
初期の作品ではもっとも有名なものといわれている「兎」(1939)。香月泰男28歳の作品である。1934年以来国画会には入選を続けていたが、第3回文展で特選を受賞し画家として大きな一歩を踏み出した作品である。
しかも私生活でも充実している時期である。前年に婦美子夫人と結婚し、この年の5月に長男が生まれている。
画面の矩形による分割、ひっかき線などが特徴の時期であると思われる。また犬や猫、あるいは家族の肖像など題材は身近であるが、ざまざまな技法を試みた時期であるという。
私はこの絵の特徴は、矩形に区切られた飼育箱を構図に生かしていること、ひっかき線による微妙なグラデーションの表現。そして深い緑色と褐色がかった板の色の上下のバランス、そして兎の背後の黒の三色のバランスだと思っている。
「かわいい」だけの甘さに堕することなく、冷静に構図や色の配合などを計算し尽くしているように感じる。同時に平面的な兎3頭はひょっとしたら同じ兎の3つの態様を描いたのかもしれない。