Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

日比谷公会堂及び神奈川県立歴史博物館

2012年09月16日 00時39分35秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 昨日は退職者連合主催、連合共催の「全国高齢者集会」に参加のため、日比谷公会堂に出向いた。集会後東京駅までデモがあり、八重洲地下街の居酒屋で一息ついてから帰宅した。

 さて、この日比谷公会堂、かつて学生時代の1973年6月に吉本隆明氏の講演がここで開催され、訪れたのが始めてであった。その後、組合の動員で2~3回ほど中に入った。しかしここの1階エントランスホールが「アーカイブカフェ」となっていることは今回初めて知った。1973年の時、このエントランスホールはどのようになっていたか、まったく記憶にない。確か今と同じく2階から入場したような記憶があるが、その記憶も不確かである。
 本日この1階ホールに入ってみたが、1929年以降の主な歴史的集会の一覧などが展示されていた。喫茶店にもなっていたが、コーヒーが500円ということなので、これは高いと思い、遠慮した。ただこの歴史をしるしたパンフレット500円は購入してよかったかな、と反省している。またの機会に購入してみようと思う。




 もうひとつ書き忘れていた。一昨日の金曜日、午後に神奈川県立歴史博物館を訪れた。特別陳列「夢窓疎石と鎌倉の禅宗文化」を見てきた。
 展示物で印象に残ったのは、「菩薩半跏像」(神奈川県指定文化財、南宋時代)。左足は下に座り、右足はその座った面まで高く上げ、その右ひざに右手の肘を乗せ、をすっと伸ばした姿勢が何ともリラックスした菩薩に見える。表情も人間的な表情で、とても親近感のわく顔である。(パンフレットの裏面中央参照)。しばらくこの像と対面していたが、しかしこの説明がよくわからない。どこの寺のもので、中国の南宋からどのような経緯・経路で神奈川県にもたらされたのか、説明ではちんぷんかんぷん。ネットで調べてみたがやはりよくわからない。残念である。同時に見ていて飽きないすぐれた仏像であるので、また見ることのできるのはいつ、どのようなときなのか、という情報も記されていなかった。
 そして肝腎の疎石関連の展示であるが、頂相(ちんそう)や疎石の絵画像、筆跡などがいっぱい並べられているものの、私のように名前は知っているが、「夢窓疎石」の思想や業績などの基本的な知識がまったくない者にとっては、理解しきれないものばかりだ。
 自分の不勉強を棚に上げての感想だが、疎石の業績や思想との関連から、展示物の説明書きを作成してほしかったと切に思う。
 疎石の手紙類も多数展示してあったが、私には残念ながら「馬の耳に念仏」状態。もう少し展示の説明の工夫がほしかった。