実はもたもたとしていて、未だ「古事記」と「西行」「不朽の名画を読み解く」を読み終えていない。古事記以外の二冊は手元に置きながらおいおい読み進めるものであるが、古事記は訓み下し文と解説はぐずぐずして読んだ先から忘れてしまわないように、また流れを外さないようにしなくてはいけないのだが‥。少し急がないとまだ、上・中・下三巻の内、上つ巻・中つ巻の3分の2しか読んでいない。しかし思ったよりも読める。想像したとおり日本書紀よりは意味が取りにくいところが多々ある。古語の語彙の知識が高校の教科書程度だから文庫本の脚注だけではわからないところもある。しかし幾度か口にして繰り返すうちに何となくわかったような気になる。そんなことを繰り返しながら読んでいる。喫茶店などで不審な読書の仕方をしているとみられているかもしれない。

そんな状態なのに一昨日に
「東北を聴く-民謡の原点を訪ねて」(佐々木幹郎、岩波新書)
「地球外生命-われわれは孤独か」(長沼毅・井出茂、岩波新書)
の二冊を購入してしまった。
前者は表題には表現されていないが、震災後の東北に触れている。佐々木幹郎の本は二冊目。現在の佐々木幹郎のあり様と、震災への視点を探りたい。また佐々木幹郎の眼を通して震災後の東北を見たいと思った。
後者は、私が学生の頃は地球外生命などというのはそれこそSFの世界のことであったが、今は学問としてきちんと確立している分野である。今の水準を垣間見たいものである。
積ん読は辞めようと決意したばかりなので、なんとか早々にこの本のページをめくることができるようにしたい。
読みたい本は山ほどある。困ったものだ。

そんな状態なのに一昨日に
「東北を聴く-民謡の原点を訪ねて」(佐々木幹郎、岩波新書)
「地球外生命-われわれは孤独か」(長沼毅・井出茂、岩波新書)
の二冊を購入してしまった。
前者は表題には表現されていないが、震災後の東北に触れている。佐々木幹郎の本は二冊目。現在の佐々木幹郎のあり様と、震災への視点を探りたい。また佐々木幹郎の眼を通して震災後の東北を見たいと思った。
後者は、私が学生の頃は地球外生命などというのはそれこそSFの世界のことであったが、今は学問としてきちんと確立している分野である。今の水準を垣間見たいものである。
積ん読は辞めようと決意したばかりなので、なんとか早々にこの本のページをめくることができるようにしたい。
読みたい本は山ほどある。困ったものだ。