GITANESのパッケージの、あの煙のカーブを描きたい。
それとは無関係に・・・。
最近になって特にそうなのだが、仕事でもなんでもほぼ手書きになってきた。
いきなりキーボードをたたくのはこのブログか、仕事上のつまらん書類作成だけである。
手書きのためのツールは色々揃えた。
前にも書いたが万年筆は順調に増えているし(順調と言うのはつまりあんまり節操なくという意味だ)、
ノートも増える、手帳も増えていく。
文字だけは進歩がない。これは仕方ないことだ。
それでも
「さて、今日は一度最初から最後まで丁寧に、少しでもマシな字を書こう」と
心に決めることがある。
そして書き始めるのだが、結局書き終えたものを見直すと
「あ、ここで雑になった」「あ、ここで内容に没頭し過ぎた」というのが見えてくる。
結局私にとって、私自身が少々許せる文字を書く作業というのは
書いている自分をずっと冷静に俯瞰で観察し続けることしかないのだと思い至った。
これは至難の業である。
書くことに意識を置くと、内容からは浮遊していしまう。
文章の内容には当然ながらどんどん意識を注ぐことになっていくので
そうすると俯瞰でなど眺めていられない。
考えながら整った文字を書くことができるというのは
やはりものすごく研鑽を重ねた上での技なのだろう。
もうわかった、やはり私には無理なのだ。
祖父や父が
「(字の)練習をしろ」「ゆっくり書いて覚えろ」「できないなら下書き・清書しろ」
と何度も何度も言っていたことが、この年齢になってどんどん理解できるようになった。
それらの言葉の意味をやっと掴めるようになったと同時に、
では実際にそういう境地に達するまでの時間が残っていないと気付くのは、面白いなあ。
もっと早くに気づくべきだったのか。
いや、無理だったなと気づくことの面白さを得た今の方がいいのか。
もちろん私として後者を選びたいのだが、負け惜しみのような気もするし。
もうとっくに人生など折り返してしまっている。
ついでに今日は誕生日だ。
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