まさに目を覆いたくなるような醜いものである」と言う。
そして「日本という国と、この国に受け継がれてきた伝統と文化に親近感と安らぎを感じていて、一種の精神的な同一感を持つようになった」と告白する。
「『心の故郷』は、もはや今の中国にはない。『礼儀之邦』のこの日本において、論語の心が生かされているこの日本的『集団精神』において、自分自身の心の拠り所と、精神的安息の地を求めようとするのが、現在の私の偽りのない気持ち」であると、帰化の動機を打ち明ける。
四川省生まれの石氏は杜牧の「江南の春」(註)が中国では見い出せなくなり、京都で見い出したのである。
註:
千里鶯啼いて緑紅に映ず
水村山郭酒旗の風
南朝の四百八十寺
多少の楼台烟雨の中
至る所に鶯が啼いて、草木の緑と花の紅が相映じて江南一帯は春たけなわである。
水辺の村にも山沿いの町にも酒屋の旗が翻って遊客を招いている。
この辺りは南朝の建都で、仏教が盛んであったから四百八十もの寺があった。
今も多くの堂塔がそぼふる霧雨の中に見え隠れして一入の風情である。
中国の対日工作秘密指令文書(福田博幸著『中国対日工作の実態』)からは、中国が日本の共産主義化を最終目標にしていることが読み取れる。日中の国交正常化を第1段階に、民主党政権樹立を第2段階に位置づけていたし、その点では中国の意図通りに進んできた。
尖閣問題が急浮上したように日本人は錯覚しているが、1992年の領海法で中国領に組み込むなど、長期的計画のもとに進めてきたのである。対日工作指令は群衆掌握の心理戦やマスコミ工作、政党工作など微に入り細にわたって指示している。
日本国民が平和を堪能している中でもこのように日本赤化計画が進められている。日本は国土と国民と伝統・文化を守るため、この闘いに叡智(福沢はこれを「智戦」と称した)で勝たなければならない。
ことのほか「平和」を愛する日本は、孫子の言う最上策である「
戦わずして勝つ」ことを追求する必要がある。
中国の弱点はジニ係数が示すように国内の混乱である。チベット自治区や新疆ウィグル自治区などは独立志向である。日露戦争で明石元二郎がロシア革命を目指して画策尽力したように、第2の明石を仕立てることも有力な一案であろう。
おわりに
過大過ぎる人口、因習、低い民度、国民思潮などから中国において民主主義は成り立たない。中国自身が明言する通りである。事実を隠蔽し、煽動によって人民をいかようにも誘導できる独裁でしか国をまとめることができない。従って、嘘も平然とつく。
「中国は平和を愛する国で、歴史上、他国を侵略したことがなく、どの国も脅したこともない」と、安倍晋三首相も参加したダボス会議で中国工商銀行会長が言い放ったそうである。
中国は、こうしたことを世界各地に滞在する中国大使や財界代表などに平然と言わせ、他方で日本を悪者に仕立て孤立させようとしている。和平演変そのものであり、悪質すぎて放置するわけにはいかない。
かつて近衛文麿政権のブレーンに尾崎秀美がいたように、今日の中国が日本に対して行なっている工作は、技術も手段も言動も一段と巧妙になっている。
日本は環境など普遍的に受け入れられる主張で協力しつつ、策をめぐらす必要がある。日本が共産化されたり、領土の一部や全部を掠め取られる前に、革命前夜を醸成する智戦で勝利しなければならない。
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◎ 一言でいえば、
共産党の武力による独裁であり、基本的に政治には民主主義も自由も
ありません。
1911年の清の崩壊後は日本の戦国時代そのものです。
◎
戦国時代は下剋上ですから、いつでも革命などがあり得ます。基本的に270年間は
武人の国ですから、1911+270=2181年までは、力が支配し、民主主義と自由は
あり得ません。資本主義と見るのは、大いなる過ちです。
◎ 更に、共産主義が滅びようが、中国が分裂しようが、
2181年までは、武力による
支配が続くわけである。日本の武人の時代の到来は、2138年ですから、
従って中共が滅びる前には、日本の共産化はあり得ます。
◎
国内の不満を対外戦争に向かせるのは、支配階級の常套手段です。これに対する備えを
確実に行い、著者の言うように、対外に向けるエネルギーを、
国内に向けさせるのが最も良い方法でしょう。
◎ エリオット波動で、歴史のイメージ化を行いました。御参考まで。