著者の木下忍さんから上梓したばかりの『木下恵介とその兄弟たち』(幻冬舎、2022.12)の本が贈られてきた。家族から見た恵介と兄弟たちの真摯な生き様を描いた証言となっている。恵介の庶民への優しい目線のルーツは、恵介の父である「周吉」と「たま」の労苦をいとわない真っ直ぐな生きざまの影響・共感にあるという。
その両親の子どもたちは恵介を含め8人もいる。それぞれの歩みを忍さんは自らの内輪での体験と情報・聞き取りから、恵介とその周りの空気を丹念にあぶり出している。兄弟が多いので、作成された「家系図」で、たびたび確認しながら混乱なく読むことができた。それらのことで、恵介の父母・兄弟・養子・近所・スタッフへの思い入れが伝わってくる。
忍さんの凛とした文章には、木下家の中に貫かれているみずみずしい水脈があるように思う。それはそのまま、木下監督の作品と連動しているのを発見する。つまり、恵介のめざすものを忍さんは静かに受け止めて生きているということでもある。それがそのまま映像ではないが書籍という作品に昇華したということだ。
忍さんの母である苦労人「房子」の芯の強さ・前向きさ・明るさは、恵介の母「たま」と重なる。さらに、房子の文学好きも忍さんの歯切れのよいたおやかな筆力は紙背に漂う。本文中に豊富に編集されている写真・手紙・日記などもそれらを盛り立てている。
また、恵介や家族への畏敬だけでなく、それぞれの人間が持つ弱さ・葛藤も赤裸々に描いている多面性がいい。恵介を絶賛だけのオンリーではないのがいい。基本的に著者は「恵介が映画の中で表現したのは、家族の大切さ、人間の生きざま、弱者への思いやり、二度と戦争はしないという思いであり、それらは深い愛に裏付けられたものだった」と的確な評価をしている。
忍さんは、恵介の門下生だった脚本家の山田太一の弔辞を紹介する。「日本の社会はある時期から、木下作品を自然に受け止めることができにくい世界にはいってしま」い、「人間の弱さ、その弱さが持つ美しさ、運命や宿命への畏怖、社会への理不尽に対する怒り、そうしたものにいつまでも日本人が無関心でいられるはずはありません」と続ける。
そして、「木下作品の一作一作がみるみる燦然と輝きはじめ、今まで目を向けなかったことをいぶかしむような時代が、きっとまた来ると思っています」と結ぶ。
日本映画の巨匠というと、黒澤明と木下恵介が双璧と言われたこともあったが、一般的には、黒澤明・溝口健二・小津安二郎があげられ、恵介が沈下している印象がある。
そういう意味では、山田太一の言葉は珠玉の弔辞だ。オイラも今まで、恵介の映画を見る機会があまりなかったので、これからしっかり見ていきたいと思うようになった。表紙を飾った忍さんらと恵介の写真は、恵介の世界・人柄がにじみ出ている瞬間だ。当時の忍さんのピュアな感性は現在の忍さんのなかにまっすぐ熟成されてきているのを感じる。
戦局の悪化のなかで、恵介らは病気の母をリヤカーに乗せて山間地・春野町へ疎開するが、17時間をかけてリヤカーで山越えする。そんなところに恵介の優しさ・思いやり・烈しさが象徴される。それは、原恵一監督の手で「はじまりのみち」(2013年)として映画化された。