南蔵王の山麓にポツンと佇む「蔵王開拓温泉」へ行ってきました。こちらは2011年前半に源泉設備の不調で休業していましたが、同年7月に営業を再開しております。
開拓という言葉には、フロンティアスピリッツという積極的な意味合いの他に、えてして郷愁や悲哀といった寂寥感が付いて回るものですが、荒涼とした蔵王山麓の高原地はまさに後者の雰囲気がぴったり。
この一帯は戦後に農地開拓事業で切り拓かれた入植地なんだそうです。敗戦にともなって外地から引き揚げてきた人達の対策として日本各地で見られたいわゆる戦後開拓地の多くは頓挫して最終的には放棄されてしまった場所が多いのですが、こちらも昭和末期には廃業へと追い込まれており、寂寞とした原っぱに放置された廃車のバスや農耕車は、夢破れし開拓地の象徴のようです。でも農業や酪農がダメなら温泉があるじゃないかと奮起して開発したのが現在の温泉。不撓不屈精神の賜物なんですね。
青い屋根の建物。外壁には温泉名が書かれていますが、「王」の字が剥がれちゃっていますね。
玄関前には料金が記された板が立てられています。以前は1000円でしたが、さすがに高すぎると判断したか、今では800円へ値下げされていました。それでも周辺の同業他施設に比べるとはるかに高い金額設定です。「そばうどんありますが持ち込み自由です 大広間で一日ゆっくりお過ごしください」と書かれているように、広間での一日休憩料があらかじめ入浴料にパッケージングされていると捉えた方がよいのかもしれません。
木の塀の向こうには露天風呂があるわけですね。これから行きまっせ。
さて中へお邪魔すると、玄関はまるで来客を想定していない民家のように雑然としており、料金高いのにこんなんで大丈夫なのかという不安感がよぎります。玄関からすぐのところに小さな受付があるのですが、訪問時には誰もおらず、あれれ、お留守にお邪魔しちゃったかと思っていたら、奥の方からメガネをかけたお兄さんが登場。このお兄さん、人と接するのが苦手な性格なのか、あるいは偶々面倒だったのか、語尾は必ず「~なんですけどぉ…」と締め、モゾモゾと小声で不安げに接客するのです。普通のお客さんだったらここで引き返してしまうかもしれませんが、このただならぬ雰囲気に却って興味を抱いてしまった私は何が何でもここで入浴したくなり、800円?大丈夫ですよ! 6時でオシマイ?OK!問題ありません! とお兄さんの何倍も明るく大きな声で答え、半ば強引な勢いでお兄さんにお風呂へと案内していただきました。
とても800円を取るとは思えない質素な造りの草臥れた脱衣室。草臥れてはいますが、清掃はきちんと為されています。室内には100円リターン式のコインロッカーがたくさん設置されていましたが、私以外に客はいなかったので、施錠しないで利用しちゃいました。
室内の台にはバスケットに詰められたシャンプー類が置かれており、お風呂場で使いたい客は各自でここから好きなものを借りてゆくシステムのようです。なお私は常に自分用のボディーソープなどを持ち歩いているので、今回こちらのものは利用しませんでした。
かなり広い浴室内に入ると、ゴツい姿の岩が配置されている大きな内風呂が目に飛び込んできました。室内なのにずいぶん立派なお風呂を造ったものですね。室内は薄暗くて湯気がかなり籠っており、あまり居心地の良い環境ではありませんでした。店じまいに近い時間帯に訪れたので、こんな状態になってしまったのかもしれませんが…。
男女仕切り壁へ食い込むように鎮座する大きな岩から源泉が落とされていました。お兄さん曰く「(遅い時間なので)もう水を止めちゃったから、内は熱いと思いますよ」とのことでしたが、本当に熱い! 加水加温循環消毒なしの完全掛け流しなのですが、73℃もある源泉を加水もしないで湯船へ注いだら入浴できるはずもなく、この時の内湯温度は体感で50℃近くもあったため、残念ながら内湯へ入浴することができませんでした。もっともこの熱さこそ、この温泉が正真正銘の本物である証なんですよね。
洗い場には源泉がでるお湯と水の蛇口の組み合わせが8組。蛇口上の壁面には「洗場のじゃ口のお湯の温度は73度です」と手書きされていますが、蛇口からは本当に激熱のお湯が出てくるのでビックリ。直接触ったら間違いなく火傷しちゃうな。あぶねぇ、あぶねぇ。
露天風呂へ出るには、熱々の内風呂に足を突っ込まないと行けない構造になっているのが難点。ウサギのようにピョンピョン飛び跳ねながら引き戸を開けて露天へ。
板塀に囲まれた露天風呂。こちらは外気に冷やされて最高な湯加減でした。この日は残念ながら山裾を雲が覆っていたため、蔵王連峰を眺望することができませんでしたが、天候に恵まれれば山側には壮大な景観が広がるんでしょうね。景色こそ見れなかったものの、山から吹き降りてくる風が心地よく、熱いお湯で火照った体をこの風でクールダウンさせると爽快この上ありませんでした。
露天風呂の岩風呂は2つに分かれているのですが、最近は片方しか使用されていないようでして、未使用の方はカラカラに乾いていました。清掃用のホースが客から思いっきり見える場所に置いてあり、豪快と言うか大雑把というか…。全体的にワイルドというかザックリとしており、やや荒れているような気配すら漂っていました。
南蔵王山麓のお湯は大雑把に表現すれば、遠刈田をはじめとして黄土色に濁った土類系の泉質が多く、こちらのお湯もご多分に漏れず黄土色に濁っていますが、一つ一つにはそれぞれ異なった個性が見られるのが面白いところでして、蔵王開拓温泉のお湯は周辺(たとえばすぐ近くの「不忘の湯」)に比べて金気や石膏の知覚がはっきりしており、芒硝的知覚も感じられ、更には弱めながら塩味も含まれていました。湯口の周りはいかにも硫酸塩泉らしいサンゴのようなトゲトゲがたくさん付着していました。この湯口から吐湯された源泉は、槽内の底からまっすぐ上へ突き出た塩ビ管によって排水されてゆきます。設備面ではあまり素人受けしそうにないお風呂ですが、お湯の質は掛け値なしで素晴らしい! 蔵王連峰から吹き下ろす風に当たりながら、しばし時間を忘れて爽快な湯あみを堪能しました。
あまりに気持ち良いお湯だったので、すっかり閉館時間のことを忘れていたのですが、気付けばもう時計の針は6時を指していました。慌ててお風呂から上がって退館しようとすると、先程のお兄さんから「あのぉ、お茶がはいってますけど…」と声を掛けられたので、その声に導かれるようにしてお座敷へ行ってみることに。
お座敷でほうじ茶をいただきました。こちらの利用客にはお茶と温泉卵が振る舞われるそうですが、この日は温泉卵は無く、そこ代わりにお茶菓子をいただきました。座敷からの眺望は素晴らしく、晴れた日には海まで望めるんだとか。
座敷内を見回すと、販売品であるおばちゃん向けの服を発見。月にどれくらい売れるのかしら。また部屋の隅に積み重ねてある座布団の横には、当施設で以前使われていたと思われる表札も発見。こんなに立派な札なんだから玄関に掲げればいいのに。
本棟からちょっと下ったところに源泉井を発見。腰ほどの高さの箱の中にポンプがあって、そこから本棟へ向かって引湯管が伸びています。画像から見切れている青い小屋が電気室でしょうね。引湯管の保温目的のため発泡スチロールを管に抱きつかせているのですが、その極めてプリミティブな構造には思わず感心。コストがかかる設備を使わずに既存品をうまく活用する開拓者スピリッツを垣間見たような気がします。
ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉 73.5℃ pH6.7 溶存物資4002.3mg/kg 成分総計4272.2mg/kg
Na+:921.7mg(72.84mval%), Ca++:246.9mg(22.38mval%),
Cl-:578.9mg(29.19mval%), 1442.8mg(53.69mval%), HCO3-:573.4mg(16.80mval%),
H2SiO3:122.5mg, 遊離CO2:269.8mg
宮城県白石市福岡八宮字不忘308-6
0224-24-8814
9:00~18:00
800円
ロッカー(100円リターン式)・シャンプー類あり、ドライヤー見当たらず
(2011年の営業再開以降、営業時間や料金が変更されているので注意)
私の好み:★★