吉松温泉郷の中でも宮崎県境に近い場所に位置している「中原温泉」は、前回取り上げた「前田温泉」に続いて印象的だった温泉施設のひとつです。般若寺地区生活改善センターの道路を挟んだ隣に建っており、路肩に立てられているとても小さな温泉マークが目印。注意していないと見逃すこと必至なこのミニミニ看板を迷うことなく一発で発見できた時は、歓喜のあまり思わず一人でガッツポーズしてしまいました。
矢印が描かれた板には小さく温泉名と電話番号も書かれていますが、間近で見ないと読めないほど小さな文字である上に、ペンキが剥げ掛かっているので、実質的には読み取れません。
県道を挟んだ向かいの空き地(休耕地?)には源泉井のポンプや貯湯タンクがありました。ここから引湯しているんでしょうね。タンクからの引湯距離は数十メートルと推測されますから、お湯の鮮度はまずまずでしょう。期待に胸が膨らみます。
温泉マークが無ければごくごく普通な平屋の民家にしか見えませんよね。私も訪問時には「本当にここは温泉浴場なんだろうか」と不安に駆られてしまったのですが、敷地内(駐車場)に車を停めてエンジンを切ると、そばで庭仕事をしていたお婆ちゃんがこちらの方へやってきて、唐突な来訪者たる私の用件も聞かずに「今日は朝から天気がいいねぇ」と、さも私を知人であるかのようにニコヤカに話しかけてくれたので、私の不安はたちまち霧消し、お婆ちゃんに釣られてしばらく世間話に華を咲かせてしまいました。
さてお婆ちゃんに入浴したい旨を申し上げると、お婆ちゃんはどうしたらよいかわからないと言った様子で首を傾げるばかり。あれれ、この家の方ではなかったのか。このままでは埒があかないので民家の中へ声をかけてみると、今度はお爺さんが登場し、この方が話を全て理解して料金を受け取ってくれました。後で知ったのですが、おうちの勝手口を兼ねた窓の下には赤い矢印がプリントされた看板が立てかけられており、矢印が指す方向には自立型の灰皿があって、その台の上に載っている箱へセルフで料金を投入するのがこちらの流儀のようです。
こちらが湯小屋で、いわゆる大浴場は無く、貸切風呂が4室あるばかりです。4は忌み番号であるためか、個室の番号は4が飛ばされて1・2・3・5号室となっていました。各室とも同じような間取りになっており、1と2、3と5がシンメトリな構造になっていました。利用の際は空いている任意の個室が使えるので、今回はトップナンバーである1号室を利用することにしました。簡素な造りの脱衣室には長椅子や籠が用意されており、お風呂場入口にはミッキーマウスの足ふきマットが敷かれていました。温泉施設ではなく個人宅のお風呂をお借りしているような気分です。
お風呂は多くの方が温泉に対してイメージするような浴室とは程遠い、ごく普通の民家のようなこじんまりとした造りですが、でもこんなお風呂こそ鄙び温泉ファンは、普通ではないものを感じ取ってしまうのではないでしょうか。
浴槽は1~2人サイズでワインレッドのタイル貼り、浴室床もモルタルながら同じ色で塗られていますが、長年に及んでその表面は温泉に触れているためか、全体的に白っぽくコーティングされています。壁から突き出たバルブ付きの鉄管よりかなり熱い源泉が注がれており、投入量は利用客の好みに任せて開閉することが可能なのですが、バルブを全開にすると瞬く間に湯船が熱くなってしまうので、私は若干絞り気味の投入量にしました。それでも浴槽が大きくないので、湯船に体を沈めてみるとザバーっと洪水のようにお湯が溢れ出てゆき、洗い場の排水が追い付かずに、床に置いていた桶がオーバーフローのお湯にプカプカ浮かんでいました。
温泉の質はこの地域でよく見られるモール系でして、ごく薄い烏龍茶のような色を帯びた透明、口に含むと微かな渋みを伴ったほろ苦味が感じられ、室内にはモール臭が充満しており、当然ながらお湯に鼻を近づけて直接嗅いでも芳香がしっかり鼻孔をくすぐります。モール系のツルツルスベスベ浴感がとっても気持ち良く、湯上りもさっぱり爽快です。なお室内にはシャワー付き混合栓が一つ設置されており、水栓から出てくるお湯も源泉です。
いわゆる温泉風情は感じられない草臥れた個室風呂ですが、都会じゃ決して味わえないB級感溢れる鄙びっぷりと、そこに漂う長閑な空気や時間が何ともいえない情緒を醸し出しており、一人で思う存分楽しめる良質のお湯と相俟って、想い出に残る一湯となりました。
温泉分析表見当たらず
JR吉都線・鶴丸駅より徒歩15分強(約1.3km)
鹿児島県姶良郡湧水町般若寺295-4 地図
0995-75-3259
営業時間不明
300円
備品類なし
私の好み:★★★