一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『天上の花』 ……チャレンジングな役柄で魅せる美しき入山法子の傑作……

2023年02月21日 | 映画


この映画『天上の花』は、入山法子の出演作として知った。


入山法子という女優(&モデル)は知ってはいたが、


魅力ある女優として強く認知したのは、NHK朝ドラ「エール」だった。


音(二階堂ふみ)が社会勉強のために働き始めるカフェーで、
貧しい家に生まれ、病気の親を抱えるという女給・希穂子を演じていたのだが、


竹久夢二の美人画から抜け出てきたような美貌に目が釘付けになった。


その着物姿にも魅せられた。


以来、意識して入山法子の出演作を追うようになったのだが、


感情を表に出さない孤独なセレブ人妻・彩女を演じたTVドラマ、
「雪女と蟹を食う」(2022年7月~9月、テレビ東京系「ドラマ24」枠)を観るに至り、


その美しさ、妖艶さに圧倒された。






そんな入山法子が出演する新作映画『天上の花』(2022年12月9日公開)は、
私にとっては「見なければならない」映画であった。(そうなのか)


萩原朔太郎の娘・萩原葉子の小説「天上の花 三好達治抄」を映画化した文芸映画で、
東出昌大が三好達治、
入山法子が萩原朔太郎の妹・萩原慶子を演じ、


五藤さや香と荒井晴彦が共同で脚本を手がけ、
『いぬむこいり』の片嶋一貴が監督を務めている。



主演の東出昌大は、
2020年1月に女優・唐田えりかとの不倫が発覚し、世間のみならずいろんなメディアからも大バッシングを浴び、出演CMは打ち切られ、ドラマも出演を見送られるなど、
TV界からも映画界からも一時姿を消した。(消された?)
7月には杏との離婚を発表。
2022年2月に所属事務所・ユマニテを退所。(事実上のクビ?)
身から出た錆とはいえ、散々な目に遭っている。
私個人としては、東出昌大を評価していたし、
(私が俳優に求めるのは好い演技をすることのみなので)彼の不倫には何の興味もなく、
このまま消えていくのは勿体ないと思っていたし、東出昌大の復帰、復活を待っていた。
『天上の花』は、フリーランスとして再起を図る彼の主演映画ということで、
そういう意味でも期待していたし、「見たい」と思っていた。


ところが、映画『天上の花』は、
佐賀県での公開が無いばかりか、
(2022年12月9日公開なのに)福岡での公開も、2023年2月10日からと、
2ヶ月遅れであった。
どうしても見たかった私は、
先日、久しぶりに(コロナ禍で足が遠のいていた)福岡へ向かい、
上映館である「KBCシネマ」で鑑賞したのだった。



昭和になってすぐのこと、
萩原朔太郎(吹越満)を師と仰ぐ三好達治(東出昌大)は、


朔太郎家に同居する美貌の末妹・慶子(入山法子)と運命的に出会う。


たちまち恋に落ちた達治は、
結婚を認めてもらうため北原白秋の弟(萩原朔美)が経営する出版社に就職するが、
僅か2ヶ月であえなく倒産。
再び寄る辺なき身となった達治は、慶子の母に貧乏書生と侮られて拒絶され、
失意の中、佐藤春夫(浦沢直樹)の姪・佐藤智恵子(関谷奈津美)と見合い結婚をする。
時は過ぎ、日本が戦争へとひた走る頃、
達治の戦争を賛美する詩は多くの反響を呼び、
時代は彼を国民的詩人へと押し上げてゆく。
しかし、朔太郎とはその戦争詩をめぐって関係が悪化してしまう。
昭和17年、朔太郎は病死。
そして4日後には慶子が夫・佐藤惣之助と死別する。
昭和19年、朔太郎三回忌で再会した達治は、
慶子に16年4ヶ月の思いを伝え、妻子と離縁し、慶子を家に迎える。


東京に空襲が迫りくる中で、
身を隠すように越前三国にひっそり新居を構えた二人には、
雪深い冬の過酷な生活が待ち受けていた。


純粋な文学的志向と潔癖な人生観の持ち主である達治は、
奔放な慶子に対する一途な愛とその裏返しの憎しみが次第に心を蝕んでゆき、
二人の愛憎劇は思いもよらぬ結末を迎える……




この映画が、どこまで三好達治の実像の迫っているのかどうかは分からないが、
この映画で見る(知る)限り、彼はとんでもないDV男であった。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。


という「雪」と題する詩を小学生の頃に教科書で読んで以来、
「三好達治詩集」も購入して愛読してきた私としては、
かなりショッキングな映画であった。

原作は、萩原朔太郎の娘・萩原葉子の小説「天上の花 三好達治抄」であるのだが、
この小説には、実際、
三好達治が萩原アイ(「アイ」は本名で、小説および映画では「慶子」となっている)を、
日常的に怒鳴ったり引っ叩いたり、
時に流血し顔が腫れ上がるほど激しく殴打するなどのDVを行う描写がある。
萩原葉子は同書のあとがきで
「フィクションである」「福井での生活は知るべくもない」
とする一方で、
「叔母から話は聞いていた」「嘘や良い加減は三好さんの何より嫌っていたこと」「細部のデータはよく確かめた上で慎重にしたつもりである」
とも記しており、
DVは事実であった可能性が高い。

高校時代からの三好達治の友人・桑原武夫(フランス文学・文化研究者、評論家)は、
著書の中で、
三好達治と(最初の妻)佐藤智恵子との結婚生活について、
「ある日、三好が縁側にすわって青空の白雲をながめている。すると奥さんが、もう月末はそこですよ、そんなにぼんやりしていないで、なにか書いたらどう、と言う。瞬間、三好の拳が智恵子さんの頭上にとぶのである」
と記しており、
このような暴力を実際に目にしたという記述や、
「短気であった」「怒鳴っていた」「怖かった」という、
三好達治の長女・松子や、隣人の「おばさん」による証言もあり、
まったくのフィクションとは考えにくい。

このDV男・三好達治を演ずる東出昌大の狂気を孕んだ鬼気迫る演技は、
見る者を震え上がらせるほどの迫力があった。
殴った後、逃げ出した慶子に、
「もう二度としないから……戻ってきて欲しい……」
と懇願し、
「こんなに愛していのに、何で分からないんだ!」
と言って、再び殴るという、クズ男の典型のようなダメ男を、
(私はそうは思っていないのだが)クズ男の典型のように世間から思われている東出昌大が演じるのだから、納得のキャスティングであったのかもしれない。(コラコラ)



萩原朔太郎(吹越満)の美貌の末妹・慶子を演じる入山法子も、
期待に違わぬ演技で魅せる。


慶子に会うために、三好達治は毎日のように朔太郎宅に通うが、
贅沢な暮らしを好む慶子は、貧しい書生にすぎない三好を相手にしようとはしない。
すでに2度の結婚を経験している慶子は、
安定を求めて流行歌の作詞家・佐藤惣之助と結婚する。
佐藤惣之助が突然死した後、
10数年ぶりに慶子と再会した三好達治は、
慶子に16年4ヶ月の思いを伝え、妻子と離縁し、慶子を家に迎える。
このとき、三好達治44歳。3度の結婚を経験していた慶子は40歳。


結果的に、表面上は、三好達治によるDV被害者のような感じだが、
三好達治と一緒になるまでの経歴を見ると、なかなか“したたかな”女性ではある。
だが、困ったことに、慶子は美しい。(笑)


モデルとなった実際の萩原アイも美しかった。


「顔だけが好きだったんでしょう?」
と言い放つシーンがあるが、
実際、顔以外に取柄はないようにも見える。(コラコラ)
「顔」は好きだが、生身「内面」の慶子は理想とは程遠く、
そのジレンマが暴力となって表出する。
ただ単に美しく可憐な慶子ではなく、
気が強く、我儘で、したたかな、多面性のある慶子を、
入山法子も東出昌大に一歩も引けを取らない(さすがの)演技で魅せる。
本作に挑むにあたり、
「ずっとチャレンジングな役柄をやりたかった」
と語っていた入山法子の本気が窺える作品となっている。


本作は、一応、東出昌大の主演作となっているが、
私は、東出昌大とのW主演作と言ってもイイのではないかと考える。
そういう意味で、『天上の花』は、
入山法子の(現時点での)代表作と言えるのではないかと思う。



映画の終盤、闇市の女として、有森也実が登場する。


だが、すぐには有森也実とは気づかなかった。
伝説のTVドラマ「東京ラブストーリー」(1991年)で、
(女性視聴者を敵に回したといわれる)関口さとみ役で出逢って以来、
ずっと好きだったのに……(男は、鈴木保奈美より有森也実の方が好きな人が多かった)


片嶋一貴監督作品『いぬむこいり』(2017年)で主演しているので(有森也実ファンとしてはかなりショックな映画だった)、その縁で本作にも出演しているのだと思うが、
すぐには気づかなかったことも(個人的に)ショックだった。
関口さとみを演じた有森也実も、
1967年12月10日生まれなので、早55歳。(2023年2月現在)
これからは、齢に応じた役柄が多くなると思うが、
いつまでも女優として輝き続けてほしい。



蛇足だが、
本作の脚本に関しては、脚本家のひとりである五藤さや香が、
荒井晴彦に無断で脚本を変更され、
さらに脚本料が適切に支払われていないとして、(提示された脚本料は10万円)
脚本料(本作の製作費は1500万円で、脚本料は通常5%なので75万円)と慰謝料の支払いを求める訴訟を起こしている。(詳しくはコチラを参照)
荒井晴彦は、戦争詩(三好達治は戦争詩を多く書いている)に関するシーンを追加したりしたようだが、こういったいかにも荒井晴彦が書きそうなシーンが随所に見られ、
(イイ意味でも悪い意味でも)荒井晴彦が関わっていることが感じられる作品であった。
私は荒井晴彦の書く脚本が(比較的)好きなので、
こういうクセのある、アクの強い映画は好物なのだが、(笑)
一般的には賛否はあるかもしれない。


製作費1500万円の映画なので、現代とは異なる時代を舞台とする映画としてはチープに感じる箇所はあるが、
映画の“質”に関しては、
(同時期に公開された)製作費3億5000万ドルから4億ドル(540億円)といわれる『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022年12月16日日本公開)と比較しても負けていないと思う。


福岡まで見に行って良かったと思った。

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