一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『猿楽町で会いましょう』……金子大地、石川瑠華、小西桜子が好い、傑作……

2021年06月10日 | 映画


本作『猿楽町で会いましょう』の存在を知ったのは、
昨年(2020年)10月に行われた「くまもと復興映画祭」においてだった。
「くまもと復興映画祭」は毎年4月に開催されているのだが、
昨年は新型コロナウィルスの影響で、10月に延期して行われた。
私自身は、県外へ出ることは“危険”と判断したので、
昨年の「くまもと復興映画祭」には行かなかったのだが、
どんな作品が上映され、
どんなゲストがティーチインに参加するのか、
気になって調べていたのだった。
『猿楽町で会いましょう』は、
「3分以内の予告編」映像のみで審査を行う、
「未完成映画予告編大賞MI-CAN」のグランプリ(第2回)を受賞しており、
グランプリ受賞作に与えられることになっている本編の制作費3000万円を使って作ったのが、本作というわけだ。
これから作ろうとしている映画のプレゼンとなるような「予告編」を先に作り、競わせ、
グランプリを受賞した者(第2回受賞者は児山隆)に3000万円を与えて本編を作らせる……
なんともユニークな賞だが、
まずは、そのグランプリを受賞した予告編を見たいと思った。


なるほど、
〈本編も見てみたい!〉
と思わせる予告編になっており、興味をそそられた。
賞の応募条件に、
「タイトルおよび撮影場所に任意の“限られたエリア(地域)”を入れて制作すること」
とあることから、
本作には「猿楽町」という地名が入っているのだが、
『猿楽町で会いましょう』というタイトルで思い出すのは、
私が幼少の頃によく聴いたフランク永井の「有楽町で逢いましょう」(1957年)。


若い人は知らないと思うが、昔はかなり流行った曲で、
中高年世代で知らない人はいないと思う。
『有楽町で逢いましょう』(1958年1月15日公開)という映画も作られており、


その「有楽町で逢いましょう」とも関係があるのか、ないのか……
児山隆(1979年生まれ)は40代の監督なので、
ギリギリ知っている世代か……とも考えられ、
『猿楽町で会いましょう』というタイトルだけで、
様々なことを思い巡らせられた。
児山隆の長編監督デビュー作となった本作『猿楽町で会いましょう』は、
「未完成映画予告編大賞MI-CAN」応募時の予告編に出演していた、
田中ユカ役の石川瑠華はそのままに、
石川瑠華とW主演となる小山田修司役に金子大地を迎え、
栁俊太郎、小西桜子、前野健太らが脇を固めている。
知っている俳優は金子大地と小西桜子のみで、
そのほとんどが知らない俳優ばかりだったのであるが、
根拠はないのだが、“傑作”の予感がしたので、
ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



小山田修司(金子大地)は、
フォトスタジオアシスタントから独立した、駆け出しのカメラマン。


売り込みに行った雑誌編集者の嵩村秋彦(前野健太)には、
「作品にパッションを感じない。ちゃんと人を好きになったことがある?」
と厳しく意見される。


仕事の代わりに嵩村に紹介されたのは、
インスタグラム用の写真を撮影してくれるカメラマンを探していた、読者モデルの田中ユカ(石川瑠華)だった。
渋谷でユカと待ち合わせた小山田は、


作り笑顔のユカを何気ない会話でリラックスさせながら撮影してゆく。


ユカに彼氏がいないと知った小山田は、
写真チェックを口実に彼女を猿楽町のアパートに誘う。


なにもしない約束でユカを泊めるが、強引に迫って彼女に泣かれてしまった。
目を覚ました時にはユカの姿はなく、
小山田の撮った写真だけはしっかりとユカのインスタグラムにアップされていた。
ユカのインスタをフォローしていた小山田は、
彼女が新しいプロフィール写真を撮りたいという書き込みを見て、
チャンス到来とばかりに、撮影をさせてほしいとLINEメッセージを送る。
なんとか撮影にこぎつけて、ふたたびユカを部屋に誘うが、
彼女のペースではぐらかされてなにごともないまま別れてしまう。
しかし、小山田が撮影したユカの写真は編集者にも評判が高く、
彼女の存在は小山田にとってかけがけのないものになっていた。


猿楽橋でユカへの好意を正直に告げる小山田に、ユカはこう口にする。
「好きだったこととか、会いたかったこととか、人って忘れちゃうじゃん」
どこか哀しげなユカの言葉に、
小山田はもっとユカを撮りたい、自分ならきっと本当のユカを撮れるのではないかと思いを伝える。
小山田の言葉に笑顔を見せたユカは、彼の告白を受け入れて、
「よろしくお願いします」
と答えた。
その日から、ユカは小山田にとって最愛の被写体となった。
会うごとに彼女のさまざまな表情に魅了されながら、街中でシャッターを切り続けた。


しかし、ユカは決して小山田を自分の部屋には入れようとしない。
小山田は、ユカとの間にまだ見えない壁がある気がしていた。
そんなある日、以前、小山田が売り込みに行った編集者から仕事の依頼が舞い込んでくる。
その矢先に、突然、泣きはらした顔のユカがアパートにやってきたのだ。
打ち合わせに向かおうとしていた小山田に抱きついて、
「お願い、ひとりにしないで」
と懇願するユカ。
小山田のなかで溜まっていた思いが爆発して、
そのまま二人は初めて身体を重ねるのだった……




この映画は、三つの章、
【chapter1】「2019年6月~2019年7月」
【chapter2】「2018年3月~2019年7月」
【chapter3】「2019年8月~」
に分かれていて、
先程紹介したストーリーは、【chapter1】にあたる。
【chapter1】だけ見ると、
単なる(ありふれた)ラブストーリーのように感じる人も多いことと思うが、
【chapter2】で、過去に遡ると、
これまで見えていたものの裏側(カラクリ)を知ることになり、
これまで見てきた【chapter1】の印象がガラリと変わる。
ミステリー的な要素があるというか、
嘘をついている(かもしれない)若い女と、
実直(そう)な若い男との、ラブ・サスペンスとも言え、
これがスリリングで、実に面白い。
そして、【chapter3】で、【chapter1】のその後を描き、
若い男女の恋愛のリアルを観客に提示する。
そのヒリヒリするような感触、痛々しい感覚が、
見る者の感性を刺激する。
人によっては、辛く感じたり、身につまされたりするかもしれない。
時間軸と言っては大袈裟になるが、
これほど現在と過去を出し入れしながら、
物語をスムーズに進行させる技は、やはり才能と言えるもので、
私の、児山隆監督の長編監督デビュー作に対する評価は高いものとなった。


渋谷とか、原宿とか、代官山とか、下北沢とか、
よく映画の舞台となる街を避け、
猿楽町という、
地方在住者にとっては、
〈どこ?〉
と思わせるような強烈なインパクトを残す地名を選択し、
(移動しないで済む)限られた地域でのロケ、
(それほど有名ではない)才能ある若き俳優たちをキャスティングすることによって、
低予算に抑え、
優れた脚本によって、“傑作”に仕上げる。
TOYOTA、LINE、Google、マクドナルドなどのCMを手がけてきた児山隆監督ならではの、
スタイリッシュでシュールな映像がストーリーとよくマッチし、
独自の映像世界を創り上げている。
「見事!」と言っていいでしょう。



売れないフォトグラファー・小山田修司を演じた金子大地。


『逆光の頃』(2017年)、
『殺さない彼と死なない彼女』(2019年)などの映画で認知はしていたが、
名前と顔が一致するくらいのもので、
本作『猿楽町で会いましょう』を見て、初めて、
将来有望な素晴らしい俳優であることを実感した。
初主演映画が『猿楽町で会いましょう』であったことを感謝するべきだし、
この作品を超える演者になることが、今後の彼の目標となるだろう。



田中ユカを演じた石川瑠華。


本作『猿楽町で会いましょう』で初めて知った女優であったが、
その(全裸も厭わぬ)体当たりの演技にすっかり魅了された。
嘘をついているのか、
嘘をついていると自覚はしているが、それほどの嘘ではないと思っているのか、
そもそも嘘をついているという自覚がないのか、
すべて嘘ではなく、真実を話しているのか……
つかみどころのない読者モデル・田中ユカを、
石川瑠華は、その役を愛し、一体となって、成りきって演じていた。
純粋、無垢、可憐、虚無、孤独、妖艶、狂気……
本作で様々な顔を見せた石川瑠華は、
『岬の兄妹』の和田光沙、
『アンダー・ユア・ベッド』の西川可奈子、
『チワワちゃん』の吉田志織、
『ソワレ』の芋生悠らの女優たちを彷彿させ、
将来性のある女優として私の中でしっかりと認知された。
これからが本当に楽しみである。



ユカの友人・大島久子を演じた小西桜子。


今年(2021年)の3月に見た映画『NO CALL NO LIFE』(2021年)のレビューで、
私は小西桜子のことを次のように記している。

佐倉有海の同級生・日野由希奈を演じた小西桜子。


小西桜子といえば、
三池崇史監督作品『初恋』(2020年2月28日公開)をすぐに思い出すが、




そのレビューで、
「演技力も存在感もイマイチ。今後に期待」
と書いてしまったこともあって、(コラコラ)
注意して見ていたのだが、
演技力も、存在感も、そして美しさも、各段に進歩しているように感じた。
スタイルも良く、美脚で、
20代の小西桜子には大いに期待できると思った。
今年(2021年)は、
『藍に響け』(2021年5月21日公開予定)
『猿楽町で会いましょう』(2021年6月4日公開予定)
などの出演作も控えているので、スクリーンでまた逢えそうである。



『藍に響け』の方は、上映館が極端に少なく、
佐賀県での上映館がないだけではなく、九州でも2館(熊本、鹿児島)しかなく、
見ることができないでいるが、
『猿楽町で会いましょう』の方はこうして見ることができ、
小西桜子の演技を見ることができて嬉しかった。
演技の方も進歩し、華もあるので、
これからも注目していきたいと思っている。



この他、
若手インテリアデザイナー・北村良平を演じた栁俊太郎。


小山田が売り込みをするファッション雑誌編集長・嵩村秋彦を演じた前野健太。


小山田と仕事をする編集者・片岡康平を演じた長友郁真。


ユカに恋するバイト仲間・山本優一を演じた大窪人衛。


ユカのバイト先の店長・久万紀子を演じた呉城久美などが、
個性あふれる演技で、本作の質を高めていた。



下北沢を舞台にした今泉力哉監督作品『街の上で』とは、
内容もキャストも鑑賞後の味わいも違うが、
本質では似ているような気がして、
『街の上で』が大好きな私としては、
『猿楽町で会いましょう』も愛すべき作品としていつまでも心に残るような気がした。
最後に、
某インタビューで児山隆監督が答えていたが、
児山隆監督は「有楽町で逢いましょう」も知っていたそうで、
『猿楽町で会いましょう』のタイトルは「有楽町で逢いましょう」も意識したものであったとのこと。
……この映画にも、またいつか再会したいと思った。

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