組織内弁護士(開業弁護士でなく、企業や自治体等に雇用され専属で働く弁護士)の任意団体「日本組織内弁護士協会」が、「満を持して」(「シリーズ刊行に当たって」の表現)出版する業種別法務の解説書シリーズのうち、学校(小中高校、大学・大学院、専門学校、通信制学校)の法務についてのもの。
外部の弁護士(開業している弁護士)を顧問弁護士などにして相談するよりも組織内弁護士を雇うことの方がいいということが強調されています。「現状では教育委員会から特定の相談業務を委託された外部の弁護士をスクールロイヤーと呼称する風潮がありますが」「組織内のスクールロイヤーは、組織外のスクールロイヤーよりも学校現場と接点を持ち、子どもたちの利益の実現のために貢献しています」「本書の特徴は、学校組織で勤務する組織内弁護士が、外部の顧問弁護士では気づきにくい着眼点や、学校組織として考慮しなければならないポイントなどを交えて、学校法務の実務を解説している点にあります」(9ページ)、「学校にほとんど現れない弁護士をそもそもスクールロイヤーと称してもよいのかなどといった疑問もあります」(194ページ)など、組織内弁護士を売り込むことに熱意が感じられます。いじめの調査組織を設ける時には専門家である弁護士を入れろと3回も繰り返しています(146ページ)。
組織内弁護士は、その組織の事情に詳しくなるという利点がある一面で、裁判実務の経験に乏しく他の領域を含めた幅広い実務経験がないという欠点があると考えられます(裁判実務や他の領域も含めた経験が豊富な弁護士を雇用することも理論上は可能ですが、現実的にはそういう弁護士が魅力を感じるような条件を提示する組織はまずない)。常識的な弁護士であれば、そういう事情を冷静に説明してそれぞれの利点を活かしましょうというような本を書くと思うのですが、先に紹介したような書きぶりを見て驚きました。
「最近の深刻な法律問題である教員の労働問題については、日本弁護士連合会や文部科学省はスクールロイヤーの役割として想定されていません」(194ページ)という記載は、文意が不明ですが、組織内弁護士が教員の労働問題について外部の弁護士よりも精通し対応できると言いたいのでしょう。悪いけど労働問題は私の得意分野なので、言わせてもらいますが、この本で労働問題に関しては、大半が基本書・解説書をまとめたレベルの記載で、判例をきちんと分析したり裁判実務の経験を反映した記述は見られません。教員に退職後の競業避止義務(同業他社に勤務しない、競業他社を開業しない)を課することの可否についてヤマダ電機の事件の判決などごく一部の判決を挙げてそのレベルで説明しています(48~51ページ)。競業避止義務に関する裁判例はさまざまで一定の傾向を見ること自体が難しく、裁判例の傾向を解説したり見通しを立てることが難しい分野です。その意味では他の基本書・解説書でも今ひとつの底の浅い解説がなされることが多い分野です。しかし、教師は国家資格を有する専門職です。教師が退職した後、教師以外の仕事をしろと言われたらそれに応じなければならないのでしょうか。そのような者に退職後の競業避止義務をそもそも課すことができるのかということは1つの問題です。裁判例でも学習塾の講師については、競業避止義務を課すことが有効とされているものがあり、その場合はそれほど特殊性が論じられていませんが、教師についてはそれが争われた裁判例自体見ませんし(私が知らないだけかも知れませんが)、少なくとも国家資格による専門職であることは重要な考慮事項になるはずです。そもそも学校が教師に退職後の競業避止義務を課そうというニーズが本当にあるのか(このような設問が学校法務の実務から本当に出てくるのか)が疑問ですが、このような設問を作る以上、回答に当たっては教師に退職後の競業避止義務を課すことができるのか、その場合他の業種とは違う考慮が必要になるのかが論じられるべきだと思います。それがその業種について通じているということでしょうし、「外部の顧問弁護士では気づきにくい着眼点」に気づくということではないのかと思います。この本の執筆者はそのことがまったく頭にもないようです。この本の執筆者は、同じく国家資格を有する専門職である弁護士=自分が、退職後は同業他社(別の弁護士事務所)への勤務も競業(弁護士事務所の開業)も禁止するといわれたら受け容れるのでしょうか。
労働問題の分野以前に一般的な法律の素養を疑わせる記載もあります。競業避止義務の説明で退職者にも職業選択の自由があることに言及されています(当然の言及です)が、ここで「職業選択の自由(憲法23条)」という記載があります(48ページ)。職業選択の自由は憲法22条で、憲法23条は学問の自由です。些細なミスといえるかも知れませんが、学校法務を専門とする弁護士が「憲法23条」と書くときにそれが学問の自由の規定で職業選択の自由の規定でないと気づかないのでしょうか。違和感を覚えないのでしょうか。副教材の代金を支払わない保護者に対してそれを立て替えた教員が請求できるかを議論しているところで、民法703条の不当利得の規定の「法律上の原因なく」について保護者の利得に法律上の原因がないことを指摘するのに「法律上の原因(保護者の同意)がない」(177ページ)という記載があるのには驚きました。保護者の利得に法律上の原因がないという説明では、法律上の原因は保護者に無償で副教材を用いる権利がないとかその費用を学校や教員に負担してもらう権利がないということをいうべきで、それがないのに費用を出してもらう(立て替えてもらう)ことが不当利得です。保護者の同意が法律上の原因だったら、保護者が立替に同意したら保護者に不当利得がないことになって、教員は立て替えても費用を請求できないというおかしな議論になります。この執筆者はそれがおかしいと思わないのか、民法の基本的な概念が理解できていないのではないかと疑問に思えます。研究不正行為について「評価根拠事実が認定され」という記載がある(210ページ)のに、「評価根拠事実」という言葉を使えば必ず言及すべき「評価障害事実」(評価根拠事実による一応の推定/認定を覆す事実)にまったく言及されていません。この執筆者は評価根拠事実という概念、規範的要件事実の立証構造を理解しているのでしょうか。
学校特有の業法的な領域、いじめ対応や産学連携などは、新たな知識を得ることができて読んでみてよかったと思います。私が指摘した問題点は一部の執筆者の資質の問題で他の執筆者は一緒にされて迷惑かも知れません。しかし、この本のどこにも執筆分担の記載がなく、日本組織内弁護士協会という団体自身が「監修」しているのですから、それでこのような記述等がそのままになっていると、この団体自体の水準にも疑問を持ってしまいます。私は、組織・団体の顧問をするつもりはなく(基本的に個人だけを依頼者としていて、顧問先もすべて個人です)、この団体に対して利害も他意もありませんが、これで冒頭に指摘したような自分たちこそエキスパートだなんて記述をされると、世間をなめてるんじゃないかと思ってしまいます。
日本組織内弁護士協会監修 河野敬介・神内聡編 中央経済社 2021年2月15日発行
外部の弁護士(開業している弁護士)を顧問弁護士などにして相談するよりも組織内弁護士を雇うことの方がいいということが強調されています。「現状では教育委員会から特定の相談業務を委託された外部の弁護士をスクールロイヤーと呼称する風潮がありますが」「組織内のスクールロイヤーは、組織外のスクールロイヤーよりも学校現場と接点を持ち、子どもたちの利益の実現のために貢献しています」「本書の特徴は、学校組織で勤務する組織内弁護士が、外部の顧問弁護士では気づきにくい着眼点や、学校組織として考慮しなければならないポイントなどを交えて、学校法務の実務を解説している点にあります」(9ページ)、「学校にほとんど現れない弁護士をそもそもスクールロイヤーと称してもよいのかなどといった疑問もあります」(194ページ)など、組織内弁護士を売り込むことに熱意が感じられます。いじめの調査組織を設ける時には専門家である弁護士を入れろと3回も繰り返しています(146ページ)。
組織内弁護士は、その組織の事情に詳しくなるという利点がある一面で、裁判実務の経験に乏しく他の領域を含めた幅広い実務経験がないという欠点があると考えられます(裁判実務や他の領域も含めた経験が豊富な弁護士を雇用することも理論上は可能ですが、現実的にはそういう弁護士が魅力を感じるような条件を提示する組織はまずない)。常識的な弁護士であれば、そういう事情を冷静に説明してそれぞれの利点を活かしましょうというような本を書くと思うのですが、先に紹介したような書きぶりを見て驚きました。
「最近の深刻な法律問題である教員の労働問題については、日本弁護士連合会や文部科学省はスクールロイヤーの役割として想定されていません」(194ページ)という記載は、文意が不明ですが、組織内弁護士が教員の労働問題について外部の弁護士よりも精通し対応できると言いたいのでしょう。悪いけど労働問題は私の得意分野なので、言わせてもらいますが、この本で労働問題に関しては、大半が基本書・解説書をまとめたレベルの記載で、判例をきちんと分析したり裁判実務の経験を反映した記述は見られません。教員に退職後の競業避止義務(同業他社に勤務しない、競業他社を開業しない)を課することの可否についてヤマダ電機の事件の判決などごく一部の判決を挙げてそのレベルで説明しています(48~51ページ)。競業避止義務に関する裁判例はさまざまで一定の傾向を見ること自体が難しく、裁判例の傾向を解説したり見通しを立てることが難しい分野です。その意味では他の基本書・解説書でも今ひとつの底の浅い解説がなされることが多い分野です。しかし、教師は国家資格を有する専門職です。教師が退職した後、教師以外の仕事をしろと言われたらそれに応じなければならないのでしょうか。そのような者に退職後の競業避止義務をそもそも課すことができるのかということは1つの問題です。裁判例でも学習塾の講師については、競業避止義務を課すことが有効とされているものがあり、その場合はそれほど特殊性が論じられていませんが、教師についてはそれが争われた裁判例自体見ませんし(私が知らないだけかも知れませんが)、少なくとも国家資格による専門職であることは重要な考慮事項になるはずです。そもそも学校が教師に退職後の競業避止義務を課そうというニーズが本当にあるのか(このような設問が学校法務の実務から本当に出てくるのか)が疑問ですが、このような設問を作る以上、回答に当たっては教師に退職後の競業避止義務を課すことができるのか、その場合他の業種とは違う考慮が必要になるのかが論じられるべきだと思います。それがその業種について通じているということでしょうし、「外部の顧問弁護士では気づきにくい着眼点」に気づくということではないのかと思います。この本の執筆者はそのことがまったく頭にもないようです。この本の執筆者は、同じく国家資格を有する専門職である弁護士=自分が、退職後は同業他社(別の弁護士事務所)への勤務も競業(弁護士事務所の開業)も禁止するといわれたら受け容れるのでしょうか。
労働問題の分野以前に一般的な法律の素養を疑わせる記載もあります。競業避止義務の説明で退職者にも職業選択の自由があることに言及されています(当然の言及です)が、ここで「職業選択の自由(憲法23条)」という記載があります(48ページ)。職業選択の自由は憲法22条で、憲法23条は学問の自由です。些細なミスといえるかも知れませんが、学校法務を専門とする弁護士が「憲法23条」と書くときにそれが学問の自由の規定で職業選択の自由の規定でないと気づかないのでしょうか。違和感を覚えないのでしょうか。副教材の代金を支払わない保護者に対してそれを立て替えた教員が請求できるかを議論しているところで、民法703条の不当利得の規定の「法律上の原因なく」について保護者の利得に法律上の原因がないことを指摘するのに「法律上の原因(保護者の同意)がない」(177ページ)という記載があるのには驚きました。保護者の利得に法律上の原因がないという説明では、法律上の原因は保護者に無償で副教材を用いる権利がないとかその費用を学校や教員に負担してもらう権利がないということをいうべきで、それがないのに費用を出してもらう(立て替えてもらう)ことが不当利得です。保護者の同意が法律上の原因だったら、保護者が立替に同意したら保護者に不当利得がないことになって、教員は立て替えても費用を請求できないというおかしな議論になります。この執筆者はそれがおかしいと思わないのか、民法の基本的な概念が理解できていないのではないかと疑問に思えます。研究不正行為について「評価根拠事実が認定され」という記載がある(210ページ)のに、「評価根拠事実」という言葉を使えば必ず言及すべき「評価障害事実」(評価根拠事実による一応の推定/認定を覆す事実)にまったく言及されていません。この執筆者は評価根拠事実という概念、規範的要件事実の立証構造を理解しているのでしょうか。
学校特有の業法的な領域、いじめ対応や産学連携などは、新たな知識を得ることができて読んでみてよかったと思います。私が指摘した問題点は一部の執筆者の資質の問題で他の執筆者は一緒にされて迷惑かも知れません。しかし、この本のどこにも執筆分担の記載がなく、日本組織内弁護士協会という団体自身が「監修」しているのですから、それでこのような記述等がそのままになっていると、この団体自体の水準にも疑問を持ってしまいます。私は、組織・団体の顧問をするつもりはなく(基本的に個人だけを依頼者としていて、顧問先もすべて個人です)、この団体に対して利害も他意もありませんが、これで冒頭に指摘したような自分たちこそエキスパートだなんて記述をされると、世間をなめてるんじゃないかと思ってしまいます。
日本組織内弁護士協会監修 河野敬介・神内聡編 中央経済社 2021年2月15日発行