一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『共喰い』 ……昭和の終わりを描いた傑作……

2013年12月11日 | 映画
12月は、なにかと忙しい。
思うように休みが取れず、
パソコンの前に座る時間も少なくなっている。
映画レビューを書きたいのだけれど、
なかなか時間がとれない。

今年も多くの映画を見た。
けれど、
このブログにレビューを書けなかった作品も多い。
単に、書く意欲が湧かなかった映画もあるけれど、
書きたいのに書けなかった作品もある。
書きたいと思いつつ、
いつしかその映画の上映期間が終わり、
書くタイミングを逸してしまったものが、
少なからずある。

映画『共喰い』は、
今年(2013年)9月7日に公開された作品であるが、
佐賀県では11月下旬から12月上旬にかけて、
シアターシエマで上映された。
すぐに見に行ったのだが、
なかなかレビューが書けなかった。
やがてシアターシエマでの上映期間も終わり、
このままでは、この作品も、
レビューを書く機会を逸することになりそうな気配になってきた。
で、やや遅れたが、
今、書き出しているところなのである。
書いておかなければならないと思った理由は、
それはやはり「傑作」だと思ったからである。


原作は、
田中慎弥の第146回(2011年下半期)芥川賞受賞作。
例の「もらっといてやる」発言で話題になった作品だ。
人間の性と暴力を描いた作品で、
題材的にはやや古いと感じたが、
あの作品が映画になったらどうなるのだろう……という興味があった。

監督は、
『レイクサイド マーダーケース』(2004年)や『サッド ヴァケイション』(2007年)など、
印象深い作品を創り続けている青山真治。
前作『東京公園』(2011年)がとても良かったので、
本作も楽しみに見に行った。

昭和63年。
川辺にある田舎町。


高校生の遠馬(菅田将暉)は、
父(光石研)と、父の愛人・琴子(篠原友希子)と暮らしている。


普段は明るい父だが、
彼には、セックスのときに相手を殴るという性癖があった。
それが原因で、
実の母・仁子(田中裕子)は遠馬を産んですぐ家を出て、
近くで魚屋を営んでいた。


遠馬は、父の暴力的な性交をしばしば目撃し、
自分が父の息子であり、同じ血が流れていることに恐怖感を抱くようになる。
そんなある日、
遠馬は幼なじみの彼女・千種(木下美咲)と交わっているとき、
父親と同じことをしようとする自分に気づき、愕然とする……


脚本は、荒井晴彦。
『赫い髪の女』(1980年/第3回日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞)
『遠雷』(1981年/第3回ヨコハマ映画祭脚本賞・第5回日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞)
『Wの悲劇』(1984年/第39回毎日映画コンクール脚本賞・第9回日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞)
『ヴァイブレータ』(2003年/第77回キネマ旬報脚本賞、第59回毎日映画コンクール脚本賞、第25回ヨコハマ映画祭脚本賞受賞)
『大鹿村騒動記』(2011年/第85回キネマ旬報脚本賞、第35回日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞)
などの受賞歴のある優れた脚本家であるが、
本作『共喰い』では、
原作(小説)とほぼ同じストーリーながら、
ラストに、オリジナルの結末を用意している。
原作にあった、
「昭和63年という、昭和が終わろうとしている時代」
「遠馬の実母が戦争で右手(映画では左手)を失っている」
という設定にヒントを得て、
ちょっと驚くようなシーンを付け加えているのだ。
これには賛否両論あるようだが、
原作者の田中慎弥は、
「ああ、やられた」
と、絶賛したとか。
私も、あの結末によって、
単に「性と暴力」を描いた作品から、
「昭和の最後の年」という「時代」をも映し得た、
奥行きのある作品になっているような気がした。

遠馬を演じた菅田将暉。
史上最年少ライダーとして『仮面ライダーW(ダブル)』でデビュー後、
映画『王様とボク』やTVドラマ『35歳の高校生』などで注目を集めている若手俳優で、
今年(2013年)10月に見た映画『陽だまりの彼女』で、
主人公・奥田浩介(松本潤)の弟を演じていたのが印象に残っている。
『共喰い』での遠馬の役は、オーディションで勝ち得たものだが、
青山真治監督は、あるインタビューで、菅田将暉を選んだ理由について、
「すこしキツイ感じの目が良かった」
と語っている。


この作品を見て、私もやはり彼の目が強く印象に残った。
血筋を恐れながらも、性に飢え、苦悩すう高校生を実に巧く演じていた。


遠馬の父・円を演じた光石研。
青山真治監督とは同郷(福岡県北九州市出身)ということもあって、
青山真治監督作品には常連と言っていいほどよく出演している。
今回の『共喰い』は、
場所は明記してないが、
原作者・田中慎弥の居住地(山口県下関市)をイメージした舞台設定で、
下関市でロケ地を探したが見つからず、
北九州市で「物語にふさわしい場所」を見つけ、ロケを行っている。
下関市と北九州市では、若干方言が違うらしいが、
方言が自然で、
性と暴力に渇望しているような中年男を、
時に怖ろしく、時に厭らしく、時に可笑しく演じていた。
原作(小説)の「遠馬の父」とは少しイメージが違うが、
光石研の演じた父親の方に、よりリアリティを感じた。
ここ数年、
『悪人』(2010年)
『あぜ道のダンディ』(2011年)
『ヒミズ』(2012年)
など、傑作と呼べる作品に多く出演しているが、
本作も、彼の代表作のひとつになるだろう。


遠馬の実母・仁子を演じた田中裕子。
満島ひかり主演のTVドラマ『Woman』(日本テレビ系/2013年7月3日~9月11日)でのスゴイ演技が印象に残っているが、
本作でも凄まじい演技で見る者を圧倒する。


1955年4月29日生まれなので、現在58歳。(2013年12月11日現在)
ここ数年は老け役が多くなっているが、
元々はとても美しい女優さんで、
20年ほど前には、このTVCMで話題になっていた。
(今、気づいたが、共演者は大森南朋だ)


彼女が主演した映画では、
『天城越え』(1983年)と、
『いつか読書する日』(2005年)が好きで(作品的にも優れている)、
出演年齢は違えど、
両作ともに、美しい田中裕子を見ることができる。(ぜひぜひ)


遠馬の父の愛人・琴子を演じた篠原友希子(現在は、篠原ゆき子)。
この映画を見るまで、私は彼女のことを知らなかった。
青山真治監督が、某インタビューで、
「彼女は劇団ポツドールの芝居で観ていいなと思っていたら、別の場所で会う機会があって、僕の方から声をかけて出てもらったんです」
と語っていたが、
「よくぞ見つけてくれました」と言いたくなるほど素晴らしい演技をしていた。
ことに、遠馬と話をするときの声、表情に魅かれるものがあった。


遠馬の彼女・千種を演じた木下美咲。
篠原友希子と同様、彼女もこの映画を見るまで知らなかった。
1990年7月26日生まれだから、現在23歳。(2013年12月11日現在)
大分県日田市出身。
オーディション誌『De☆View』の読者限定企画「九州全県全員オーディション」から、
「第2回(2006年)アミューズお姫様王子様オーディション」に進出し、
全国3507人の応募者の中からお姫様部門(女性部門)のグランプリを受賞。
出演作が少ないので、まだあれこれ言えないのだが、
本作を見る限り、個性的で、独特の雰囲気を持っており、
将来性が感じられる女優さんだと思った。
これからが大いに楽しみ。


この映画は、遠馬と、その父親を描いた作品だと思っていたが、
見終わって、
そして時間が経つと、
むしろ、三人の女、
遠馬の実母・仁子、


遠馬の父の愛人・琴子、


遠馬の彼女・千種


の物語であったことに気づく。
力強く、逞しく生きていく、
女たちの物語であり、
女性賛歌でもあったのだ。
だから、女性にもぜひ見てもらいたい作品だと思った。

エンディング曲として、ギター演奏の「帰れソレントへ」というナポリ民謡が流れる。
「恋人に帰ってきてほしい」と歌う男の曲なのだが、
ある意味、この映画にピッタリの選曲ではなかったかと思う。
素晴らしい曲なので、予告編でどうぞ……


最後に、
この作品は、北九州市でロケされているので、
当然のことながら、北九州フィルムコミッション(KFC)が関わっている。
KFCで制作した「共喰い」ロケ地マップ(観光案内所や区役所で配布)があるので、
マップ片手にロケ地めぐりするのも楽しいと思う。
皆さんも、ぜひぜひ。

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