
今年(2015年)の映画賞の先陣を切って、10月18日、
第39回山路ふみ子映画賞が発表された。
作品賞に当たる山路ふみ子映画賞は、
是枝裕和監督が4姉妹の心の機微をすくいとった『海街diary』に決定。
同作で、異母妹の末っ子を演じた広瀬すずが新人女優賞に輝いた。
女優賞は、
『あん』でハンセン病を患いながらも現実社会と真摯に向き合う老女を演じ、
『海街diary』、『駆込み女と駆出し男』でも重要な役どころを担った樹木希林が受賞した。
(個人賞は“山路ふみ子”にちなんで女優賞のみを表彰している)
私は、このブログ「一日の王」で、
今年前半の邦画ベスト3として、
『駆込み女と駆出し男』(5月16日公開)
『あん』(5月30日公開)
『海街diary』(6月13日公開)
を挙げたが、
この中の『海街diary』が作品賞を受賞したのは嬉しい。
そして、『あん』のレビューで、
映画『あん』は、
樹木希林のための映画であった。
今年前半の邦画ベスト3として挙げた
『駆込み女と駆出し男』『あん』『海街diary』
の3作すべてに、樹木希林は出演している。
中でも『あん』は主演である。
しかも、素晴らしい演技をしている。
「樹木希林のための映画であった」と言う所以である。
と書いたが、
樹木希林が女優賞を受賞したのも嬉しかった。
11月26日、
今度は、第40回報知映画賞が発表された。
作品賞・邦画部門:『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』
作品賞・海外部門:『おみおくりの作法』
主演男優賞:佐藤浩市『起終点駅 ターミナル』『愛を積むひと』
主演女優賞:樹木希林『あん』
助演男優賞:本木雅弘『日本のいちばん長い日』『天空の蜂』
助演女優賞:吉田羊『ビリギャル』『愛を積むひと』『脳内ボイズンベリー』『HERO』
監督賞:堤幸彦『天空の蜂』『イニシエーション・ラブ』
新人賞:広瀬すず『海街diary』
新人賞:藤野涼子『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』
特別賞:本広克行『幕が上がる』
特別賞:ももいろクローバーZ『幕が上がる』
※赤字の映画タイトルはクリックするとレビューが読めます。
作品賞(邦画部門)が、
『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』
であったことに、ちょっと驚いた。
私は「秀作」として評価していたが、
「Yahoo!映画」などでは、それほど評価されていなかったし、
むしろ批判的な意見が多かったからだ。
主演女優賞の、
樹木希林(『あん』)と、
助演女優賞の、
吉田羊(『ビリギャル』『愛を積むひと』『脳内ボイズンベリー』『HERO』)と、
新人賞の、
広瀬すず(『海街diary』)
藤野涼子(『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』)
は、ある程度、納得。
私も高評価していたからだ。
特別賞を、『幕が上がる』の、
本広克行監督と、
ももいろクローバーZが受賞していたのも嬉しかった。
アイドルが主演した映画でありながら、
これまた素晴らしい作品であったからだ。
この他の映画賞も、
これから続々と発表されるであろうが、
先日見た、
橋口亮輔監督作品『恋人たち』が、
あまりに素晴らしく、
今回のタイトルにも記しているように、
「今年後半No.1の傑作」
と思ったので、
急遽、レビューを書くことにした。
本当は、私の拙いレビューなど読まないで、
すぐにでも映画館へ直行して欲しいのだが、
上映館も少なく、
情報が多くない作品なので、
私なりの感想を少しだけ書いてみたい。
橋口亮輔監督といえば、
思い出すのは、『ぐるりのこと。』(2008年)。
7年前に書いたレビューは、
今、読み返してみると、お恥ずかしい限りだが、(笑)
とても質の良い作品として、
今でも私の記憶に残っている。
リリー・フランキーを、
演技者として最初に認知したのも、この作品であった。
その『ぐるりのこと。』から7年ぶりの新作が、
本作『恋人たち』なのである。
東京の都心部に張り巡らされた高速道路の下。
アツシ(篠原篤)が橋梁のコンクリートに耳をぴたりとつけ、
ハンマーでノックしている。
機械よりも正確な聴力を持つ彼の仕事は、
ノック音の響きで破損場所を探し当てる橋梁点検。
健康保険料も支払えないほどに貧しい生活を送る彼には、
数年前に愛する妻を通り魔殺人事件で失ったという、つらく重い過去がある。

郊外に住む瞳子(成嶋瞳子)は、
自分に関心をもたない夫と、そりが合わない姑と3人で暮らしている。
同じ弁当屋に勤めるパート仲間と共に皇族の追っかけをすることと、
小説や漫画を描いたりすることだけが楽しみだ。
ある日パート先にやってくる取引先の男とひょんなことから親しくなり、
瞳子の平凡な毎日は刺激に満ちたものとなる。

企業を対象にした弁護士事務所に務める四ノ宮(池田良)は、
エリートである自分が他者より優れていることに疑いをもたない完璧主義者。
高級マンションで一緒に暮らす同性の恋人への態度も、常に威圧的だ。
そんな彼には学生時代から秘かに想いを寄せている男友だちがいるが、
ささいな出来事がきっかけで誤解を招いてしまう。

3人はもがき苦しみながらも、
人とのつながりを通し、かけがえのないものに気付いていく……

たった3人の物語であるのだが、
映画を見終わると、
今という時代がくっきりと浮かび上がるという、
実に不思議な映画であった。

3つ物語の主人公である、
アツシを演じた篠原篤、

瞳子を演じた成嶋瞳子、

四ノ宮を演じた池田良の3人は、

オーディションで選出された、
ほとんど無名に近い新人で、
橋口監督が彼らにあわせてキャラクターをあて書きしたとか。
その脚本が素晴らしいし、
橋口監督の演出力も図抜けていた。
演じている篠原篤、成嶋瞳子、池田良も実に上手かった。
俳優としては、新人らしい初々しさを保ちつつ、
映画の中では、ふてぶてしささえ感じるほどに役にハマっていた。

これら新人俳優を、
リリー・フランキー、

光石研、

安藤玉恵、

木野花、

内田慈、

山中聡、

黒田大輔ら、

実力派が脇でしっかり支えているのだから、
映画ファンには“たまらない映画”であった。
この映画は『恋人たち』というタイトルであるが、
一般的な恋愛映画とは違う。
なぜ『恋人たち』というタイトルにしたのか、
橋口監督は、次のように語る。
初めてワークショップをやった時に、何をするか悩んだんです。特にその頃は、いろいろあって映画を撮るのもバカバカしく感じてしまうような心境で。詐欺被害に遭って、それを訴えることもできない。17歳で自主映画を始めてからずっと、人にものを伝えるために表現をやってきましたが、それも意味がないなと思うような出来事が続いて。暗いトンネルの中を歩いているような時期でした。そんな時に4日間のワークショップの話をいただきました。夢を目指して来ている若者たちに何が言えるんだろうと思いましたが、今まで経験してきたことは間違いないからと思って、すべて話したんです。そして、恋愛劇をやりましょうと伝えました。
人間、好きな人と向き合った時は嘘がつけなかったり、丸裸になった感じがするでしょう。本当の恋愛ではなくても、一人の相手と4日間真剣に向き合って、丸裸になって気持ちのやりとりをする中で何か生まれるんじゃないかと思ったんです。そして20組ほどカップルを作って始めてみたら、どんなに地味なカップルでも、気持ちが通いあっていると演技の中にもいろんな心の動きが見えて面白いんです。これをそのまま撮って、いろんな恋人たちの姿を集めていき、それを俯瞰で見たときに今の日本人の姿が見えたら面白いだろうなと。
今の日本映画は、とても恋愛ものが多いです。恋愛ものは間口が広いじゃないですか。その中で僕はあまり分りやすくない恋愛ものをやってみようかなと。主人公の3人は、それぞれ相手不在の“恋人たち”というか。そんな彼らの胸の内が見えてくるんです。映画には他にもさまざまなカップルが登場しますが、いろんな恋人たちの姿越しに今の日本が見えてくれば。そういう気持ちを込めました。
それは、見事に成功していると思った。
私は、先ほど、
たった3人の物語であるのだが、
映画を見終わると、
今という時代がくっきりと浮かび上がるという、
実に不思議な映画であった。
と書いたが、
小さな小さな3つの物語であるのに、
映画鑑賞後には、今の日本が見えてくる映画であったのだ。
写真にしても、俳句にしても、絵画にしても、音楽にしても、
“一瞬”を“永遠”にしてしまう芸術であるが、
映画もまたそうである……と感じた。
140分の上映時間が、
普遍的な永遠へと繋がっているように思えたからだ。

この映画には、
素晴らしいシーンが多いのだが、
3人の主人公、そして脇役陣にも、
少し長めの独白の場面があり、
これが秀逸であった。
登場人物たちの言葉は、
見事と言っていいほどに相手に通じない。
アツシと役所の職員、アツシと弁護士、
瞳子と夫、瞳子と姑、
四ノ宮と依頼人、四ノ宮と親友、
それぞれが、それぞれの相手に発する言葉がむなしく宙に舞う。
それゆえの独白。
鬼気迫る演技というより、
なにかが憑依したような独白であったような気がした。
なかでも、アツシの(殺された)妻の姉を演じた女優の演技がとても印象に残った。
公式サイトのキャストに、写真もプロフィールもなかったので、
出演者の名前で検索してみたら、和田瑠子という女優であった。

和田瑠子(わだるりこ)
1979年7月17日千葉県生まれ。
東京農業大学短期大学部卒業後、
ENBUゼミ「ブルースカイクラス」を受講、初めて演劇を始める。
2002年より劇団「演劇弁当猫ニャー」のオーディションを受け、
以降2004年解散までの全ての公演に参加。現在はフリー。
主な出演作品に、
舞台『水性音楽「フレンズヘブン」』『ナギプロ・パーティ単独ライブ「女の子のミカタDX」』、
NHK連続ドラマ小説『純情きらり』『美男(イケメン)ですね』、フジテレビ『フリーター、家を買う。』、日本テレビ『ドン・キホーテ』、CM『コーセー「雪肌粋」』ほか。
出演シーンは少ないけれど、
こうした俳優たちの熱演が散りばめられていて、
一瞬も見逃すことのできない傑作に仕上がっている。
最後に、橋口監督のこの言葉で、このレビューを終えようと思う。
震災の被害に遭われた方や、犯罪や事故の被害に遭われた方は、僕を含めてですが二度と立ち上がれないくらい傷つくんです。そこから人生を立て直していくことがどんなに厳しいことか。僕自身、こうして映画を撮らせていただいても、まだどこかで立ち直ってない感じがします。そんな中でどうやって明日に繋げていくかといえば、今日もごはんを食べられたとか、誰かと一緒に笑えたとか、そういう小さなことの積み重ねだと思います。そうして無理やりにでも笑って、今日を明日に繋いで生きていく。映画のラストシーンではそれが表現されています。救いと言っては大げさかもしれませんが、この映画をご覧になった方にとって、飲み込めない悔しい思いを持ちながら生きているのは自分だけじゃないんだと、心の支えになるような作品であればと思います。

絶望と再生を描いた、
橋口亮輔監督の7年ぶりの新作にして、傑作。
あなたも、ぜひ……
第39回山路ふみ子映画賞が発表された。
作品賞に当たる山路ふみ子映画賞は、
是枝裕和監督が4姉妹の心の機微をすくいとった『海街diary』に決定。
同作で、異母妹の末っ子を演じた広瀬すずが新人女優賞に輝いた。
女優賞は、
『あん』でハンセン病を患いながらも現実社会と真摯に向き合う老女を演じ、
『海街diary』、『駆込み女と駆出し男』でも重要な役どころを担った樹木希林が受賞した。
(個人賞は“山路ふみ子”にちなんで女優賞のみを表彰している)
私は、このブログ「一日の王」で、
今年前半の邦画ベスト3として、
『駆込み女と駆出し男』(5月16日公開)
『あん』(5月30日公開)
『海街diary』(6月13日公開)
を挙げたが、
この中の『海街diary』が作品賞を受賞したのは嬉しい。
そして、『あん』のレビューで、
映画『あん』は、
樹木希林のための映画であった。
今年前半の邦画ベスト3として挙げた
『駆込み女と駆出し男』『あん』『海街diary』
の3作すべてに、樹木希林は出演している。
中でも『あん』は主演である。
しかも、素晴らしい演技をしている。
「樹木希林のための映画であった」と言う所以である。
と書いたが、
樹木希林が女優賞を受賞したのも嬉しかった。
11月26日、
今度は、第40回報知映画賞が発表された。
作品賞・邦画部門:『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』
作品賞・海外部門:『おみおくりの作法』
主演男優賞:佐藤浩市『起終点駅 ターミナル』『愛を積むひと』
主演女優賞:樹木希林『あん』
助演男優賞:本木雅弘『日本のいちばん長い日』『天空の蜂』
助演女優賞:吉田羊『ビリギャル』『愛を積むひと』『脳内ボイズンベリー』『HERO』
監督賞:堤幸彦『天空の蜂』『イニシエーション・ラブ』
新人賞:広瀬すず『海街diary』
新人賞:藤野涼子『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』
特別賞:本広克行『幕が上がる』
特別賞:ももいろクローバーZ『幕が上がる』
※赤字の映画タイトルはクリックするとレビューが読めます。
作品賞(邦画部門)が、
『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』
であったことに、ちょっと驚いた。
私は「秀作」として評価していたが、
「Yahoo!映画」などでは、それほど評価されていなかったし、
むしろ批判的な意見が多かったからだ。
主演女優賞の、
樹木希林(『あん』)と、
助演女優賞の、
吉田羊(『ビリギャル』『愛を積むひと』『脳内ボイズンベリー』『HERO』)と、
新人賞の、
広瀬すず(『海街diary』)
藤野涼子(『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』)
は、ある程度、納得。
私も高評価していたからだ。
特別賞を、『幕が上がる』の、
本広克行監督と、
ももいろクローバーZが受賞していたのも嬉しかった。
アイドルが主演した映画でありながら、
これまた素晴らしい作品であったからだ。
この他の映画賞も、
これから続々と発表されるであろうが、
先日見た、
橋口亮輔監督作品『恋人たち』が、
あまりに素晴らしく、
今回のタイトルにも記しているように、
「今年後半No.1の傑作」
と思ったので、
急遽、レビューを書くことにした。
本当は、私の拙いレビューなど読まないで、
すぐにでも映画館へ直行して欲しいのだが、
上映館も少なく、
情報が多くない作品なので、
私なりの感想を少しだけ書いてみたい。
橋口亮輔監督といえば、
思い出すのは、『ぐるりのこと。』(2008年)。
7年前に書いたレビューは、
今、読み返してみると、お恥ずかしい限りだが、(笑)
とても質の良い作品として、
今でも私の記憶に残っている。
リリー・フランキーを、
演技者として最初に認知したのも、この作品であった。
その『ぐるりのこと。』から7年ぶりの新作が、
本作『恋人たち』なのである。
東京の都心部に張り巡らされた高速道路の下。
アツシ(篠原篤)が橋梁のコンクリートに耳をぴたりとつけ、
ハンマーでノックしている。
機械よりも正確な聴力を持つ彼の仕事は、
ノック音の響きで破損場所を探し当てる橋梁点検。
健康保険料も支払えないほどに貧しい生活を送る彼には、
数年前に愛する妻を通り魔殺人事件で失ったという、つらく重い過去がある。

郊外に住む瞳子(成嶋瞳子)は、
自分に関心をもたない夫と、そりが合わない姑と3人で暮らしている。
同じ弁当屋に勤めるパート仲間と共に皇族の追っかけをすることと、
小説や漫画を描いたりすることだけが楽しみだ。
ある日パート先にやってくる取引先の男とひょんなことから親しくなり、
瞳子の平凡な毎日は刺激に満ちたものとなる。

企業を対象にした弁護士事務所に務める四ノ宮(池田良)は、
エリートである自分が他者より優れていることに疑いをもたない完璧主義者。
高級マンションで一緒に暮らす同性の恋人への態度も、常に威圧的だ。
そんな彼には学生時代から秘かに想いを寄せている男友だちがいるが、
ささいな出来事がきっかけで誤解を招いてしまう。

3人はもがき苦しみながらも、
人とのつながりを通し、かけがえのないものに気付いていく……

たった3人の物語であるのだが、
映画を見終わると、
今という時代がくっきりと浮かび上がるという、
実に不思議な映画であった。

3つ物語の主人公である、
アツシを演じた篠原篤、

瞳子を演じた成嶋瞳子、

四ノ宮を演じた池田良の3人は、

オーディションで選出された、
ほとんど無名に近い新人で、
橋口監督が彼らにあわせてキャラクターをあて書きしたとか。
その脚本が素晴らしいし、
橋口監督の演出力も図抜けていた。
演じている篠原篤、成嶋瞳子、池田良も実に上手かった。
俳優としては、新人らしい初々しさを保ちつつ、
映画の中では、ふてぶてしささえ感じるほどに役にハマっていた。

これら新人俳優を、
リリー・フランキー、

光石研、

安藤玉恵、

木野花、

内田慈、

山中聡、

黒田大輔ら、

実力派が脇でしっかり支えているのだから、
映画ファンには“たまらない映画”であった。
この映画は『恋人たち』というタイトルであるが、
一般的な恋愛映画とは違う。
なぜ『恋人たち』というタイトルにしたのか、
橋口監督は、次のように語る。
初めてワークショップをやった時に、何をするか悩んだんです。特にその頃は、いろいろあって映画を撮るのもバカバカしく感じてしまうような心境で。詐欺被害に遭って、それを訴えることもできない。17歳で自主映画を始めてからずっと、人にものを伝えるために表現をやってきましたが、それも意味がないなと思うような出来事が続いて。暗いトンネルの中を歩いているような時期でした。そんな時に4日間のワークショップの話をいただきました。夢を目指して来ている若者たちに何が言えるんだろうと思いましたが、今まで経験してきたことは間違いないからと思って、すべて話したんです。そして、恋愛劇をやりましょうと伝えました。
人間、好きな人と向き合った時は嘘がつけなかったり、丸裸になった感じがするでしょう。本当の恋愛ではなくても、一人の相手と4日間真剣に向き合って、丸裸になって気持ちのやりとりをする中で何か生まれるんじゃないかと思ったんです。そして20組ほどカップルを作って始めてみたら、どんなに地味なカップルでも、気持ちが通いあっていると演技の中にもいろんな心の動きが見えて面白いんです。これをそのまま撮って、いろんな恋人たちの姿を集めていき、それを俯瞰で見たときに今の日本人の姿が見えたら面白いだろうなと。
今の日本映画は、とても恋愛ものが多いです。恋愛ものは間口が広いじゃないですか。その中で僕はあまり分りやすくない恋愛ものをやってみようかなと。主人公の3人は、それぞれ相手不在の“恋人たち”というか。そんな彼らの胸の内が見えてくるんです。映画には他にもさまざまなカップルが登場しますが、いろんな恋人たちの姿越しに今の日本が見えてくれば。そういう気持ちを込めました。
それは、見事に成功していると思った。
私は、先ほど、
たった3人の物語であるのだが、
映画を見終わると、
今という時代がくっきりと浮かび上がるという、
実に不思議な映画であった。
と書いたが、
小さな小さな3つの物語であるのに、
映画鑑賞後には、今の日本が見えてくる映画であったのだ。
写真にしても、俳句にしても、絵画にしても、音楽にしても、
“一瞬”を“永遠”にしてしまう芸術であるが、
映画もまたそうである……と感じた。
140分の上映時間が、
普遍的な永遠へと繋がっているように思えたからだ。

この映画には、
素晴らしいシーンが多いのだが、
3人の主人公、そして脇役陣にも、
少し長めの独白の場面があり、
これが秀逸であった。
登場人物たちの言葉は、
見事と言っていいほどに相手に通じない。
アツシと役所の職員、アツシと弁護士、
瞳子と夫、瞳子と姑、
四ノ宮と依頼人、四ノ宮と親友、
それぞれが、それぞれの相手に発する言葉がむなしく宙に舞う。
それゆえの独白。
鬼気迫る演技というより、
なにかが憑依したような独白であったような気がした。
なかでも、アツシの(殺された)妻の姉を演じた女優の演技がとても印象に残った。
公式サイトのキャストに、写真もプロフィールもなかったので、
出演者の名前で検索してみたら、和田瑠子という女優であった。

和田瑠子(わだるりこ)
1979年7月17日千葉県生まれ。
東京農業大学短期大学部卒業後、
ENBUゼミ「ブルースカイクラス」を受講、初めて演劇を始める。
2002年より劇団「演劇弁当猫ニャー」のオーディションを受け、
以降2004年解散までの全ての公演に参加。現在はフリー。
主な出演作品に、
舞台『水性音楽「フレンズヘブン」』『ナギプロ・パーティ単独ライブ「女の子のミカタDX」』、
NHK連続ドラマ小説『純情きらり』『美男(イケメン)ですね』、フジテレビ『フリーター、家を買う。』、日本テレビ『ドン・キホーテ』、CM『コーセー「雪肌粋」』ほか。
出演シーンは少ないけれど、
こうした俳優たちの熱演が散りばめられていて、
一瞬も見逃すことのできない傑作に仕上がっている。
最後に、橋口監督のこの言葉で、このレビューを終えようと思う。
震災の被害に遭われた方や、犯罪や事故の被害に遭われた方は、僕を含めてですが二度と立ち上がれないくらい傷つくんです。そこから人生を立て直していくことがどんなに厳しいことか。僕自身、こうして映画を撮らせていただいても、まだどこかで立ち直ってない感じがします。そんな中でどうやって明日に繋げていくかといえば、今日もごはんを食べられたとか、誰かと一緒に笑えたとか、そういう小さなことの積み重ねだと思います。そうして無理やりにでも笑って、今日を明日に繋いで生きていく。映画のラストシーンではそれが表現されています。救いと言っては大げさかもしれませんが、この映画をご覧になった方にとって、飲み込めない悔しい思いを持ちながら生きているのは自分だけじゃないんだと、心の支えになるような作品であればと思います。

絶望と再生を描いた、
橋口亮輔監督の7年ぶりの新作にして、傑作。
あなたも、ぜひ……