Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

横浜では雪がちらついた

2018年02月08日 22時08分00秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 眼科、組合の会館での会議、理容店と予定通りこなして、本日も無事終了。本日は昨日とほぼ同じく1万2千歩ほど。私が関内駅近くにいた頃、家のあたりでは短時間だったが雪が降ったらしい。積らなかったものの、大粒の雪片だったという。その頃、私は関内駅から北方の空には低い暗い雲が覆っているのを見ていた。雨が降っていそうな雰囲気であった。まさかそれが雪だったとは想像もできなかった。
 JRで横浜駅に着いた頃には、そんな雨や雪の気配は微塵も感じなかった。

 明日は午前中は自宅で仕事。団地の管理組合の溜まっている仕事をこなす予定。午後からは出かける。

「百人百句」(大岡信)から

2018年02月08日 20時36分00秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 大岡信の「百人百句」(講談社)から、
★除夜の妻白鳥のこと湯浴(ゆあ)みをり      森 澄雄

 「白鳥」にはルビはないので、ハクチョウでもシラトリでもいいのだろうが、やはりシラトリだと思う。一読、ドキッとする俳句である。女性の裸身が目に飛び込んでくるようである。ロマンチックというよりも生々しさが先に立ってしまう。しかし解説を読むと違うイメージが浮かんでくる。
 大岡信は「昭和二十九年になってもまだ生活はきびしく、森澄雄は療養生活をした後、学校の先生を続けていて、身体的にもつらい時期であった。武蔵野の片隅で、板敷きの六畳一間に親子五人でくらしていた。その土間に風呂が据えてあって、妻が浴びている。土間と部屋はつながっているのだろう。貧しく厳しいが、この句はロマンチックである。一年の最後の日に、妻がほっとして夜更けに一人でお風呂場で湯浴みをしている。それを「白鳥のごと」と言いとめたところに、何ともいいようのない妻恋いの思いが現われている」と書いている。
 確かに妻を詠んだ句に惹かれる。

★妊(みごも)りて紅き日傘を小(ち)さくさす
★飲食(おんじき)をせぬ妻とゐて冬籠
★白地着てつくづく妻に遺されし
★子が食べて母が見てゐるかき氷


 第1句、「紅き日傘」を配したところ、ならびに「小(ち)さくさす」と「ち」と読ませたところが私には気に入った。
 第3句、「つくづく」も、もた読み下していくときに、「間」を意識しないだろうか。「妻」が残された私に託した思いとは何なのか、考えなくては、という間を与える。このような語を配した感性に敬服である。
 その他の句では

★蘆(あし)枯れて水流は真中急ぎをり
★ぼうたんの百のゆるるは湯のように


などが紹介されている。
 蘆原を流れる水流、そのなかほどの流れが速い、という。端ではなく、たぶん枯蘆の刺さっているあたりなのではないか。ここでいう早い、というのは現実の流れではなく、「早く思える」という意味なのだと思う。断言が心地よい、しかしその根拠は何も記されていない。

日常が戻る

2018年02月08日 10時13分03秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日病み上がり後の最初の外出でそれなりにつかれたのか、22時前にベッドに横になったら日付の変わった1時半まで眠ってしまった。
 慌てて起きて風呂に入り、再度ベッドに入ったものの、今度はなかなか眠れない。先日の旅行の情景を思い出しているうちにようやく寝ることができた。
 本日は緑内障の点眼薬の処方をしてもらい、午後は会議。日常が戻ってきた。会議後もアルコールの誘いには乗らず、帰宅予定。理容店に行きたいものである。
 私の日常は戻ってきつつあるが、佐賀県での自衛隊機墜落、北陸での大雪被害、そして台湾での地震被害と慌ただしい。こちらのようなことは、ふたたび起きて欲しくない。