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蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

ライブ鑑賞  (bon)

2017-06-25 | 日々雑感、散策、旅行

 先日のブログで、“各地のライブ映像”を記事アップしましたが、その後も時々これらの
映像を何度もじっと見たりしています。 音響があるともっと迫力があるのでしょうが(ある
いは、邪魔になる?)今 この時の映像をはるか離れたところで、リアルで見ているのです。
行ったことのない場所ですが、何度も見ているとなんだか慣れてきた感じもあり、“あ、
今日は観光客が多いの、少ないの”、“お天気がいまいち”・・など、 親しげに感じてしま
うのですね。  朝、早い時刻、夕方・・などなど、その折々の時点で様子が違っているのも、
当然ですが、現実感が伝わってくるのです。

 いくつかのライブ映像の中から、イタリア、ヴェネツィアの『リアルト橋』について、
以下に述べてみたいと思いました。

     リアルト橋
      

    (夜の10時半ころの映像をキャプチャしたものです。 この時刻でも、橋の上
     には観光客がまだ大勢見えますし、運河にもゴンドラや水上バスなどが行き
     交っています。)

 まず、リアルト橋については、ウイキペディアから解説を引用させていただきました。
『リアルト橋( Ponte di Rialto)は、ヴェネツィアのカナル・グランデに架かる4つの橋の
一つ。「白い巨象」とも呼ばれる。

 この橋の周辺は海抜が比較的高く洪水の被害も少ないため、ヴェネツィアでは最も早く
この周りに集落ができ商業の中心地となった。最初は木製の跳ね橋で、銀行や商品取引所
で賑わっていたため「富の橋」と呼ばれた。しかし、パレードの見物人の重みで崩壊したり、
火災に遭ったりしたため、石造りの橋に変えようと提言され、1557年、ヴェネツィア共和国
は橋の設計案を一般から募集した。一般公募にはミケランジェロも参加したが、結局、採用
されたのはアントニオ・ダ・ポンテの案だった。

 ポンテの案は、橋の下を多くの船が通ることを考えた単一アーチで、そりの大きい太鼓橋
だった。工事は軟弱な地盤や技術上の問題から困難とされたが、4年後には長さ48m、幅22m、
水面からの高さ7.5mのそりの大きい太鼓橋が完成した。 橋の上にはアーケードが作られ、
商店が並んでいる。ヨーロッパの橋としては珍しく、カナル・グランデを見晴らす欄干と
花瓶型の手摺がついている。』 とありました。 その建設は、1588年~1591年だそうです。 
日本では、まだ関ヶ原の前で、豊臣秀吉が茶会など開いていた絶頂期でした。

 

 ヴェネツィアの地図を見ますと、リアルト橋はS字型のカナル・グランデのほぼ中央に位置
していることがわかりました。 ここを訪れた人にとっては、ここは、サンマルコ広場の近
くで大変賑わうところであるなど、すぐに思い出されることでしょうね。

    地図(S字型のカナル・グランデの中央あたりがリアルト橋 エクスペディアより)
       


  リアルト橋ライブ中継(youtubeより)・・リアルタイム映像です。

           (この映像をフルスクリーンで見ています。左下枠外に
        現地時刻が表示されています。)

 

 で、このライブカメラは、どこに設置されているか? そんなことを思いながらネットを
検索していましたら、どうやら画面の左上あたりに「Palazzo Bembo」とあることに気が付
き、「Palazzo Bembo 宮殿」かもしれない?と思いました。


 橋の右手前には、水上バスのターミナルがあるようで、大きな観光船が頻繁に止まり、
観光客が 大勢乗り降りしているのが見られます。 そして、見ていて飽きないのは、この
運河を、大きな観光船のほか、モーターボートや優雅なゴンドラを船頭が1本の櫓で上手に
操っていて、お互い危険な状態になることもなく活況づいている様子が伝わってくるから
です。

 橋の中央の一番高いところには、たいてい人だかりができていますし、ここ一番の観光
スポットなんでしょうね。


   リアルト橋から見た運河(すぐ左が、ターミナル)(ネット画像より)
     


 リアルト橋には、通路が3本あるようで、両側の道は、カナルを眺めるのですね。上の
写真は、橋の上から水上バスターミナルを左に見た感じですね。

 そして、真ん中の通路は、通路側に向けてずらりとお土産ショップが並んで、ガラス製
品やアクセサリーなどの工芸品が売られているようですね。

    橋の階段(中央の通路 ネット画像より)
     

 

 何ということもなく、ただ、見ているだけなのですが、この中世の街並みが今このよう
に活動しているかと思うとき、ある種の思いがよぎるですね。 シェイクスピアの戯曲
『ヴェニスの商人』なども思い出されますし、さらに昔は,ヴェネツィア共和国であり、
ナポレオンに滅ぼされたなど 改めてその歴史を感じるのでした。


 このほか、日本の上高地,河童橋のライブ映像もたびたび見ています。 ここは、何度か
肉眼でも見たお馴染みの景色ですが、早朝、夕方など人の動きとともに、その場の状況が
呑み込めるような錯覚を覚えるのです。

 

 

 

 

 

 

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