「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「祥月命日」

2020年11月10日 | 思い出話

           

思わず、着ているものの襟を立てさせる晩秋の冷たい風が、緩やかに頬を打つ夕暮れどき。
「至急来て下さい」と掛かって来た介護施設の電話の向こうで、静かに臨終を迎えた母。
クルマをすっ飛ばして25分。施設に着いたときにはすでにこときれていた。
あの日から12年。13回忌祥月命日を迎えた。明治41年4月1日生れ。享年100才7ヶ月。

ここ数年で100才を越える人が一気に増えてきた感じがあるが、12年前の100才超はまだ珍しさが残っていて「長生きじゃったね~」と周囲の人から、羨ましがられたのか、慰められたのか、真意は分からないままではある。が、何はともあれ母の生涯を同居できたことに、「少しは親孝行できたかな」などと自己満足したあの瞬間を思い出す。

その後でジワ~っと胸の奥に湧き上がる思いがある。倅としてもう少し何かをしてやれたのではないか。介護施設にお世話になる前の、認知が段々色濃くなる変わり目は、こちらも認知介護のど素人。オロオロするのが先ですぐに感情が抑えきれなくなったこともあったね~。今ならもう少し優しく、おふくろの思いに沿ってやれたのに、などと自らの介護不足を今さら悔悟してもあとの祭りでしかない。

母にとっては孫である近くに住む私の娘が、孫・ひ孫一同と札のついた豪華な花束をお供えしてくれた。そのお花に引きずられるように、仏壇に手を合わせる。何かしら湿っぽい気持ちの一日であった。それでいいのだ。1年に1日訪れる祥月命日。それも今日は13回忌である。

亡くなる半年前あたりから、言葉もなくなり意思の疎通が難しくなった。それでも週に2・3回は見舞い、そのたびに蒸しタオルで顔をきれいに拭いて「べっぴんになったよ」と耳元で声を掛けると、うっすら笑みを浮かべて、私の手を握ろうとする。その暖かな、間違いなく命が通っている手を握るとすぐに眠りに落ちた。
そんな遠い日の母の姿をたまにでも思い起こすことが、仏壇を、お墓を守る者の幸せと言えるのであろう。

コメント
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