石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

石碑銘文清書時に使用したIM(日本語input Method)に登録していた、愚かな間違いを発見!

2017年05月25日 | Weblog

今日は、朝から雨。仕事が今日はないので朝食を終えてからのんびりと銘文清書をしていたら、そこで大きな間違いを発見!。私の銘文作成用のパソコンは、インターネットを使用しない昔のパソコンを使用しているので(その最大の目的が、インターネットからの万一の被害を防止することと、恐ろしい程の数の旧字体の漢字単語やら熟語・論語等の文字が作られているので新しい機種に変える勇気がないため)、一度IM等に記憶させた文字や単語等はそのまま使用するに何の疑問も持たずにこれまで使用してきた。たとえそれが、よく見れば間違いだと簡単に気付く単語さえ、改めて正しいか否かの漢字を確認しないまま惰性でそのまま使用してしまっていたのである。
その一つに、今日の間違い発見!となった次第。それは、「勠力」とする単語を何と言うことか、「戮」の文字を使用した「戮力」となっていたのである。
この書き込みが終了次第、今までに清書と最終校了の終わった約500基に及ぶ石碑銘文を全部見直すことになった。幾日かかるか判らないが、とにかく私にとっては「緊急事態発生」である。兎に角、全ての作業を止めて、この問題を解決しなければ先に進めない羽目になった。従って、別のHPにある石碑紹介の中の銘文中には、この間違った「戮力」が使用されている。尤も、そこに掲載してある石碑銘文はその殆どが最終校正済みではなく、その直前のもので間違いが多いことを私だけが知っているという問題ありの難物である(無断でそれらを使用すると、後で私の作成した銘文の盗用であることが判る)から、こちらの方はあまり気にしないことにして修正する予定も当分は無い。無断で使用して「間違っている」と怒っても私の責任ではない。常識のある人なら、遠方でどうしても使いたかったりするなら、その目的等の旨を連絡してくるので、その時は最終校了済みの最新版を別途に知らせることにしているからだ。
それにしても、今の私の気分は今日の天候よろしく、完全なるブルーである。さあ、気分を一新してこれから始めよう!!

コメント

森保定撰文で成瀬温揮毫の足利市にある飯塚瀬北翁の碑陰記の拓本画像紹介です。

2017年05月23日 | Weblog

これは2014年正月5日に調査し、拓本も採ったのだが今ひとつ納得できるものではなかったので、思い切って再拓に行って来ました。それにしても、この碑を手拓するにあたってまずは全体に覆いかぶさっている蔓草の除去作業が大変でした。碑表も、本当なら再拓したかったのだが、この日は他にも手拓したい石碑があったので次回に繰り越しました。
それにしても、森先生の銘文は難しい。理解するまでに勉強させて頂きました。100年以上も前の素晴らしい先生の作品に出会えて、本当に私は幸せ者だと改めて感激しました。また、書も流石に成瀬先生だけに見惚れてしまいます。

コメント

今年の五月連休は、栃木県田沼町の窪世祥刻字、包孝祀創建碑手拓だけでした

2017年05月06日 | Weblog

調査や銘文清書用の借拓本は既に採ってあるのだが、今回は連休中ののんびりした気分で保存用の拓本採取が目的で栃木県田沼町の戸奈良まで出かける。連休中の中でも、特に手拓に適した日を選んで来ただけに手拓には早朝のすがすがしい空気に包まれた境内は最高条件となっている。そんな、田舎の空気が充分に味わえるのを良いことに、自宅から約1時間のドライブを終えた老体を休めようとまずは一休み。それから御婦人に拓本採りの快諾を頂いてから手拓開始。全紙の画仙紙があったとしても上下左右が1枚で取れないのは百も承知なので、今回も半切用紙でまずは上部の文様から手拓開始。もちろん、脚立を利用しての手拓作業となる。新緑の中で、ウグイスの鳴き声を聞きながらの手拓作業は、もう別天地へ来ているような爽快感で、タンポの響きもリズミカルで気分悪かろう筈もない。上部篆額途中まで採った段階で、またしても一休み。コーヒーを飲みながら、周辺の山里風景をタップリと味わってから、下部の銘文手拓開始。それを三回繰り返して、何とか手拓作業が完成したのは11時を過ぎていた。
お礼のご挨拶をしてから、またしても境内でのんびり。少し早いが、今回はここで早めの昼食とする。なにしろ今日の目的は終了したのだからと、更にここでそれから1時間ものんびりしてしまった。半年に一度くらいは、こんな余裕のある拓本採りも良かろうと、まあ納得できる手拓した用紙5枚を車に入れてこの地を離れる。

コメント