おおよそ温泉と縁の無さそうな山の中で密かに湧いている野湯があると知り、台東県屈指の景勝地である利吉悪地へとやってまいりました。悪地とは何ともオドロオドロしい名前ですが、悪地地形という語句は日本の地学用語としても立派に通用する用語なんだそうでして、「デジタル大辞泉」によれば「雨水の浸食で生じた小谷が無数に刻まれ、通行困難な地形。米国サウスダコタ州西部のものが代表的で植生がほとんどない。バッドランド。」とのこと(引用先はこちら)。その説明の通り、この利吉悪地では荒々しい山の断崖に無数の溝が刻まれて幾重にも襞をなしている不思議な風景が広がっており、その様子から「月世界」という別称もあるんだそうです。時間があればこの奇景をじっくり眺めていたかったのですが、目的地の野湯はこの利吉悪地から更に先へ進んだところにあり、これまでの訪問地で予定以上にノンビリして、既に日が暮れかかって薄暗くなっていたため、残念ですがこの日の見学は利吉大橋の上からフロントガラス越しに眺めるだけに留め(上or左画像)、先を急ぐことにしました。
※利吉悪地に関する詳しい説明や見やすい画像は、台東県政府の観光案内サイトをご覧ください。
利吉悪地を通りすぎて途中で197号線に合流し、路肩に立つキロポストの数値(キロ程)に注意しながら更に北上してゆくと、46.5kmポストのちょっと先、ゆるく登りながら左へカーブする箇所に「利吉橋」という小さな橋が架かっており、橋の下には卑南渓の支流である細い沢が流れています。今回の目的地はここ。この橋の周辺に利吉温泉と称する野湯の源泉が2つあるらしいのです。路肩のスペースに余裕がある箇所に車を止めて、いざ散策開始。
橋が架かるカーブの手前の崖から塩ビのパイプが突き出ており、そこから水がチョロチョロと落とされていました(左or上画像の矢印で示したところ)。洋の東西を問わず、沢水や湧水を汲みやすくするために、山の斜面にパイプを差して導水しているところはどこにでもありますから、てっきりここも同じようなものかと軽く考えていたのですが、落ちる水が地面が接する部分が妙に白く染まっていたので、まさかと思いながら水に触れてみたら、水ではなくぬるま湯だったのです。しかも口に含んでみたら、しょっぱいタマゴ味が感じられるではありませんか。どうやらここが2つある源泉のひとつ(利吉温泉第一露頭)のようです。
第一露頭から更に手前側(南側)にある上画像のカーブには、右カーブを示す標識が数本立っているのですが、そのうちの1本の右側に怪しげな踏み跡を見つけたので、そこから林の中へ入ってみることにしました。
踏み跡の先には杣道が続いていましたので、この小径を歩いて林の中を下り、先程の「利吉橋」の下を流れていた沢の方へと向かってゆきます。一度鋭角に曲がる箇所がありますが、それ以外特に迷うような箇所はありません。
林の中を下って2分もしないうちに、いかにも野湯っぽい水たまりに出くわしました。わずかながら辺りにはタマゴ臭が漂っています。難なく2つ目の源泉(利吉温泉第二露頭)も発見できちゃいました。
ケモノのねぐらみたいな小さな穴から、1つ目の源泉よりはるかに多い量のぬるま湯が湧出しており、真っ白な湯の華で覆われた流路を下った後、大人一人なら入れそうな大きさのある湯溜まりへと注ぎ込んでいました。湯溜まりのお湯はほぼ無色透明なのですが、底に溜まった湯泥の影響なのか、灰白色に弱く濁っているようにも見えます。
湧出地天である洞穴の出口でデータを測ったところ、湯温は33.2℃で、pH8.4という数値が計測されました。第一露頭のお湯と同じく、しょっぱくてゆで卵の卵黄のような味を伴っており、はっきりとしたタマゴ臭を漂わせていました。海から離れた山間の茂みの中で、このようなしょっぱい硫黄泉系のお湯が自然湧出しているとは驚きです。外気は30℃近くありますから、33℃のぬるま湯に入れたらサッパリ爽快なのかもしれず、野湯が好きな私としては、是非この珍しいお湯に入っておきたかったのですが、湯だまりの底には大量の泥が溜まっている上、周囲もドロドロいぬかるんでおり、ここで湯浴みしたら間違いなく全身泥だらけになってしまいます。また、湯口で計測をしている僅かな間でも藪蚊が猛襲してきましたので、こんなところで裸になったら奴らの餌食になることは必至です(飛んで湯に入る夏のデブ)。しかも、もうすぐ19時になろうという時間であり、林の中で真っ暗になって遭難しちゃったらイヤなので、残念ですが今回は入浴せず、見学だけに留めました(ここを去って10分もしないうちに辺りは真っ暗になっちゃいました)。
どう考えても一般の方には薦められないマニア向けの野湯ですが、アクセスは簡単で、湯温は問題ありませんし、一人なら入れる大きさも確保されていますので、人並みの温泉巡りでは飽き足らない好事家の方にチャレンジしていただきたい一湯であります。
台東県卑南郷利吉村 地図
繁体字中文版Wikipediaに利吉温泉の記事あり
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