今日は、朝から雨になると思いつつも何もすることのない?私としては、おとなしく家に居ることが出来ずに出かける。しかし流石の私も今日ばかりは遠出をする気にもなれず、片道30分ばかりの栃木市へ向かう。まずは過去に調べていたが、どうにも江戸前期と考えられる庚申塔を再度見たくて、平柳町2丁目へ!。何度見ても無い紀年銘を今回も探すが、やはりどこにもないものはない。青面金剛像容からして延宝庚申塔と推定されるがどうすることも出来ずに、写真だけは再度撮影する。この頃から、空はいよいよ怪しくなって小雨がパラついてくる。
そこで、今回の目的地である大宮町へ入る。雨はますます降り出す中をうろうろして大宮北小学校の脇を通ると、偶然に道路沿い奥に何か判らぬ碑塔が1基だけ建っている。狭い道路へ車を置いて見に行けば、それはまさしく庚申塔。しかも駒型の二猿二鶏像容塔である。これは、この地方の寛文物。早速近くの小学校駐車場へ車を置いて、調査道具一式を抱えて対峙する。まずは、雨が弱い今の内にと写真撮影。銘文は、なにぶんにも摩耗が進んでいて肉眼では判読できない。水洗いに多くの時間を割いて、何とか採拓出来るようにする。そして読んでみれば、それはやはり寛文八年塔であった。
そんなところへ、おばさんが二人で現れ、これは「馬頭さん」として祀っているが、何なんですか?と、尋ねられる。聞けば、毎年の初午には藁ボッチに赤飯を詰めて納めてお詣りしているという。そこで庚申塔の説明をして、どうせ祀っているのならと毎年の初庚申日と終庚申の日にお詣りすると良いと教えてあげる。念のため、この場所の名前を聞くと「庚申様」というから、一人で笑ってしまう。
この頃から本格的な雨となり、おばあさん達も帰っていってしまう。採拓が終わっていないのだが、雨が強くて拓本取りどころではなくなる。場所が判ったのだから、良しとして調査途中で断念して車へ戻る。時間はまだ10時過ぎ。雨が降り出したとはいえ、帰るには余りにも早すぎるので、次回のために大宮町内を偵察することにして、あちこちの小道を巡って碑塔類の所在探しに入る。雨は益々強くなり、諦めて帰路に就こうとして通った塚田地区で、大きな碑塔群を目にする。そこには、延宝青面金剛塔を初めとして様々な碑塔が行儀よく並んでいるが、この雨ではどうすることも出来ずに延宝庚申塔だけを眺めて12時少し過ぎに帰宅する。
そして早速、春日部市の中山氏に未発表の寛文庚申塔を見つけた旨を電話する。ここの所の栃木市での中山氏未実見江戸前期庚申塔が幾つか溜まったので、恐らく中山氏のことだから戸向氏を誘って見に行くだろうと所在地地図などを郵送することにしよう。
それにしても、栃木市は面白いところである。過去に立派な栃木市の野仏として悉皆調査本があるのに、それに抜けている江戸前期までの庚申塔がぞくぞく見つかるのだから!。やはり、他人様の調べた地域も自分の足で実際に見て歩く必要性を今日も再実感した次第である。あ~あ、それにしても早く週末が晴天という天候周期に早くならないかな~。足利市へも行きたくてウズウズしているのに!
そうそう、来週3日は那須町の馬頭さん巡りです。今年初めての楽しい那須方面行きですので、今度の週末こそ晴れてくれますよう、今からタンポならぬてるてる坊主を作ってお祈りすることにしましょう!。
そこで、今回の目的地である大宮町へ入る。雨はますます降り出す中をうろうろして大宮北小学校の脇を通ると、偶然に道路沿い奥に何か判らぬ碑塔が1基だけ建っている。狭い道路へ車を置いて見に行けば、それはまさしく庚申塔。しかも駒型の二猿二鶏像容塔である。これは、この地方の寛文物。早速近くの小学校駐車場へ車を置いて、調査道具一式を抱えて対峙する。まずは、雨が弱い今の内にと写真撮影。銘文は、なにぶんにも摩耗が進んでいて肉眼では判読できない。水洗いに多くの時間を割いて、何とか採拓出来るようにする。そして読んでみれば、それはやはり寛文八年塔であった。
そんなところへ、おばさんが二人で現れ、これは「馬頭さん」として祀っているが、何なんですか?と、尋ねられる。聞けば、毎年の初午には藁ボッチに赤飯を詰めて納めてお詣りしているという。そこで庚申塔の説明をして、どうせ祀っているのならと毎年の初庚申日と終庚申の日にお詣りすると良いと教えてあげる。念のため、この場所の名前を聞くと「庚申様」というから、一人で笑ってしまう。
この頃から本格的な雨となり、おばあさん達も帰っていってしまう。採拓が終わっていないのだが、雨が強くて拓本取りどころではなくなる。場所が判ったのだから、良しとして調査途中で断念して車へ戻る。時間はまだ10時過ぎ。雨が降り出したとはいえ、帰るには余りにも早すぎるので、次回のために大宮町内を偵察することにして、あちこちの小道を巡って碑塔類の所在探しに入る。雨は益々強くなり、諦めて帰路に就こうとして通った塚田地区で、大きな碑塔群を目にする。そこには、延宝青面金剛塔を初めとして様々な碑塔が行儀よく並んでいるが、この雨ではどうすることも出来ずに延宝庚申塔だけを眺めて12時少し過ぎに帰宅する。
そして早速、春日部市の中山氏に未発表の寛文庚申塔を見つけた旨を電話する。ここの所の栃木市での中山氏未実見江戸前期庚申塔が幾つか溜まったので、恐らく中山氏のことだから戸向氏を誘って見に行くだろうと所在地地図などを郵送することにしよう。
それにしても、栃木市は面白いところである。過去に立派な栃木市の野仏として悉皆調査本があるのに、それに抜けている江戸前期までの庚申塔がぞくぞく見つかるのだから!。やはり、他人様の調べた地域も自分の足で実際に見て歩く必要性を今日も再実感した次第である。あ~あ、それにしても早く週末が晴天という天候周期に早くならないかな~。足利市へも行きたくてウズウズしているのに!
そうそう、来週3日は那須町の馬頭さん巡りです。今年初めての楽しい那須方面行きですので、今度の週末こそ晴れてくれますよう、今からタンポならぬてるてる坊主を作ってお祈りすることにしましょう!。