学窓を離れ岩木の裾に住む青春の君健在なりや
日本海寝台送る米原の夜のホームは我一人きり
浴衣着てねぷた囃子の中に居る短き夏の短き時よ
銭湯代一円玉で支払えば今回だけよも胸熱き頃
今期、何回目かの降霜だったが駐車場一面が真っ白になっていた。泥水地の流路の変更を始めたのだが、土が凍結してスコップが入っていかない。特に掘り上げて塊になっている部分の硬さが著しく、砕くなんて事は諦めねばならなかった。
その上、土固めをしようにも凍結していて密着しない。だから踏み固めるのは勿論、胴突きで地固めも断念した。この部分の日照は、冬季は望めないから、泥水地の設えも水が温む頃までお預けにするしかないだろう。
一応、つの字形に流路を通したから、落差1mを落としていた部分の侵食を考慮しなくても良くなったし、何より水系が増えた事が喜ばしい。春になれば短いけれど「春の小川」が出現する。周囲は葦を刈り払ったばかりの裸地だけれど、その頃には若草の原が見られるはずである。
煮こごりになりし若手羽夏子なり
風呂吹きを呑めば熱かり胸の奥
大雪に思うふるさと三名山
立冬になおコオロギの鳴く夜かな
初霜の日よりコオロギ鳴きもせぬ
助成金で枝打ち用の高枝切りを購入した。会友のA氏が「試し伐り」をして感心していた。「良く切れる」のである。高枝切りは所有していたのだが、万円もするプロ仕様でなく、家庭用に毛が生えた程度の製品だ。
最初は、この従来品で落とし始めたのだが、小生に勧められて取り替えたのだ。これで地上から5メートル超まで枝を容易に落とせる。
枝を落とした樹は、松枯れ病で枯れ死した黒松であるが、伐倒するにしても、上部の枝から落とし、丈を短くしてからと思案していたのを、下枝を落とされたから、高所恐怖症の小生は、もう登ることは叶わない。
で、A氏の友人でクライミングを趣味とする人に頼んでロープを上部に掛けてもらう話になったのだけれど、相手のある事だから「さてさて」である。「餅屋は餅屋」の通り、道具も汎用では物足りない。特に厳しい条件下ではなおそうである。
「30周年記念誌」を送って頂いた。外野席の小生でも「あゆみ」に目を通すと驚嘆するほかはない。親として傍観できない切実な現実に対し、立ち上がって取り組んできた歴史であるけれども、その中身は、職業として携る組織でも真似のできない中身である。
当市や当県に少なからず影響を与えた、と言うような評価では過小評価になるだろう。「継続は力なり」と一言で済ますことも出来ようが、母親の立場でここまでの実績をつなげてきた事は並大抵ではなかったはずである。これも「絆」のなせる業なのであろうか…。
会員在籍者名簿には懐かしい名前が連なっている一方で、悲しい現実もそこにあった。記念誌であるのだけれど、沈む気分も一緒だったのだ。小生にとっての当時の証は腰椎に刻まれていて、座屈し潰れた腰椎のエックス線写真に、その頃の思い出が詰まっている。
排水路田畑馬草焼却灰水に空気に溢れ年越し
穏やかに見える原発一瞬に燃やす原爆創る死の灰
禁断のエデンの園にもう一歩こちらは廃棄あちらは灰棄
暴走は生来の性崩壊炉塵吹き上げて息整える