昨日10月25日は、今年の春以来の、東京「多摩石仏の会」の皆様と一緒に栃木県佐野市から岩舟町~大平町方面の石仏巡りでした。
朝10時に、JR両毛線佐野駅集合。全員が集まって直ぐに佐野市犬伏下町の浄土宗大庵寺へ向かう。この地の目的は万治二年銘の六観音像で、准胝観音或いは不空羂索観音像に替えて揚柳観音像を配していることである。その、滅多に見られない六観音の取り合わせに皆さん興味津々と見ていただけた。また、同寺には血盆経に関した如意輪観音像が二基あり、加えて立像の寛文二年銘の如意輪観音像なども見ていただく。その他、興味ある碑塔も沢山あるのだが、今回は時間が限られていることもあって次の岩舟町天台宗大慈寺へ向かう。ここでは、失礼と思いつつも住職に挨拶へお伺いすれば時間が大きくかかってしまうので、顔を見せぬまま融通念佛塔を調査、ついでにその脇に並んでいる延宝四年銘の大きな舟形光背石六体六地蔵を見る。掲載した写真は、その六地蔵を調査している皆さんのスナップ写真です。
ここの調査終了後、足早に去って岩舟地蔵発祥の地である高勝寺へ向かう。この高勝寺には、板碑等を除いても私が調べた範囲だけで138基余の石仏があるので適当に選別しつつ眺め、主に岩舟高勝寺本尊の写しである石像地蔵丸彫と、南側の石段途中にある舟乗り地蔵像を見て、そこの急で長い石段に腰掛けて思い思いの昼食とする。この三箇寺だけで午前中は瞬く間に過ぎてしまい、高勝寺を出立したのは既に午後の1時を過ぎていた。
午後の部は、主に大平町の石仏巡りとなるが、その前に高勝寺を降りた裾にある金山神社へ立ち寄り、延宝の青面金剛像に立ち寄る。ここで、皆でその庚申塔の後に並んで本日の記念写真を撮影。
その後は、過去に延宝の紀年銘を確認するに手こずった三猿塔を案内したり、融通念佛塔や滅多に見られない偈頌塔を訪ねたりと精力的に動き回り、本日の最終地点となる大平町牛久の雷電神社へ到着。晴れていれば、午後の陽に映える庚申塔群の良い写真が撮れるのだが、生憎のドンヨリした曇り空に加え、既に夕刻が迫った時間では望む術もなく、それらの庚申塔を調査終えた段階で、本日の石仏巡りを終了とする。やはり、最初に予定していたコースの半分ほどは未消化に終わってしまった。そして帰りは、JR両毛線栃木駅まで送り、そこで楽しい一日を終え、又の再会を約して別れる。
本来なら秋の景色を味わいながらの石仏巡り予定だったが、生憎の一日を通しての曇り空だった。まあ、それでも雨が降らなかったのを良しとしよう。それにしても「多摩石仏の会」の皆様との石仏巡りは、毎回毎回楽しい時間を共有出来る。参加されました皆様と、いつも快く皆様のために協力をして下さる高橋久敬様に感謝、感謝の一日であった。
今回の参加者;多摩石仏の会より
犬飼康裕会長・多田治昭・加地 勝・五島公太郎・大窪俊彦・新井淳子各氏に
現地で皆様を車で案内していただいた、佐野市在住の高橋久敬氏に私の計8名でした。