本日は月に一度の飲み会の定例日となっているが、昨日も展覧会に行き散財したこともあり、本日の夜はおとなしく家にいることにした。
先ほど気がついたのだが、緑内障の目薬が無くなりそうであった。2種類の内一日二回点眼する方の薬である。お金が必要な時というのは重なるものである。
ジェネリックの薬が発売されていないとのことで、2種の薬合わせて約1か月分が5000円ほどになる。これがもう10年以上続いている。さらに年に3回ほどは視野検査があり、そのたびにやはり3000円は余分に支払いをしていると思う。年間約7万円はかかっているはずである。
私としては手術でも何でもやって欲しいと思うのだが、そのような治療法は無いようだ。
明日午前中に病院に行かないと、月曜まで行くことができない。気がついて助かった。同時に前回「次回は視野検査をします」と予告されてもいた。明日は1万円札を持って行かなければならない。
夕食時に天気予報を聴いていたら来週の8日(月)・9日(火)に雪の予想となっていた。最低気温がそれぞれ0℃、2℃となっていた。また南岸低気圧が関東地方を掠めるようだが、多少南寄りのコースと云っていた。
天気予報の中で予報士が云っていたが、「降って見なければ雪か雨かわからない」まさに名言である。そんなにはっきりわかるほど科学は進んでいない。地震予知も、天気予報も、火山噴火、雪崩予想も落雷予報もその程度なのである。あたかもなんでもわかるような錯覚がほど恐ろしいことはない。予報が外れると「責任問題である」などというとんでもない人間が恥ずかしげもなくすぐに出てくる。現役の頃に、ある企業の管理職が「気象庁の予報が外れて社員の待機代が無駄になった」と怒って、まったく無関係な仕事をしている私までがとばっちりを受けたこともある。
私などには20年前の天気予報と比べると随分と予報も精度が上がっているように思える。それでも明日のことは100%は分からない。分からないからわかろうとするエネルギーが出てくる。努力するのである。たぶん文句を言う人は、どんな場合もすべてが与えられるものとして育ってきたのであろう。何とも羨ましい境遇である。
先ほど気がついたのだが、緑内障の目薬が無くなりそうであった。2種類の内一日二回点眼する方の薬である。お金が必要な時というのは重なるものである。
ジェネリックの薬が発売されていないとのことで、2種の薬合わせて約1か月分が5000円ほどになる。これがもう10年以上続いている。さらに年に3回ほどは視野検査があり、そのたびにやはり3000円は余分に支払いをしていると思う。年間約7万円はかかっているはずである。
私としては手術でも何でもやって欲しいと思うのだが、そのような治療法は無いようだ。
明日午前中に病院に行かないと、月曜まで行くことができない。気がついて助かった。同時に前回「次回は視野検査をします」と予告されてもいた。明日は1万円札を持って行かなければならない。
夕食時に天気予報を聴いていたら来週の8日(月)・9日(火)に雪の予想となっていた。最低気温がそれぞれ0℃、2℃となっていた。また南岸低気圧が関東地方を掠めるようだが、多少南寄りのコースと云っていた。
天気予報の中で予報士が云っていたが、「降って見なければ雪か雨かわからない」まさに名言である。そんなにはっきりわかるほど科学は進んでいない。地震予知も、天気予報も、火山噴火、雪崩予想も落雷予報もその程度なのである。あたかもなんでもわかるような錯覚がほど恐ろしいことはない。予報が外れると「責任問題である」などというとんでもない人間が恥ずかしげもなくすぐに出てくる。現役の頃に、ある企業の管理職が「気象庁の予報が外れて社員の待機代が無駄になった」と怒って、まったく無関係な仕事をしている私までがとばっちりを受けたこともある。
私などには20年前の天気予報と比べると随分と予報も精度が上がっているように思える。それでも明日のことは100%は分からない。分からないからわかろうとするエネルギーが出てくる。努力するのである。たぶん文句を言う人は、どんな場合もすべてが与えられるものとして育ってきたのであろう。何とも羨ましい境遇である。