アヴェ・マリア!
愛する兄弟姉妹の皆様、
私たちの主イエズス・キリストの御降誕が近づいてきました。そこでメシアに関する旧約聖書を黙想することを提案します。
アブラハム(創世12:1-3、22:18)、イサアク(創世26:4)、ヤコブ(創世28:14)によれば、メシアはアブラハム、イサアク、ヤコブを先祖に持たなければなりません。
「主はアブラハムに仰せられた、
『おまえの地と故郷と父の家を去って私が示す地に行け。
私はおまえの民を大いなる民とし、祝福し、おまえの名を高めよう。
その名は祝福となろう。私はおまえを祝する者を祝し、おまえを呪う者を呪おう。
地の全ての民はおまえによって祝される。」
「おまえの子孫によって全ての地の民は祝福されるだろう。」
その時主が(イサアクに)現れてこう仰せられた。
「おまえの子孫によって、地の全ての民は祝福される。」
突如主がヤコブの前に現れてこう仰せられた。・・・
「地の全ての民は、おまえとその子孫とによって祝福されるだろう。」
ヤコブの遺言(創世49:8-12)により、メシアはユダ族から出なければなりません。
「ユダよ、兄弟はおまえをたたえるだろう。
その手は敵の頭を押さえつけ、その父の子らはおまえの前にひれ伏す。
ユダは若獅子だ。我が子よ、おまえは獲物を捕って帰る。
彼は獅子のように身を潜め、女獅子のように伏せる。
誰が彼を引き起こし得ようか。
ユダから杖は奪われず、彼の足の間から指揮の杖は取られることがない。
杖の元の持ち主であるお方が来られるまで。
民はみな、そのお方に服従する。」
8 Juda, te laudábunt fratres tui :
manus tua in cervícibus inimicórum tuórum,
adorábunt te fílii patris tui.
9 Cátulus leónis Juda :
ad prædam, fili mi, ascendísti :
requiéscens accubuísti ut leo,
et quasi leǽna : quis suscitábit eum ?
10 Non auferétur sceptrum de Juda,
et dux de fémore ejus,
donec véniat qui mitténdus est,
et ipse erit expectátio géntium.
(8 Juda, thee shall thy brethren praise: thy hands shall be on the necks of thy enemies: the sons of thy father shall bow down to thee. 9 Juda is a lion's whelp: to the prey, my son, thou art gone up: resting thou hast couched as a lion, and as a lioness, who shall rouse him? 10 The sceptre shall not be taken away from Juda, nor a ruler from his thigh, till he come that is to be sent, and he shall be the expectation of nations.)
預言者ナタン(サムエル下7:12)によれば、メシアは、ダヴィドの家からでるだろう。
「私はおまえの子孫に跡を継がせ国のもとを固めさせよう。その子孫は私の名のために家を建て、私は彼の王座を永久に堅いものにしよう。私はそのものの父となり、そのものは私の子となる。」
ミカヤの預言(5:1)によれば、メシアはベトレヘムで生まれなければなりませんでした。
「そしてエフラタの地ベトレヘムよ、おまえはユダの家族のうちで最も小さいものだが、
イスラエルを治める者がおまえから生まれねばならぬ、
その出では、ずっと以前、昔の日々にさかのぼる。
それで、主は、生む者が生むときまで、彼らをうち捨てておかれる。
その後、兄弟の残りの者が、イスラエルの子らのもとに立ち戻る。」
【ミカヤは、紀元前721年サマリア陥落の前後に預言を行っていた。】
預言者イザヤ(7:14)によると、メシアの母は童貞女でなければなりません。ヘブライ語のアルマーは、聖書には七回(創世24:43、脱出2:8、詩編68:26(ブルガタ67:26)、雅歌1:3、雅歌6:8、格言30:19、イザヤ7:14)だけ使われていますが童貞女という意味以外では使われたことがありません。
「主自らしるしをお与え下さる。見よ、処女が身ごもり、一人の子を産み、それをエンマヌエルと呼ぶだろう。」
預言者イザヤ(2:2-4)によると、時の終わり、すなわちメシアの時代には諸国は真の天主を知ることになるでしょう。
「時の終わりにはこうなる。
主の家の山は、山々の峰の上にそびえ、幾多の丘よりも高くそばだち、全ての民がそこに流れより、おびただしい民がこう言いつつ集まり来る。
『おいで、主の山に、ヤコブの天主の家に上ろう、
我らにその道を教え、その小道をあけよ。』
法はシオンから発し、主の御言葉はエルサレムから出る。
天主は国々を統べ、多くの民の裁き人となられる。」
預言者ダニエル(2)によると、メシアが来る時代は、純金の王国と銀の王国と青銅の王国との3つの王国が続いた後に、鉄(しかし一部は粘土)の王国の時代でなければなりません。ダニエル自身の解釈によれば、金の頭の国とはナブコドノゾル王のカルデア・バビロンの王国のことです。銀の胸と腕の国は、バビロン大帝国に続いたメド・ペルシア大帝国のこと。第3の青銅の国は、アレキサンドロ大王のギリシア・マケドニア大帝国です。第4の国は鉄のように全ての国々を打ち壊して粉々にする強いローマ帝国のことです。そしてその第4の王の時、永遠に滅びない国が興るのです。
「その王たちの時に、天の天主は他の王国を起こされます。
その王国は永遠に滅びず、その主権は他の民に移ることなく、先の全ての国々を打ち砕き、壊し去ります。しかしその国だけは永遠に続きます。人手を借りずに山から離れた石が、鉄と青銅と粘土と銀と金を打ち砕いたことはあなたがご覧になったことです。偉大な天主は将来起こることを王にお告げになりました。」
ヤコブの遺言(創世49:8-12)によれば、メシアの到来の時期が近づくとユダ族から統治権(王笏)が奪われ、外国の支配下に置かれるようになるでしょう。
「ユダから杖は奪われず、彼の足の間から指揮の杖は取られることがない。
杖の元の持ち主であるお方が来られるまで。
民はみな、そのお方に服従する。」
【ここでヘブライ語の "シロー" は所有者の意であり、つまり「杖の持ち主である人」の意味である。ここではユダ族がその首位権を失うときが来ることも預言されている。ユダが首位権を失うようなときメシアは来るだろう。】
預言者ダニエル(9:21-27)によると、メシアの到来の時間は70週年が終わったときでなければなりません。ダニエルはエルサレムが廃墟となって何年の後にまたエルサレムを復興できるかを知りたく、天主に祈ると、「70週が定められている」という答えを得ました。ここでの70週とは、70年後にはバビロンから解放されてエルサレムに戻ることが出来るという預言であると同時に、罪と地獄の支配から解放されるためにメシアが到来するということをも預言していました。
「民と聖都については、70週が定められた。それは罪悪を閉じ込め、罪を封じ、悪を除き、永遠の正義を招き、幻と預言を証し、至聖のものに油を注ぐまでである。
帰国とエルサレム再建の御言葉が出てから、油を注がれたかしらまで7週、それから62週にわたり困難な時を経て、城壁と堀が築かれる。62週の後、油を注がれたものが取り去られる。
彼はどんな物も奪われた。いつかくるかしらの民は、町と聖所を打ち壊す。
その最後は大事変である。終わりの時まで、戦いと定められた破壊がある。
彼は人々と、一週の間、堅い契約を結び、半周の間、いけにえと供え物をやめさせる。
神殿のところにある、荒らすもののいとわしいもの、定めの破壊が荒らすものに襲いかかるときまで。」
24 Septuagínta hebdómades abbreviátæ sunt super pópulum tuum et super urbem sanctam tuam, ut consummétur prævaricátio, et finem accípiat peccátum, et deleátur iníquitas, et adducátur justítia sempitérna, et impleátur vísio et prophetía, et ungátur Sanctus sanctórum. 25 Scito ergo, et animadvérte : ab éxitu sermónis, ut íterum ædificétur Jerúsalem, usque ad christum ducem, hebdómades septem, et hebdómades sexagínta duæ erunt : et rursum ædificábitur platéa, et muri in angústia témporum. 26 Et post hebdómades sexagínta duas occidétur christus : et non erit ejus pópulus qui eum negatúrus est. Et civitátem et sanctuárium dissipábit pópulus cum duce ventúro : et finis ejus vástitas, et post finem belli statúta desolátio. 27 Confirmábit autem pactum multis hebdómada una : et in dimídio hebdómadis defíciet hóstia et sacrifícium : et erit in templo abominátio desolatiónis : et usque ad consummatiónem et finem perseverábit desolátio.
【神殿再建の許可の勅令が出てから70週年、1週年が7年であるから490週年の後にメシアが到来することになる。実にアルタクセルセスは神殿許可の勅令を紀元前445年頃に出している。】
預言者ハガイ(2:8)によると、ブルガタ訳によれば、ゾロバベルが再建を手がける神殿には「万民のあこがれるものが来る」、再建された神殿にメシアが現れるので「主はこの神殿を栄光で満たす、この神殿の栄光は以前の栄光に勝るだろう」と預言された。
8 Et movébo omnes gentes,
et véniet desiderátus cunctis géntibus :
et implébo domum istam glória,
dicit Dóminus exercítuum.
9 Meum est argéntum, et meum est aurum,
dicit Dóminus exercítuum.
10 Magna erit glória domus istíus novíssimæ plus quam primæ,
dicit Dóminus exercítuum :
et in loco isto dabo pacem,
dicit Dóminus exercítuum.
8 And I will move all nations: AND THE DESIRED OF ALL NATIONS SHALL COME: and I will fill this house with glory: saith the Lord of hosts. 9 The silver is mine, and the gold is mine, saith the Lord of hosts. 10 Great shall be the glory of this last house more than of the first, saith the Lord of hosts: and in this place I will give peace, saith the Lord of hosts.
【預言者ハガイは、紀元前520年に預言した。】
荒野の書(24:17)によれば、将来メシアの到来の時に星がヤコブから上がることになっています。
「私は彼を見る、だが今ではない。彼を眺める、だがまだ遠い。
一つの星がヤコブから上がり、一つの笏がイスラエルから立つ。
彼はモアブの君主(duces)を打ち据え、セトの全ての息子たちを打ち砕く。」
17 Vidébo eum, sed non modo :
intuébor illum, sed non prope.
Oriétur stella ex Jacob,
et consúrget virga de Israël :
et percútiet duces Moab,
vastabítque omnes fílios Seth.
( 17 I shall see him, but not now: I shall behold him, but not near. A STAR SHALL RISE out of Jacob and a sceptre shall spring up from Israel: and shall strike the chiefs of Moab, and shall waste all the children of Seth. )
預言者イザヤ(60:6)また詩編(71:10)によると、王はメシアに贈り物をもってアラビアから来るはずです。
「らくだの大軍と、マディアンとエファとの若いラクダが押し寄せ、
それは皆、サバからくる、黄金と香を運び、主も光栄を歌いつつ。」
「タルシスと島々の王は贈り物を、シェバとサバの王たちは貢ぎを献ずる。」
預言者イザヤ(40:3-4)また預言者マラキア(4:5 ヘブライ語聖書3:23)によると、メシアには先駆者があることでしょう。
「砂漠に叫ぶものの声
主の道を整えよ、私たちの天主の小道を荒れ野で真っ直ぐにせよ。
全ての谷は高くなり、全ての山と丘は低くされる、
凹凸の地は平らになり、道の険しいところは平野となる。
そして主の栄光が見られるだろう、そして全ての人間は
等しく主の口が語ったことを見るだろう。」
「見よ、主の日、その偉大な恐ろしい日が来る前に、私は預言者エリアを送る。」
5 Ecce ego mittam vobis Elíam prophétam, ántequam véniat dies Dómini magnus et horríbilis.
( 5 Behold I will send you Elias the prophet, before the coming of the great and dreadful day of the Lord. )
預言者ホセア(11:1)によれば、メシアはエジプトに逃げなければならず、のちにエジプトから呼び出されるでしょう。
「イスラエルが幼かったとき、私は彼を愛し、エジプトから私の子を連れ出した。」
預言者イザヤ(9:1 或いはヘブライ語聖書8:23)によると、メシアはネフタリとザブロンの地で福音の光を照らし始めることでしょう。
「先に、主はザブロンの地とネフタリの地をいやしめ、
これからは、ヨルダンの彼方の海の道、異邦人の地に栄光を与えられる。
闇を歩む民は、大いなる光を見た。闇に包まれた地に住むものに光が輝いた。」
1 Primo témpore alleviáta est
terra Zábulon et terra Nephtháli :
et novíssimo aggraváta est via maris
trans Jordánem Galilǽæ géntium.
2 Pópulus qui ambulábat in ténebris,
vidit lucem magnam ;
habitántibus in regióne umbræ mortis,
lux orta est eis.
愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
良き御降誕祭をお迎え下さい。
愛する兄弟姉妹の皆様、
私たちの主イエズス・キリストの御降誕が近づいてきました。そこでメシアに関する旧約聖書を黙想することを提案します。
アブラハム(創世12:1-3、22:18)、イサアク(創世26:4)、ヤコブ(創世28:14)によれば、メシアはアブラハム、イサアク、ヤコブを先祖に持たなければなりません。
「主はアブラハムに仰せられた、
『おまえの地と故郷と父の家を去って私が示す地に行け。
私はおまえの民を大いなる民とし、祝福し、おまえの名を高めよう。
その名は祝福となろう。私はおまえを祝する者を祝し、おまえを呪う者を呪おう。
地の全ての民はおまえによって祝される。」
「おまえの子孫によって全ての地の民は祝福されるだろう。」
その時主が(イサアクに)現れてこう仰せられた。
「おまえの子孫によって、地の全ての民は祝福される。」
突如主がヤコブの前に現れてこう仰せられた。・・・
「地の全ての民は、おまえとその子孫とによって祝福されるだろう。」
ヤコブの遺言(創世49:8-12)により、メシアはユダ族から出なければなりません。
「ユダよ、兄弟はおまえをたたえるだろう。
その手は敵の頭を押さえつけ、その父の子らはおまえの前にひれ伏す。
ユダは若獅子だ。我が子よ、おまえは獲物を捕って帰る。
彼は獅子のように身を潜め、女獅子のように伏せる。
誰が彼を引き起こし得ようか。
ユダから杖は奪われず、彼の足の間から指揮の杖は取られることがない。
杖の元の持ち主であるお方が来られるまで。
民はみな、そのお方に服従する。」
8 Juda, te laudábunt fratres tui :
manus tua in cervícibus inimicórum tuórum,
adorábunt te fílii patris tui.
9 Cátulus leónis Juda :
ad prædam, fili mi, ascendísti :
requiéscens accubuísti ut leo,
et quasi leǽna : quis suscitábit eum ?
10 Non auferétur sceptrum de Juda,
et dux de fémore ejus,
donec véniat qui mitténdus est,
et ipse erit expectátio géntium.
(8 Juda, thee shall thy brethren praise: thy hands shall be on the necks of thy enemies: the sons of thy father shall bow down to thee. 9 Juda is a lion's whelp: to the prey, my son, thou art gone up: resting thou hast couched as a lion, and as a lioness, who shall rouse him? 10 The sceptre shall not be taken away from Juda, nor a ruler from his thigh, till he come that is to be sent, and he shall be the expectation of nations.)
預言者ナタン(サムエル下7:12)によれば、メシアは、ダヴィドの家からでるだろう。
「私はおまえの子孫に跡を継がせ国のもとを固めさせよう。その子孫は私の名のために家を建て、私は彼の王座を永久に堅いものにしよう。私はそのものの父となり、そのものは私の子となる。」
ミカヤの預言(5:1)によれば、メシアはベトレヘムで生まれなければなりませんでした。
「そしてエフラタの地ベトレヘムよ、おまえはユダの家族のうちで最も小さいものだが、
イスラエルを治める者がおまえから生まれねばならぬ、
その出では、ずっと以前、昔の日々にさかのぼる。
それで、主は、生む者が生むときまで、彼らをうち捨てておかれる。
その後、兄弟の残りの者が、イスラエルの子らのもとに立ち戻る。」
【ミカヤは、紀元前721年サマリア陥落の前後に預言を行っていた。】
預言者イザヤ(7:14)によると、メシアの母は童貞女でなければなりません。ヘブライ語のアルマーは、聖書には七回(創世24:43、脱出2:8、詩編68:26(ブルガタ67:26)、雅歌1:3、雅歌6:8、格言30:19、イザヤ7:14)だけ使われていますが童貞女という意味以外では使われたことがありません。
「主自らしるしをお与え下さる。見よ、処女が身ごもり、一人の子を産み、それをエンマヌエルと呼ぶだろう。」
預言者イザヤ(2:2-4)によると、時の終わり、すなわちメシアの時代には諸国は真の天主を知ることになるでしょう。
「時の終わりにはこうなる。
主の家の山は、山々の峰の上にそびえ、幾多の丘よりも高くそばだち、全ての民がそこに流れより、おびただしい民がこう言いつつ集まり来る。
『おいで、主の山に、ヤコブの天主の家に上ろう、
我らにその道を教え、その小道をあけよ。』
法はシオンから発し、主の御言葉はエルサレムから出る。
天主は国々を統べ、多くの民の裁き人となられる。」
預言者ダニエル(2)によると、メシアが来る時代は、純金の王国と銀の王国と青銅の王国との3つの王国が続いた後に、鉄(しかし一部は粘土)の王国の時代でなければなりません。ダニエル自身の解釈によれば、金の頭の国とはナブコドノゾル王のカルデア・バビロンの王国のことです。銀の胸と腕の国は、バビロン大帝国に続いたメド・ペルシア大帝国のこと。第3の青銅の国は、アレキサンドロ大王のギリシア・マケドニア大帝国です。第4の国は鉄のように全ての国々を打ち壊して粉々にする強いローマ帝国のことです。そしてその第4の王の時、永遠に滅びない国が興るのです。
「その王たちの時に、天の天主は他の王国を起こされます。
その王国は永遠に滅びず、その主権は他の民に移ることなく、先の全ての国々を打ち砕き、壊し去ります。しかしその国だけは永遠に続きます。人手を借りずに山から離れた石が、鉄と青銅と粘土と銀と金を打ち砕いたことはあなたがご覧になったことです。偉大な天主は将来起こることを王にお告げになりました。」
ヤコブの遺言(創世49:8-12)によれば、メシアの到来の時期が近づくとユダ族から統治権(王笏)が奪われ、外国の支配下に置かれるようになるでしょう。
「ユダから杖は奪われず、彼の足の間から指揮の杖は取られることがない。
杖の元の持ち主であるお方が来られるまで。
民はみな、そのお方に服従する。」
【ここでヘブライ語の "シロー" は所有者の意であり、つまり「杖の持ち主である人」の意味である。ここではユダ族がその首位権を失うときが来ることも預言されている。ユダが首位権を失うようなときメシアは来るだろう。】
預言者ダニエル(9:21-27)によると、メシアの到来の時間は70週年が終わったときでなければなりません。ダニエルはエルサレムが廃墟となって何年の後にまたエルサレムを復興できるかを知りたく、天主に祈ると、「70週が定められている」という答えを得ました。ここでの70週とは、70年後にはバビロンから解放されてエルサレムに戻ることが出来るという預言であると同時に、罪と地獄の支配から解放されるためにメシアが到来するということをも預言していました。
「民と聖都については、70週が定められた。それは罪悪を閉じ込め、罪を封じ、悪を除き、永遠の正義を招き、幻と預言を証し、至聖のものに油を注ぐまでである。
帰国とエルサレム再建の御言葉が出てから、油を注がれたかしらまで7週、それから62週にわたり困難な時を経て、城壁と堀が築かれる。62週の後、油を注がれたものが取り去られる。
彼はどんな物も奪われた。いつかくるかしらの民は、町と聖所を打ち壊す。
その最後は大事変である。終わりの時まで、戦いと定められた破壊がある。
彼は人々と、一週の間、堅い契約を結び、半周の間、いけにえと供え物をやめさせる。
神殿のところにある、荒らすもののいとわしいもの、定めの破壊が荒らすものに襲いかかるときまで。」
24 Septuagínta hebdómades abbreviátæ sunt super pópulum tuum et super urbem sanctam tuam, ut consummétur prævaricátio, et finem accípiat peccátum, et deleátur iníquitas, et adducátur justítia sempitérna, et impleátur vísio et prophetía, et ungátur Sanctus sanctórum. 25 Scito ergo, et animadvérte : ab éxitu sermónis, ut íterum ædificétur Jerúsalem, usque ad christum ducem, hebdómades septem, et hebdómades sexagínta duæ erunt : et rursum ædificábitur platéa, et muri in angústia témporum. 26 Et post hebdómades sexagínta duas occidétur christus : et non erit ejus pópulus qui eum negatúrus est. Et civitátem et sanctuárium dissipábit pópulus cum duce ventúro : et finis ejus vástitas, et post finem belli statúta desolátio. 27 Confirmábit autem pactum multis hebdómada una : et in dimídio hebdómadis defíciet hóstia et sacrifícium : et erit in templo abominátio desolatiónis : et usque ad consummatiónem et finem perseverábit desolátio.
【神殿再建の許可の勅令が出てから70週年、1週年が7年であるから490週年の後にメシアが到来することになる。実にアルタクセルセスは神殿許可の勅令を紀元前445年頃に出している。】
預言者ハガイ(2:8)によると、ブルガタ訳によれば、ゾロバベルが再建を手がける神殿には「万民のあこがれるものが来る」、再建された神殿にメシアが現れるので「主はこの神殿を栄光で満たす、この神殿の栄光は以前の栄光に勝るだろう」と預言された。
8 Et movébo omnes gentes,
et véniet desiderátus cunctis géntibus :
et implébo domum istam glória,
dicit Dóminus exercítuum.
9 Meum est argéntum, et meum est aurum,
dicit Dóminus exercítuum.
10 Magna erit glória domus istíus novíssimæ plus quam primæ,
dicit Dóminus exercítuum :
et in loco isto dabo pacem,
dicit Dóminus exercítuum.
8 And I will move all nations: AND THE DESIRED OF ALL NATIONS SHALL COME: and I will fill this house with glory: saith the Lord of hosts. 9 The silver is mine, and the gold is mine, saith the Lord of hosts. 10 Great shall be the glory of this last house more than of the first, saith the Lord of hosts: and in this place I will give peace, saith the Lord of hosts.
【預言者ハガイは、紀元前520年に預言した。】
荒野の書(24:17)によれば、将来メシアの到来の時に星がヤコブから上がることになっています。
「私は彼を見る、だが今ではない。彼を眺める、だがまだ遠い。
一つの星がヤコブから上がり、一つの笏がイスラエルから立つ。
彼はモアブの君主(duces)を打ち据え、セトの全ての息子たちを打ち砕く。」
17 Vidébo eum, sed non modo :
intuébor illum, sed non prope.
Oriétur stella ex Jacob,
et consúrget virga de Israël :
et percútiet duces Moab,
vastabítque omnes fílios Seth.
( 17 I shall see him, but not now: I shall behold him, but not near. A STAR SHALL RISE out of Jacob and a sceptre shall spring up from Israel: and shall strike the chiefs of Moab, and shall waste all the children of Seth. )
預言者イザヤ(60:6)また詩編(71:10)によると、王はメシアに贈り物をもってアラビアから来るはずです。
「らくだの大軍と、マディアンとエファとの若いラクダが押し寄せ、
それは皆、サバからくる、黄金と香を運び、主も光栄を歌いつつ。」
「タルシスと島々の王は贈り物を、シェバとサバの王たちは貢ぎを献ずる。」
預言者イザヤ(40:3-4)また預言者マラキア(4:5 ヘブライ語聖書3:23)によると、メシアには先駆者があることでしょう。
「砂漠に叫ぶものの声
主の道を整えよ、私たちの天主の小道を荒れ野で真っ直ぐにせよ。
全ての谷は高くなり、全ての山と丘は低くされる、
凹凸の地は平らになり、道の険しいところは平野となる。
そして主の栄光が見られるだろう、そして全ての人間は
等しく主の口が語ったことを見るだろう。」
「見よ、主の日、その偉大な恐ろしい日が来る前に、私は預言者エリアを送る。」
5 Ecce ego mittam vobis Elíam prophétam, ántequam véniat dies Dómini magnus et horríbilis.
( 5 Behold I will send you Elias the prophet, before the coming of the great and dreadful day of the Lord. )
預言者ホセア(11:1)によれば、メシアはエジプトに逃げなければならず、のちにエジプトから呼び出されるでしょう。
「イスラエルが幼かったとき、私は彼を愛し、エジプトから私の子を連れ出した。」
預言者イザヤ(9:1 或いはヘブライ語聖書8:23)によると、メシアはネフタリとザブロンの地で福音の光を照らし始めることでしょう。
「先に、主はザブロンの地とネフタリの地をいやしめ、
これからは、ヨルダンの彼方の海の道、異邦人の地に栄光を与えられる。
闇を歩む民は、大いなる光を見た。闇に包まれた地に住むものに光が輝いた。」
1 Primo témpore alleviáta est
terra Zábulon et terra Nephtháli :
et novíssimo aggraváta est via maris
trans Jordánem Galilǽæ géntium.
2 Pópulus qui ambulábat in ténebris,
vidit lucem magnam ;
habitántibus in regióne umbræ mortis,
lux orta est eis.
愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
良き御降誕祭をお迎え下さい。