昨日に続いてブラームス。本日はヴァイオリンソナタを徳永二男、伊藤恵の組み合わせである。
久しぶりに聴く曲であるが、初めの一小節を耳にするととても懐かしい感じがする。過去にそれだけ聴いたということでもある。
ベートーヴェンという作曲家の曲は隙がなくて聴いているととても緊張する。むろん他の作曲家の曲が緊張感がないということではない。ベートーヴェンの場合、その緊張は疲労につながる。全曲を聴き終わったときに、悪く言うと「さぁどうだ!」という作曲家の顔が目の前に出てくる。「ハイ、恐れ入りました」と私は頭を下げながら、拍手をする。隙のない構成、ち密に作り上げられた楽器から楽器への進行‥、非の打ちどころのない人工的な世界を見せてくれる。
一方、ブラームスの曲を聴くと自分の呼吸と、和声の進行と起伏が同期して、曲が終わった時も自然と余韻に浸る。曲の終わったという感じは、自分の呼吸がふと我に返った時に訪れる。ブラームスの曲を演奏会場で、納得のいく演奏で聴いた場合、私はきっと拍手を最後の音が鳴ってから15秒も20秒も経ってからするはずである。
単にブラームスの曲ばかり聴いてきたからというのではない。しかし惹かれるということはこういうことなのであろうとしか言いようがない。
徳永二男のヴァイオリンの澄んだ音色と伊藤恵のピアノのバランスも私の好みである。ヴァイオリンが主導権を主張していないと思えるところがいい。
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