フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

8月25日(月) 雨

2008-08-26 02:40:19 | Weblog
  北京オリンピックが終って、一抹の寂しさはあるが、これで気が散らずに仕事が出来るのはありがたい。読売の朝刊を開いたら、ソフトボールの上野由岐子投手のインタビュー記事が載っていて、見出しが「夢は必ずかなう」となっていた。その右下には柔道の谷亮子選手が昨日のオリンピック関連番組に出演してロンドン・オリンピックを目指して現役続行を明言したとの記事が載っていた。見出しは「チャレンジ続けたい」。スポーツという分野はポジティブ・シンキングの王国である。現代社会ではポジティブ・シンキングが一種の宗教の機能を果たしているが、それは現代社会が過酷な社会だからである。子どもたちは「大きくなったら何になる?」とことあるごとに夢を語らせられ、その一方で、教育システムの中で夢を矮小化させられる。しかし、いったん語られた夢はそう簡単には断念することは、自分自身が、そして周囲が許さない。諦めなければ夢は必ずかなうものであり、夢に向かってチャレンジし続けることが大切なのだ、と。こうした信仰の中で、根拠の希薄な万能感に支配された人々と、夢を断念して無力感に打ちひしがれた人々という対照的な2つのグループが生まれる。しかし、両者はともに広義のセラピー文化によって支持され、あるいはケアされている。理想的な自己の実現(なりたい自分になる)に向かって努力することも、現実の自己を受容する(いまのままであなたでいい)ように促すことも、競争社会(人的エネルギーを搾取するシステム)が効率よく稼動するためには必要なのである。夜、NHKスペシャル「熱闘413球 女子ソフト・金メダルへの軌跡」を観た。準決勝(対アメリカ戦)、三位決定戦(対オーストラリア戦)、決勝(対アメリカ戦)のビデオを観ながら、上野投手が勝負どころでの投球を振り返り、同僚選手や監督へのインタビューを織り交ぜながら、金メダルへの過程を検証した番組である。山際淳二が「江夏の21球」で開発した手法を踏襲している。上野の「夢は必ずかなう」という言葉の背後にどれだけの才能と努力と、そして恵まれた環境(周囲のサポート)があったかがよくわかる。しかし、「夢は必ずかなう」という彼女の言葉は、今後、そうした文脈から切り離されて、ポジティブ・シンキングのプロパガンダとして一人歩きをさせられることになるだろう。「夢は必ず叶うとは限らない。むしろ叶わないことの方が多い」という常識をわれわれは取り戻さなくてはならない。

         
              机の上を片付ければ、原稿は必ず書ける。