★時代に対するエッセイです★
★食に関する記事ではありません★


雨上がりに、ふくよかに開く、むくげの花々。
朝、我が家で『ウワァっ、綺麗』っと声がでました。
お向かいの庭先で、枝切りをしていた旦那さんが、こちらにいらして、道路から褒めてくださって。
4〜5m離れていても、庭先ゆえにマスク無しなことを、お互いに詫びて、離れました。
庭先の花が開いても、心躍り、歓声があがるのです。
喜びは、分かち合いたいものです。
それは、国籍も文化の違いに関係ないのだと、思うのです。
だから、オリンピックを見る人が、心配なのです。日の丸をつけた選手に、胸掴まれる日本人は、当たり前なのです。
やった! おめでとう! よく頑張った! 感動した! 元気をもらった!
叫びたい。皆で感動を分かち合って、乾杯したい。ずっと我慢してきた、いま自由だ!
………長い自粛のあと、オリンピックがついに来た、と。祭りができると、思う人々を止めるのは、とても難しいと思います。
でも、叫ぶなら、家で。
毎日、暮らす、日常のなかで、祝ってほしいのです。
分かち合うのは、日常のなかで!
街に出ないで。
毎日あう人であっても、2m15分以上、近づかないで欲しいのです。
乾杯して、すぐに離れるなら、いざ知らず、座り込んで呑むのは、アウトです。それが水でも、変わらず、ダメなのです。
日常を踏み出さない!
それを守るだけでも、感染予防の大きな砦になるはずです。
皆さん。どうか、日常の中でオリンピックを見てください。一人だったとしても、そこに喜びを満喫してほしい。
ワクチンによる公衆免疫が成立しない都市で、日常を踏み出さないで。どうか、皆さん、守ってください。
TOKYOは、シュミュレーション通り、感染爆発に向かっています。止めるのは、今なんです。今!
20210715 過労死予備群