6月5日(日)曇りのち晴れ
腰、絶不調・・・
朝から不愉快なこと続きである。
いらいらいらいらする。
腰は痛いながらも朝食を作り、食器を洗うとまたすぐ昼食という感じだ。
座っても立っても寝ても痛い・・・
でも寝てる体勢が一番楽なのでソファーに横になる。
娘はお昼過ぎにあやかちゃん・えりちゃんと遊びに行く。
夫もそわそわしだす。
家にいるのが嫌いな人であるが私に気を遣って
出かけるのを我慢しているのであろう。
散歩に行こうよと誘ってくるが
わたしゃこんなに腰が痛いと言ってるではないか!
1人でいってきたらいいじゃん!と追い出す。
夫は人間的にたいへんよくできた人物だと思う。
しかし時々かちんとくる物言いをする。
それはやはり優秀な人によく見られがちな、人を見下す態度である。
言葉は悪いけど・・・
夫は努力家で負けず嫌いである。
知らないということを恥としているところが多々ある。
芸能関係とか、いわゆる女子供が好むとされる話題(この表現がとっても
いやらしくて、でもぴったりなのであえて使う)のことは
知らないほうが良しとしてる節もある。
大してそういうことに興味ない私をして「芸能通だねえ~」と言い草も腹立つ。
今、全国各地に見られるガードレールの金属片。
何気に見たニュースで「事故した車が残したものではないか」というようなことを
言っており、夕食時にしゃべると
夫としてはまだその情報を仕入れていなかったし
彼の思考の中にそういうことは無かったと思われる。
で、やんわりと(ここが彼の技である)否定した。
だってニュースで言ってたのに・・・と思いつつ黙り込む私。
で、数日後、いろいろな検証をもとに
ガードレールに接触した車の側面がちぎられ
ああいう三角片で切り取られてる映像がでる。
「ほら!これこれ!」と、これまた私がオニの首をとったかのように言うわけだ。
しかし彼は「全部が全部、そういうわけじゃないでしょう」
だんだんいらいらする私。
私は彼といろいろ話をしたいのだ。
彼がくだらないとしてる芸能話から、季節の花、おいしい料理、まずい料理。
政治経済、教育問題、そういうことも教えてほしいし、
私の意見も聞いてほしい。
しかしこういうことが続くと、私はだんだん自分の仕入れた情報を
彼に話す事をためらうようになる。
いわゆる適齢期といわれる年に結婚して、
夫婦生活も15年くらい過ぎたという知人達は、寄るとさわると
夫の悪口大会である。
夫も悪いのだろうが、何もそこまで言わなくとも・・・と
聞かされる一方だった私は夫達にに同情したものだった。
だから何年夫婦をやってても仲のいい淳夫婦の話は好きだ。
彼女いわく、夫は今でも「ママは綺麗だねえ~
かわいいねえ~」と事あるごとにほめちぎるらしい。
子供三人は呆れ顔で聞いてるわよ、と言いながらも
うれしそうな淳である。
そして彼女も言う。
「無茶を言う夫じゃないから、彼が何か買いたいとか
~したいと言った時に私は反対したことがない」
お互いが相手を信じてるし、思いやってるし、いい夫婦だなあ。
大阪から熊本の天草に嫁いだ友人おじょうの話も好き。
まず都会育ちで、気が強くて、お家柄もよくて
合コンでの人気ナンバーワンの美人だったおじょうが
歯科医とはいえ、天草くんだりまで・・・と
関西の友人達は驚いた。
いや、もちろん私も驚いた。
夫の学会が私の住んでた県であるといい、
15年ぶりくらいに再会した時、その話になった。
おじょういわく、そのお見合い話が来た時
親戚からの話だったし、会うだけでいいからということで
お嬢様の暇つぶし兼旅行の気分で天草へ。
会ってすぐ彼が「ここはあなたのような都会の人が住めるようなところではありません。
ここに歯医者は僕だけです。
僕は一生ここを出るわけにはいかない。
ここに住んでる人達の歯を守らなくてはいけないから。」と
にっこり微笑んだその白い歯にやられたらしい。
大阪に帰り、あのプライドの高いおじょうがすぐに自分から
結婚したいという電話をかけたというから驚く。
で、今、島で子供二人に恵まれ、幸せそうだった。
「パパは、いまだに私の事をけいこちゃんって呼びはんねん」と
言った彼女のうれしそうな顔を見ながら
人をうらやましいと思うことの少ない私が初めて「いいなあ~」と思ったのを思い出す。
空手で一緒だった奈緒子ちゃんのママも
パパのことを大事にしてて、仲良しだったな。
この空手のメンバーのママ達が寄った時の悪口大会はすごかった。
わたしにいわせりゃ空手のイベントにも協力的なパパ達が多くて
何ぜいたく言ってるのよっっ!(青木さやか風に!)って気分だったが
そんななかで警察にお勤めの奈緒子ちゃんのパパは
お忙しい上に途中転勤もあり、地方に単身赴任。
病院のケアマネージャーをしてるママは、1人で子供たちの面倒から
空手の雑事(これがまた多かったんだ、このスポーツ少年団ってやつは)
お仕事、おうちのことをやってた。
それでも週末は必ず子供達とパパの赴任先へ行き、
学校行事の時も、仲良くお二人並んで立ってらっしゃる絵を思い出す。
仕事もしてて、土日はゆっくりしたいだろうに
車で一時間以上かかる地方へ毎週行くのは大変だろうと聞くと、
「私が仕事を辞めて赴任先についていってほしいと
夫の両親は思ってるみたいなのよねえ~
でも私、仕事辞めたくなくて、夫に我慢してもらってるから・・・」
あ、この奈緒子ちゃんのパパの話!
めったにお会いしたことのない方なのでイメージだけだと
鬼瓦のような感じの方なのだが(失礼だ)
奈緒子ちゃんママが「夏休みの最後の日の夜、
私病院の飲み会だったの。
で、夫が子供たちを見ててくれたんだけど
飲み会の時、携帯がなって~」
最終日の夜になってから奈緒子ちゃんがポシェットを縫って提出しなくては
いけないと半べそで言い出した。
パパが大慌てで電話してきて「ミシンの糸のかけ方を教えろ」
で、ママが電話で説明したらしい。
遅くに帰宅した彼女に「ほら!できた!」と誇らしげにポシェットを見せる夫。
(当然奈緒子ちゃんは熟睡中)
がたがたの縫い目ながらも何とか形にはなってて
奈緒子ちゃんは大喜びでそれを学校へ提出した・・・
「全く!あなたが縫ってどうするのよ!」とママは呆れ顔で言ったらしいが
私は時々お見かけする鬼瓦のイメージと「ミシンでポシェット」が
どうしても結びつかなくて、そのギャップに爆笑した。
いいおうちだなあと思った。
私の再婚が決まり、とっとと仕事を辞め、
東京へ行くまでの4ヶ月間、いきなりの単身赴任のような生活に
なったわけだが
奈緒子ちゃんのママが
「今おうちにいるんだってねえ~
奈緒子がうらましがってた。
いいなあ~ずっとママがおうちにいて・・・って」
でも私は奈緒子ちゃんのママが、仕事が大好きで
頑張ってる姿は将来奈緒子ちゃんの誇りになると思う。
私は生活のためだけの仕事だった。
いやでいやでしょうがなかった。
だから娘には自分に合った、一生続けられる仕事を見つけてほしいと思ってる。
反面教師として母を見てほしい。
ん?夫婦円満の話をしたかったのに
いつの間にか仕事の話になってしまった。
でも、いい感じで仕事ができてる人は
家庭もいい感じなのかもね。
そういう環境に感謝するという気持ちが生まれるのかもね。
私は今の環境に感謝している。
ずっと、娘に「おかえりなさい」と言ってあげたかった。
今、まさにそういうこともできる環境になった。
それも夫のおかげ。
勇気をもってこのばついち女と結婚してくれた。
感謝してるのよ、私。
ずっとずっと仲良くしていきたいと思ってるのよ。
し~んとした食事、テレビだけが響く部屋だなんてぞっとする。
いや、それぞれが部屋にこもって、好きな事して~なんておうちもあるかも。
そうなりたくないのよ。
いっぱいいっぱいしゃべって、たまには言い争って、
褒めあって、仲良く年をとっていきたいのよ。
腰、絶不調・・・
朝から不愉快なこと続きである。
いらいらいらいらする。
腰は痛いながらも朝食を作り、食器を洗うとまたすぐ昼食という感じだ。
座っても立っても寝ても痛い・・・
でも寝てる体勢が一番楽なのでソファーに横になる。
娘はお昼過ぎにあやかちゃん・えりちゃんと遊びに行く。
夫もそわそわしだす。
家にいるのが嫌いな人であるが私に気を遣って
出かけるのを我慢しているのであろう。
散歩に行こうよと誘ってくるが
わたしゃこんなに腰が痛いと言ってるではないか!
1人でいってきたらいいじゃん!と追い出す。
夫は人間的にたいへんよくできた人物だと思う。
しかし時々かちんとくる物言いをする。
それはやはり優秀な人によく見られがちな、人を見下す態度である。
言葉は悪いけど・・・
夫は努力家で負けず嫌いである。
知らないということを恥としているところが多々ある。
芸能関係とか、いわゆる女子供が好むとされる話題(この表現がとっても
いやらしくて、でもぴったりなのであえて使う)のことは
知らないほうが良しとしてる節もある。
大してそういうことに興味ない私をして「芸能通だねえ~」と言い草も腹立つ。
今、全国各地に見られるガードレールの金属片。
何気に見たニュースで「事故した車が残したものではないか」というようなことを
言っており、夕食時にしゃべると
夫としてはまだその情報を仕入れていなかったし
彼の思考の中にそういうことは無かったと思われる。
で、やんわりと(ここが彼の技である)否定した。
だってニュースで言ってたのに・・・と思いつつ黙り込む私。
で、数日後、いろいろな検証をもとに
ガードレールに接触した車の側面がちぎられ
ああいう三角片で切り取られてる映像がでる。
「ほら!これこれ!」と、これまた私がオニの首をとったかのように言うわけだ。
しかし彼は「全部が全部、そういうわけじゃないでしょう」
だんだんいらいらする私。
私は彼といろいろ話をしたいのだ。
彼がくだらないとしてる芸能話から、季節の花、おいしい料理、まずい料理。
政治経済、教育問題、そういうことも教えてほしいし、
私の意見も聞いてほしい。
しかしこういうことが続くと、私はだんだん自分の仕入れた情報を
彼に話す事をためらうようになる。
いわゆる適齢期といわれる年に結婚して、
夫婦生活も15年くらい過ぎたという知人達は、寄るとさわると
夫の悪口大会である。
夫も悪いのだろうが、何もそこまで言わなくとも・・・と
聞かされる一方だった私は夫達にに同情したものだった。
だから何年夫婦をやってても仲のいい淳夫婦の話は好きだ。
彼女いわく、夫は今でも「ママは綺麗だねえ~
かわいいねえ~」と事あるごとにほめちぎるらしい。
子供三人は呆れ顔で聞いてるわよ、と言いながらも
うれしそうな淳である。
そして彼女も言う。
「無茶を言う夫じゃないから、彼が何か買いたいとか
~したいと言った時に私は反対したことがない」
お互いが相手を信じてるし、思いやってるし、いい夫婦だなあ。
大阪から熊本の天草に嫁いだ友人おじょうの話も好き。
まず都会育ちで、気が強くて、お家柄もよくて
合コンでの人気ナンバーワンの美人だったおじょうが
歯科医とはいえ、天草くんだりまで・・・と
関西の友人達は驚いた。
いや、もちろん私も驚いた。
夫の学会が私の住んでた県であるといい、
15年ぶりくらいに再会した時、その話になった。
おじょういわく、そのお見合い話が来た時
親戚からの話だったし、会うだけでいいからということで
お嬢様の暇つぶし兼旅行の気分で天草へ。
会ってすぐ彼が「ここはあなたのような都会の人が住めるようなところではありません。
ここに歯医者は僕だけです。
僕は一生ここを出るわけにはいかない。
ここに住んでる人達の歯を守らなくてはいけないから。」と
にっこり微笑んだその白い歯にやられたらしい。
大阪に帰り、あのプライドの高いおじょうがすぐに自分から
結婚したいという電話をかけたというから驚く。
で、今、島で子供二人に恵まれ、幸せそうだった。
「パパは、いまだに私の事をけいこちゃんって呼びはんねん」と
言った彼女のうれしそうな顔を見ながら
人をうらやましいと思うことの少ない私が初めて「いいなあ~」と思ったのを思い出す。
空手で一緒だった奈緒子ちゃんのママも
パパのことを大事にしてて、仲良しだったな。
この空手のメンバーのママ達が寄った時の悪口大会はすごかった。
わたしにいわせりゃ空手のイベントにも協力的なパパ達が多くて
何ぜいたく言ってるのよっっ!(青木さやか風に!)って気分だったが
そんななかで警察にお勤めの奈緒子ちゃんのパパは
お忙しい上に途中転勤もあり、地方に単身赴任。
病院のケアマネージャーをしてるママは、1人で子供たちの面倒から
空手の雑事(これがまた多かったんだ、このスポーツ少年団ってやつは)
お仕事、おうちのことをやってた。
それでも週末は必ず子供達とパパの赴任先へ行き、
学校行事の時も、仲良くお二人並んで立ってらっしゃる絵を思い出す。
仕事もしてて、土日はゆっくりしたいだろうに
車で一時間以上かかる地方へ毎週行くのは大変だろうと聞くと、
「私が仕事を辞めて赴任先についていってほしいと
夫の両親は思ってるみたいなのよねえ~
でも私、仕事辞めたくなくて、夫に我慢してもらってるから・・・」
あ、この奈緒子ちゃんのパパの話!
めったにお会いしたことのない方なのでイメージだけだと
鬼瓦のような感じの方なのだが(失礼だ)
奈緒子ちゃんママが「夏休みの最後の日の夜、
私病院の飲み会だったの。
で、夫が子供たちを見ててくれたんだけど
飲み会の時、携帯がなって~」
最終日の夜になってから奈緒子ちゃんがポシェットを縫って提出しなくては
いけないと半べそで言い出した。
パパが大慌てで電話してきて「ミシンの糸のかけ方を教えろ」
で、ママが電話で説明したらしい。
遅くに帰宅した彼女に「ほら!できた!」と誇らしげにポシェットを見せる夫。
(当然奈緒子ちゃんは熟睡中)
がたがたの縫い目ながらも何とか形にはなってて
奈緒子ちゃんは大喜びでそれを学校へ提出した・・・
「全く!あなたが縫ってどうするのよ!」とママは呆れ顔で言ったらしいが
私は時々お見かけする鬼瓦のイメージと「ミシンでポシェット」が
どうしても結びつかなくて、そのギャップに爆笑した。
いいおうちだなあと思った。
私の再婚が決まり、とっとと仕事を辞め、
東京へ行くまでの4ヶ月間、いきなりの単身赴任のような生活に
なったわけだが
奈緒子ちゃんのママが
「今おうちにいるんだってねえ~
奈緒子がうらましがってた。
いいなあ~ずっとママがおうちにいて・・・って」
でも私は奈緒子ちゃんのママが、仕事が大好きで
頑張ってる姿は将来奈緒子ちゃんの誇りになると思う。
私は生活のためだけの仕事だった。
いやでいやでしょうがなかった。
だから娘には自分に合った、一生続けられる仕事を見つけてほしいと思ってる。
反面教師として母を見てほしい。
ん?夫婦円満の話をしたかったのに
いつの間にか仕事の話になってしまった。
でも、いい感じで仕事ができてる人は
家庭もいい感じなのかもね。
そういう環境に感謝するという気持ちが生まれるのかもね。
私は今の環境に感謝している。
ずっと、娘に「おかえりなさい」と言ってあげたかった。
今、まさにそういうこともできる環境になった。
それも夫のおかげ。
勇気をもってこのばついち女と結婚してくれた。
感謝してるのよ、私。
ずっとずっと仲良くしていきたいと思ってるのよ。
し~んとした食事、テレビだけが響く部屋だなんてぞっとする。
いや、それぞれが部屋にこもって、好きな事して~なんておうちもあるかも。
そうなりたくないのよ。
いっぱいいっぱいしゃべって、たまには言い争って、
褒めあって、仲良く年をとっていきたいのよ。