年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

十二歳の戊辰戦争 林洋海著2

2011年11月13日 | 福神漬
福神漬の様々な経緯を調べてゆくと幕末から戊辰戦争の頃の福島二本松藩の武士・町民の複雑な想いが明治になっても残っていて、今でもふとした時の表面に現れるようである。会津と違って二本松の少年隊は上士・下士の差はなく戦闘に参加していたこの本に書いてあった。高橋太華(二本松藩士の子)石井研堂(郡山町人の子)等に明治中期以後にも大きな影響があって彼らの心のなかに隠されていた事が福神漬という食べ物の色々な出来事や交友から現れてきているように見える。
 特に石井研堂が缶詰の起原でわざわざ島原の乱や五稜郭の戦いを記述しているのが気にかかる。この件では日本缶詰協会の歴史では北海道が缶詰の始まりという。
明治初期の政治小説を書いたと言われる戸田欽堂と高橋太華の関係も幕府末期の大垣藩の揺れがもたらしたかもしれない。戊辰会津の小説等は多いが今でも二本松の話を聞くこともなく、時間がたってゆく。
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