※当記事の本文中で危惧していたことが現実となり、残念ながら2013年3月に閉館となってしまいました。
強羅をウロウロしている時、「日帰り入浴」と染め抜かれた幟が立っていたので、それに導かれるように入ってみたのがこの施設。強羅公園構内の公共駐車場のすぐ前に位置しており、比較的わかりやすい場所かと思います。
「文の郷」の文って何の意味があるのかしらと思って調べてみたら、この施設はかつて文京区の保養施設「ごうら荘」だったらしく、行政のスリム化という世の中の流れに乗って2005年に民営化されたのですが、土地や建物の所有権はまだ文京区が所有しているため、どうやらそうした関係で文京区の「文」の字を施設名に含めたみたいです。民営化された今でも
文京区民は優待料金で宿泊利用することができ、割引率は一般料金の約6割ほどとなっています。ちなみに一般料金と区民優待料金の差額は、区の財源からこの施設の運営会社へ支払われることになっているので、文京区民は積極的に利用しないと勿体無いですよ。
さて、玄関に入って日帰り入浴を乞うと、受付のおばさんは笑顔で実に快く受け入れて下さいました。日帰り客には専用の下駄箱があるので、そこへ靴を収めてスリッパに履き替えます。いかにも昭和の温泉ホテルという感じのロビーです。
施設は2棟に分かれており、浴室は各棟に一室ずつしかないため、男湯と女湯を入れ替え制にしています。この時はロビーがある棟のお風呂が男湯、別棟のお風呂が女湯に設定されていました。受付のおばさんがわざわざ浴室まで案内してくれるというので、後に従ってエレベータで2階へ上がり、卓球場の前を通ってお風呂へと向かいます。エレベータの中でおばさんは「うちの温泉は自家源泉で掛け流しなんですよ」とさりげなく教えてくれました。自家源泉で掛け流し! なんて素晴らしい響きなんでしょう。否が応にも期待に胸が膨らみます。
全体的に造りの古い施設ですが、手入れがよく行き届いており、どこも綺麗で清潔。脱衣所も広々しており使い勝手が良好で、室内にエアコンも完備されているため、湯上りにのぼせた体をクールダウンさせることも可能です。
浴室のドアを開けると、そこには下へおりる階段が取り付けられていました。階段を降りきったところに浴槽や洗い場があるわけです。余談ですが観光で入れる鍾乳洞ってこんな雰囲気ですよね。浴槽まわりに多くのゴツい岩を配置した、いかにも岩風呂という造りの浴室。内湯のみで露天はなく、岩でもって観光客に温泉の高揚感をもたらすのは古典的な演出ですが、素っ気ない実用的なお風呂よりははるかに雰囲気が良く、天井も高いので意外にも開放感が得られました。
洗い場のカランはシャワー付き混合栓が5基。洗い場まわりは至って普通です。
浴槽はひとつだけ。竹筒の湯口から熱々のお湯が注がれています。そして投入される量と同量のお湯が浴槽縁からしっかりオーバーフローしていきます。循環のための吸引口らしきものは見当たらなかったので、受付のおばさんが話していた「掛け流し」は事実でしょう。
お湯は無色透明、弱塩味+微石膏味、湯口付近で油臭+微石膏臭+微芒硝臭が感じられました。食塩泉の味、硫酸塩泉的な匂い・味とトロミと光の反射、そして重曹泉的なツルスベ浴感というように、陽イオンのナトリウムに対応して、各種の陰イオンがそれぞれの個性を発揮している面白い特徴を体感できました。肌への当たりは優しく、湯加減もちょうど良いので、いつまでも入っていたくなる、後を引く優しいお湯なのですが、口に含むと結構硬い味わいなので、そうした硬軟のギャップも興味深いところ。
なお源泉温度が熱いために加水されていますが、成分総計1.5550g/kgという濃度の割にはしっかりと匂いや味が確認できますので、加水量は必要最低限に抑えられているのかと思われます。地盤が硬い強羅で自家源泉ということは間違いなく深くボーリングして得られた掘削泉なんでしょうが、大涌谷や早雲山の造成泉が多い強羅にあって、こうした天然物の温泉に掛け流しの状態で入れるのは、かなり貴重なのではないでしょうか。お湯の質感といい、湯使いといい、箱根のお湯を見直しました。1000円という料金設定はいかにも箱根的ですが、レンタルタオルが大小1枚ずつ付いてくることや、お湯のクオリティを考えると、そんなに高くないのかもしれません。
さてこの「文の郷」ですが、入館すれば誰しも感じるのが、建物の老朽化。非常によく手入れされているので清潔感に溢れているのですが、それでも経年劣化は隠せません。単に古いのではなく、文京区の資料によれば、実は存亡の秋を迎えているほど土俵際に追い込まれているのです。
現状の「文の郷」は、施設や備品は文京区が所有しつつ、民間事業者である株式会社フォレストがそれらを無償で借り受け、営業収入はすべてフォレストのものとなり、1000万円以上を要する大規模修繕の費用は文京区の財源で賄うスタイルをとっています。また上述のように文京区民が優待料金で利用する場合、一般料金との差は文京区の財源から運営会社へ補填されています。要するに、民営化された今でも、文京区が区民の福利厚生のため一方的に支出する形が続いているわけです。
区の保養施設時代は平成3年をピークに以降右肩下がりで利用客数が減少していたのですが、民営化によって一般にも開放されてからは順調に利用客数が回復し、運営会社も平成19年度から黒字収支に転換することができました。しかし利用客の内訳を見ると、一般利用客は増加しているものの、文京区民の利用は激減しています。また、築年数が約30年を迎える上屋は耐震補強工事を行う必要があり、この経費は施設所有者である文京区が負担することになります。
このように多額の大規模工事が必要であるにもかかわらず、区民の利用が減っている現状を鑑みると、文京区がわざわざお金を出してやる筋合いが無いのではないか、施設を廃止して売却または貸付すべきではないか、という方向で検討されているのです。
文京区の資料「強羅文の郷等のあり方について(中間のまとめ)」(PDF)
一方で、事業存続を求める区民の声も挙がっています。そのほとんどが「たしかに古いけどお湯もサービスもいいから廃止しないでほしい」という意見に集約できますが、意見の数そのものが少なく、区民利用の少なさがここからもよくわかります。
文京区の資料「強羅文の郷等のあり方について(中間のまとめ)」へのご意見に対する区の考え方(PDF)
いずれにせよ現状の「文の郷」はそう長く続きそうにありません。もし当地で宿泊事業を引き継ぐ企業・団体があらわれても、施設の全面改築は必至となり、となれば現状の「自家源泉・掛け流し」という湯使いが新施設においても継承されるか否かは非常に微妙なところです。
ネット上のクチコミを見ても、高評価の声が多いこの「文の郷」。今後の動向に注目です。
ナトリウム-塩化物温泉 62.4℃ pH7.0 蒸発残留物1.463g/kg 成分総計1.5550g/kg
(加水あり、加温循環消毒なし)
箱根登山鉄道・強羅駅より徒歩5分(急な上り坂を330m)、またはケーブルカー公園下駅より徒歩1~2分(160m)
神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300-61
地図
0460-82-3513
ホームページ(音楽が流れるので注意)
※2013年3月に閉館しました
日帰り入浴11:00~16:00
1000円(レンタルのフェイスタオル&バスタオル付)
ロッカー・シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★★