『女帝エカテリーナ』に続き、池田理代子『天の涯まで、上・下巻/ポーランド秘史』(朝日新聞社、1993.1-2)を読む。読みたいと思ったのは、現在も進行しているロシアによるウクライナ侵攻に関連してポーランドがウクライナ避難民を500万人以上を受け入れていることだった。他国より5倍から10倍以上の避難民を受け入れている理由はなにかということだ。その受け入れ態勢は尊崇と感動に値する行為だ。女帝のポーランドに対する属国化・侵攻・裏切りは池田理代子は控えめにしか描かなかった。
そのポーランドの歴史にオイラがいかに疎いかを晒す意味で池田コミックを読んだというわけだ。本書の舞台は18世紀から19世紀初頭で、三度にわたって周りの大国がポーランド分割をしてしまう疾風怒濤の時代だった。そんな背景に、ポーランド独立運動の英雄「ユゼフ・ポニャトフスキ」の生涯を描いたのが本書だった。
冒頭、雪原から宮殿へと彼が赤ん坊として登場するところから物語が始まる。そこから、池田嬢が描く得意の奈落の愛と嫌がらせの人間関係の中で、武人として成長していく主人公。そのイケメン英雄は、女帝からポーランド国王に推挙された国王の甥であった。
1772年・1793年・1795年と三度にわたって、ポーランドがロシア・プロイセン・オーストリアなどによって分割される。1807年、頼みだったフランスのナポレオンも失脚する。包囲されたポーランドはそのユゼフを中心に独立解放戦争を指導する。
しかし、池田理代子の「美しきポーランド わが祖国よ。 汝の子らの空しきくわだてを慈しみたまえ。われらが哀しき叫びと熱き魂の 天の涯までもとどかんことを」という引用句とともに、戦死する。表題の『天の涯まで』はここに由来することをやっと知る。
本書の貴人の物語はそこで終わったが、その後もポーランドの悲劇は続く。1918年の第1次世界大戦で独立をしたもののナチス・ソ連に分割され、1939年の第2次世界大戦では密約を結んでいたナチスとソ連に侵攻される。秘密にされた「カチンの森」では捕虜の25000人のポーランド指導者がソ連兵によって虐殺され、アウシュビッツではユダヤ人数百万人がナチスの犠牲となる。ポーランドはロシア・ドイツの墓場にされる。現在のロシアの残虐性がここでも発露されている。
戦後の1952年には「ポーランド人民共和国」が誕生したもののソ連の衛星国として事実上主権を奪われる。1980年には「連帯」の民主化運動が起こり、1989年、現在の「ポーランド共和国」がやっと成立する。
ポーランドの歴史は、ヨーロッパ諸国の強欲の吹き溜まりでもあった。くどいようだが、あまり知られていない「カチンの森」の虐殺はもっと解明されるべき史実なのだ。そこに現在のロシアのジェノサイドの本質とポーランドの慟哭がある。だから、ポーランドは500万人以上の避難民を前向きに受け入れた理由がこれでどくどくとわかってきたのだった。